皇国の要求
陛下と皇子の接見は、極短時間で終了した。
皇国から遠路はるばるやってきた第5皇子を、陛下自ら歓迎する意思を見せさえすればいい。内外へ姿勢を示す儀礼的な目的が強いので、勘所さえ達したなら幕引きとしても問題ない。何を言い出すか分からない筋肉皇子を大勢の前に晒しておきたくない王族側とリンイリド監察官の都合もあった。
忙しい中突然呼び出されて、僅か数分の参列でお役御免となった貴族達には同情してしまうけど。
私を含め、詳しい話し合いに参加するメンバーは貴賓室へ移動する。私達が普段陛下達と歓談する部屋より格式高い家具が揃えてある場所だね。騎士達の守りも厚い。
私が話題に上ったものだから、お父様も会議内容を気にしている様子ではあったものの、収穫祭前の忙しさと天秤にかけて今日のところは帰って行った。通信で報告する約束となっている。
「発言は控えてくださるようにお願いしたではありませんか! あの場は顔合わせさえ済ませればよかったんです!」
「最終的には伝わるのだから同じではないか」
「伝わり方によっては結果が変わります! 申し入れる前に警戒させてどうしますか!」
で、人目から隠されたヘルムス殿下はリンイリドさんに叱られていた。
拳骨も落とされていたんだけど、まるで堪えた様子もない。外傷的にも、態度的にも。
ちなみに、短い待機時間の間に皇子とおばちゃんは着替えも手早く終えていた。見た目としては熟練の冒険者達がいるだけで、立場に見合った威厳は欠片も残していない。
よっぽど正装が嫌いみたいだね。
だからと言って、歓待側の私達まで気を緩められない。少し羨ましいとは思うものの、私はドレスのままだった。
ついでに、皇子の脱ぎ散らかした服を片付けるって役目を負っていたリンイリドさんも、着替える余裕はなかったらしい。魔境越えなんて無謀に同行する側近が他にいないせいで、侍女的な役割までこなすんだね。
「それで、我が国の子爵を連れて行くと言うのはどういう意味なのだろう? さらに言うなら、彼女は陞爵が決まっている。国の重鎮たる上級貴族を引き抜こうと言うからには、私を納得させるだけの主張を用意しているのだろうな?」
いつもにも増してディーデリック陛下の威圧が凄い。アドラクシア殿下も、イローナ様も、不機嫌さをまるで隠そうとしていなかった。儀礼を終えたのもあって、歓迎の空気も霧散している。
貴族を集めた場で、堂々私を連れて行くって宣言されたのだから無理もない。
貴族と言うのは国が立場を保障した存在と言える。土地の管理や官職を任せられて、それに見合う特権を与えられている。その代わり私達は国に帰属して、様々な義務を負い、役目を通して国の発展に寄与する。
世代を重ねることで原則が一部形骸化しているものの、優秀な人物を地位と褒賞で抱え込む方策なのは間違いない。
他国へ移動した貴族の例がない訳ではないけれど、それには入念な根回しと大義名分が要る。まして、私は自ら功績を重ねて陛下自身が子爵として迎えている。その決断に横槍を入れるなんて、王国を軽んじていると非難されても仕方がない。
「阿呆の発言で誤解が生じてしまったことは謝罪いたします。わたくし共に、子爵を皇国に引き入れて連れ帰る意図はございません」
リンイリドさんが皇子の頭を叩きながら謝罪したことで、幾分か空気は弛緩した。
それでも私の皇国行きを望んでいたって思惑は残るから、慎重に監察官の発言を窺う。忠臣から軽く扱われるヘルムス皇子へ視線を向けている余裕はとてもなかった。
「スカーレット様の出陣があったとは言え、帝国を圧倒した技術力は聞き及んでおります。ダンジョンの到達記録を塗り替え、物流事情も一変させました。ストラタス商会の入国は何よりの話題となるほどです」
私達にとっては日常になりつつある光景でも、他国でのコントレイルはとんでもなく目立っていたらしい。私的にはウォズにお使いを頼んでいた程度のつもりで、戦争に活用した技術と並び称されるほど注目を集めているとは思わなかった。
「皇国としても後れを取るつもりはありません。この数年、研究開発に特別予算を投じ、新人の育成にも力を入れておりますが、いまだ結果は出ておりません」
「それは当然の事だろう。本来、技術の革新など10年……、いや、それ以上を想定して成長を促すものだ。成果を急いだところで、そう易々と叶うものでもなかろう」
「それは理解しております。天才の功績はその人物を育み、才能を発掘した国が享受するものです。そうした幸運が簡単に巡ってくる筈もありません。その上で我々は、王国に追従しようと尽力してきました。しかし、最近になって大きな壁に遮られていると判明したのです」
「壁、と言うと?」
「あ」
「ノースマーク子爵は心当たりがあるのか?」
いくつもの幸運に私が助けられてきたのは間違いない。
最近の成果である人工ダンジョンだって、ラミナ領の反乱でダンジョン生成の瞬間に立ち会わなければ絶対に実現しなかった。
同時に、分割付与や虚属性、魔導織と言った技術が揃っていたからこそ実現に至った。
「基礎研究の不足、ですね?」
「はい。ストラタス商会の魔道具をいくつか購入し、技術の解析を進めましたが、どういった理屈で魔道具が稼働しているのか判別すらできていないのが現状です」
王国の発展を牽引しているのは、何も私だけって訳じゃない。
ダンジョンの攻略を進めたのはオキシム中佐達軍部の開発者が魔道具の改良を進めたからだし、短期間で飛行列車が普及したのだって、分割付与で大型化、作業効率を大幅に高めた重機で工事期間を短縮した事が大きい。
始まりは私であっても、その多くは既に私の手を離れて進化を続けている。
一方で、皇国にはその下地がない。
とは言え、王国にとってはこれ以上ない優位な訳で、皇国へ技術供与しないといけないなんて義理はない。
けれどそこで問題となるのが、同行してきたおばちゃんの存在だった。
「行き詰った状況を把握したからと言って、皇国に打開策があった訳ではありません。数十年は技術面で先行されるのだと覚悟していました。そんな折、ヘルムス殿下がギルドのグランドマスターへ不満を持ちかけたのです」
余計な事を……と思ってしまう。
高位冒険者の一面を持つから、当然皇子とおばちゃんには面識がある。ヘルムス皇子が戦士国に赴く事はなかったとしても、おばちゃんが皇国を訪ねたタイミングで近況を話し合う機会くらいはあったと思う。愚痴をこぼした程度だったとしても、立場ある人物同士の利点が嚙み合えば手を組む事態は十分にあり得た。
おばちゃんを巻き込むことで状況がどう動くのか、皇子が予想していたとは思えない。それでも、感覚でなんとなく正解に辿り着くことがあるとは聞いている。
皇子として施された教養のほとんどは身に付かなかった代わりに、直感が磨かれていたのかな。脳筋ではあっても無能じゃない。
そして更なるダンジョン開発に取り組もうってこのタイミングで、冒険者ギルドと対立するような方針は、王国としても選択できない。
「一方的に技術を供与しろなんて、無茶を言いに来たんじゃないよ」
「……その配慮は助かります」
「けどね、大国の発展に差ができて、魔物の分布が偏るようではあたしらが困るんだ」
魔物が国から完全にいなくなるなんて未来は来ないだろうけれど、魔物が少ないからって冒険者が寄り付かなくなる未来は王国としても望んでいない。いくらかの譲歩は必要だと思う。
「飛行列車や魔法籠手、分かりやすい成果に憧れはある。けど、そういった発明品はアンタ達のものだ。真似するならともかく、そのまま差し出せなんて言えやしない」
「飛行列車は吾輩用に1台融通してほしいところだ……痛っ!」
我欲垂れ流しで話の腰を折った皇子は、監察官とおばちゃんの2人に殴られて強制的に口を閉じる。
「そこでお嬢ちゃん。アンタが皇国に赴いて、研究の基本的な事について講義してやってくれないかい?」
おばちゃんの要求は、技術格差を抑制するための研究者育成への協力だった。
学院で講師資格を取得した際、講義の担当より研究成果の発表を選択した筈なのに、今更教壇に立つ事になるとは思わなかったよ……。
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