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居残り会議

 急な申し出に即答は出来ないので、ヘルムス皇子達の滞在中には回答すると約束して今日のところは解散となった。

 皇子達は特別な接待なども望まず、案内役だけ連れて飲み屋街へ消えてゆく。普通なら身の安全を考えて大勢の護衛も必要なんだろうけど、Aランク冒険者と元Sランクに危険があると思えない。本人達が望んだ通りに放っておいた。案内役は監視でもあるので、何かあったらすぐに報告が来る。


 一方で、日を改めて仕切り直すような余裕が私にないから、そのまま王城に残って協議を続けていた。既に日は落ちてるんだよね。


「さて、どうしたものか……」


 ディーデリック陛下が悩ましそうに会議の参加者を見渡す。ここにいるのは王太子夫妻とアルドール導師、外務、財務、魔導技術各大臣と、限られた人員で決断する必要がある。熟考する余裕はなかった。


 おばちゃんが皇国側に付いたと言っても、あくまでも主導権は王国側にある。統制下にある帝国に加えて、小国家群のいくつかを王国の傘下に引き込んで対抗する事もできた。冒険者ギルドとの関係が拗れるのは問題だけど、王国の助勢が得られないことで困るのはギルドも同じ。どこかで落としどころを探すことになる。


「私は悪くない話だと思っています」


 会議が膠着しそうなので、当事者の私から意向を表明しておく。

 立場を明確にしておかないと、当事者の私を慮って議論が停滞しかねない。早く帰りたいんだよ、私。


「以前にも報告した内容ですが、霊薬の製法を神殿が公開している以上、魔導織についてはいずれ誰かが気付く技術です。けれど、今なら王国発祥として皇国へ恩を売れます」

「どこから着想を得たのかまで、詳しく説明する必要はないからな。最初に辿り着いた事実は間違いないのだから、後で文句を言われる筋合いもないか」

「既に魔塔でも研究を進めていますが、非常に興味深い技術です。できるならもう少し国内で研究を深めておきたかったところですが……」


 アルドール導師が残念そうに告げる。

 以前にオキシム中佐達へ宣言した通り、魔導織の理論については公的民間問わずに公開した。難解であると同時に強大な可能性を秘めた新技術、専門の探求部署を立ち上げた機関も多い。

 それだけに、他国が嗅ぎつけるのも時間の問題だったと思う。


「魔導織を公開した目的は多様性による発展でしたから、他国と競うことで更なる飛躍も望めると思います」

「ふむ、国内だけにとどめておいては期待できない可能性だな」

「こちらから基礎技術を公開するのですから、素材による法則性や特殊な効果を得られる組み合わせと言った学術的な要素については秘匿しないように働きかけるのはどうでしょう?」

「それは素晴らしいですね、イローナ様。先行による優位性を投げ出すだけの価値があると思います」


 多様性を求めて公開したんだから、大勢が挑戦した成果をまとめられるなら十分な見返りとなる。


 そもそもこの世界、基礎研究へ向く注目度が低い。

 営利に主眼に置く民間企業は勿論、貴族が出資する機関は分かりやすい成果を求められる。地味で利益に繋がるか不透明な基礎研究を行える場所は少ない。私のところか、魔塔くらいだね。

 当然、開発の過程で理論を深めないといけない場合はあるんだけど、開発の一環として秘匿されている場合が多い。魔導織の公開を驚かれたのはこう言った慣習があったからで、皇国の解析が行き詰ったのも同じ理由になる。

 技術の根幹を共有する意味でも、いい切っ掛けになるんじゃないかな。


「皇国で講義すると言うなら、王国でも同じような機会を持ったらどうだ? 国内でも関心のある者はいるだろうし、専用車両を用意すれば他国からの送り迎えも可能だ。多くの国へ恩を売れる機会になるのではないか?」

「いい考えだとは思いますけど、皇国へ行く私にこれ以上の余裕はないですよ、殿下?」

「確かにな、そこまでの無茶は言えん。魔塔の方で人員を出せんか?」

「そうですね……、教壇に立つことで理解が深まる場合もあります。何とか担当者を見繕ってみましょう」


 やって来るのは有力者の子女、個人で来るのは一部だろうから王都の経済に貢献してくれる。家を借りて使用人を用意して、定期的に両親が様子見に訪ねて来るなら大きな実入りが見込める。王国の文化を宣伝できるし、魔力波通信機の貸与や入国ついでの観光、彼等をターゲットにした商機を見出す人だっていると思う。主に身内に……。


 それで王国同様の発明を生み出せるかと言うと、そう上手く話は運ばない。

 例えば飛行列車。

 あれって影の上を魔法で走っている訳だけだけど、多くの人達は飛んでいるのだと勘違いしている。わざわざ訂正してあげる義理はないし、基幹部分は入念に隠してある。似ているようで、積み込み重量にほとんど制限がないって点が大きく違う。走行に障害がない分、運送能力は陸路の上を行く。

 その上、昇降はマルからヒントを得た反重力って意味不明具合だから、風魔法で再現を試みたところで真似できない。魔力波通信機に潜行昇降機、多くの魔道具で似た状況は発生する。

 講義するのはあくまでも基礎だけ、成果物について詳細を明かすつもりはない。おまけに、私のところには解析に長けたノーラがいる。王国の優位性は当分続くに違いない。


「し、しかし、魔導士であるノースマーク卿が国を空けるのは、防衛の観点で問題では? 彼女を皇都に引き付け、その隙に侵攻を企てている可能性もあります」

「その魔導士が皇都にいるのだ。しかも、通信機でいつでも連絡は可能なのだぞ? 国境を侵犯したところですぐさま首都を滅ぼされる状況で、無駄な進軍は考えまい」


 私は物騒な爆弾か何かかな?

 そもそも魔導士の制約は魔法を国の為に使うことで、防衛を担うなんて約束していない。有事にはディーデリック陛下から要請を受けたうえで、協力を判断する。私は軍属じゃないんだよ?

 まあ、実際に戦争なんて企んでいたなら、皇都の真ん中に大きな穴をあけるくらいはするかもだけど。


「外務大臣の懸念はともかく、上級貴族となるノースマーク卿が長期間王国を不在にする状況は私も問題だと思います。皇都まで飛行列車であっても4日から5日、通うのは現実的ではありません」

「そうなると短期凝縮型の講義か……。しかし基幹技術を習得させるだけの教鞭となると1日や2日で済むものでもあるまい」

「つまり、2週間近くは拘束されてしまうことになります。それでは領地の業務が滞るのではありませんか?」


 かと言って、講義はしたから身に付いているかどうかまでは関知しません……って御座なりにもできない。

 ヘルムス皇子は思い付きで来た訳じゃないので、今後10年の関税低減に原油価格の見直し、探索制限ダンジョンの開放、魔物の性質情報共有への同意、北方災害支援協定への批准など、実質の技術供与に見合うだけの対価を申し出てきた。

 特に原油は燃料としての活用はしないものの、アスファルトや樹脂、有機溶媒など、利用範囲は広い。けれど王国の産出地域のほとんどは魔物領域深部にあり、輸入に頼ってきた。価格が下がるなら領地開拓を進める一助となってくれる。

 他にも、講義を担当する私個人が購入する魔物素材については関税を停止するなど、破格の条件が提示された。

 財務大臣なんて、諸手を挙げて私を差し出したい内心を必死で抑えていたくらいだからね。


 そんな状況なので、いい加減な対応ができる筈もない。

 それでも貴族の最優先は職務の全う、土地の管理を任せられているのだからそちらを疎かにできない。魔導技術大臣の懸念も当然と言えた。


 とは言え、私もそのあたりを考えずに前向きな意向を示した訳じゃない。


「大丈夫ですよ。私なら日帰りできますから」


 私が保証すると、また訳の分からない事を言い始めた……と呆れた視線がこちらへ集中した。私もいい加減慣れたけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] スカーレットは前世の記憶があるから、ノーベル賞などで基礎研究の大切さを知っているけど、普通は目前のことにしか見えないからね。 スカーレットが皇国で授業するより王国に来させた方が効率的だと思い…
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