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反省会 3

「それで、ヘタレティはどうするつもりなのですか?」


 とても不名誉な仇名をいただいた。

 反論の余地なんて何処にもないのだけれど。


 あの日、ウォズと別れた後の記憶は途絶えている。頭の中がグルグルしていて、なのに建設的な思考は全く働かない状態が続いていた。

 まともな受け答えが可能になったのが漸く今日で、既に3日が過ぎている。


 その間、私の記憶はまるで機能していない。

 なかなか怖い状態だったけど、3日間をボーッと過ごした訳ではないらしい。あの日も自主的に歩いて帰ったし、朝になるときちんと起きて執務に取り掛かっていたと言う。実際、仕事に穴は見当たらなかった。

 ただし、自動的に動くのは領地に関することだけで、その日の執務が終わるとピタリと動きを止めていたらしい。何か話しかけられない限り、私から声を発することもなかったのだとか。

 それで業務がこなせていた事実が不思議でならない。


 貴族の義務が本能レベルまで刷り込んであるのかな?


 流石に研究所に顔を出すことはなかったので、何事かと押しかけてきたオーレリア達に事情を問い詰められたのが今になる。

 ウォズとの件を打ち明けるのに気恥ずかしさはあったものの、今は何でもいいから判断の取っ掛かりが欲しかった。勿論、残念な仇名が欲しかった訳じゃない。


「どうすればいいと思う?」

「知りませんよ。レティの気持ちの問題でしょう?」


 それが一番分からない。


「ヘタレティ様はウォズに何か不満があるんですか?」

「ないよ」

「結婚するとなると抵抗を覚えるとか?」

「……それもないかな?」

「なら、一体何を悩んでるんです?」

「私も分からない」

「「…………」」


 どうするの、これ……みたいな呆れた視線が全身に突き刺さった。


 それにしてもキャシーはともかく、恋愛音痴のオーレリアにこんな相談をする日が来るとは思わなかったよ。私も負けじとレベルが低かったって話だけど。前の人生1回分は、経験値の取得にまるで役立っていない。


「と言うか2人共、もしかしてウォズの気持ちを知ってたの?」

「それは分かりますよ。彼、レティの期待に応えようといつだって一生懸命だったではないですか。私達とは接し方が違いました」

「それほどあからさまだった訳じゃありませんけど、付き合いもそろそろ長いですからね。なんとなく察せられましたし、気付いてしまうと分かりやすかったです」

「レティに撫でられた後なんて、本当に誇らしそうでしたから」

「むしろ、ウォズにそんな風に接するレティ様の方が彼を特別に思っているように見えていたくらいですよ? まるで意識していなかったんですか?」

「…………」


 大型犬みたいで可愛かった……とか言い出せる空気じゃないね。


「レティが彼をそういった対象として見ていなかったのは知っています。私達との違いを意識していなかったのですよね?」

「うん……」

「それなら、ウォズを知るところから始めてはどうですか?」

「具体的には?」

「食事に行ったり、公園を散歩したり、何気ない話から彼の人となりを知っていくんです」

「カミン様とオーレリア様の経験譚かもしれませんけど、普段のレティ様達と何が違うんですか?」

「……私も、言っていて気付きました」

「そもそも、どうして何も意識しないままあの距離感でいられたんです?」


 友達だから、としか答えられない。

 オーレリアともキャシーとも遊びに行くように、ウォズといると楽しい。それだけだったんだよね。


「レティにとって、友達って言葉は全幅の信頼と同義ですから……」

「あー……、レティ様のとっても素晴らしい長所なのに、男女を区別しないせいで誤解を生む訳ですね」


 そう言えば、私が気兼ねなく信じたりするものだから、ウォズも欲が出たのだとか言っていた気がする。自覚のないまま翻弄してた訳だね。


「ウォズっていつも気を使ってくれるし、すっごく頼りになるけど、これって私が特別だったからなのかな……?」

「ビーゲール商会の後継者候補として幼少期から身に着けたものでしょうね。彼が相手の望みを読むのに長けているのは私も同意します。レティに対しては、特に全力でしたが」

「喜んでもらいたい。認めてもらいたいって、いじらしいくらいでしたよね」


 それは私も少し分かる。

 その奮励を、可愛らしいと評価していたのだけれど。


「この機会ですから聞かせてもらえませんか。レティ様にとってウォズってどういう存在です?」

「いつでも助けてくれる人……かな? 私を肯定してくれて、私が望む方向への道筋を整えてくれる。私としても無茶を言っている自覚があるのは、ウォズがその空気を作ってくれているからだと思う。いつだって、任せてくださいって言ってくれて、躊躇う状況を作らせてくれないんだ。無理をさせてしまうかもって私が躊躇する時、決まってウォズは先に動いてる。大丈夫なんだって背を押してくれる。それで感謝を伝えたら、頑張った甲斐があったって、得意そうに笑うんだよね。だから、私はできるだけ感謝を伝えることにしてる」

「……」

「気を使っているのは何も研究の時ばかりじゃないよ。私達が雑談してる時も少し引いた位置にいる。最初は壁を作っているのかと思ってたけど、全体を俯瞰して観察してるんだよね。おかげで、話が脱線しても軌道修正してもらえる。話に中身がないなら普通に混じってるしね」

「お金の話になると急に長舌ですから……」

「あれも空気を読んでるんだと思う。私達の研究がこれだけの利益を生んだ、こんなにも大勢の役に立ったって称賛してくれてる訳だから。おかげで、ノーラが自信を持つのにも繋がった。目をお金色にしている時が一番生き生きしているのは生来の性質だろうけど」


 きっと、ビーゲール商会の遺伝子にそんな特性が組み込まれてるに違いない。


「コントレイルであちこち行くのも、割と性に合ってるみたいなんだよね。よく分かんない彫像とか真剣に物色してた。あの収集癖は男の子だなって思うよ。そこについては自覚があるのか、変に自慢話はしてこないから不快感はないかな。大陸だけじゃなくて海の向こうにも興味がある様子だから、アビスマールみたいな移動手段の開発は関心の度合いが違うみたい。その期待には応えないとなぁ……とは思ってるよ」

「なんとなく、いつも以上に張り切っている様子が目に浮かびますね」

「うん。海外進出が具体的にまとまったなら、めちゃめちゃ気合い入れて取り組んでくれるのは間違いないと思う。貴族に名前を連ねたからって、ウォズの根が商人なのは変わる筈がないからね。だから―――」


 ウォズについて語りながら気が付いた。

 私がウォズからの求婚に戸惑う理由。あれだけ理想的な男性を、どうして私が恋愛対象として捉えなかったのか。


「……だから、私にウォズは勿体ない」

「え?」

「ど、どうしてそんな理論展開になるんですか? 普通、逆でしょう?」


 自ら身を建てた侯爵令嬢と商人の息子。一般的な評価なら、私は高嶺の花側になるんだろうね。

 でも、そんな世間の常識には興味がない。


「だって、今の時点で頼りきりになってる自覚があるよ? 今日だって私はここでグダグダしてるのに、ウォズは収穫祭の準備で忙しくしてくれてる。ウォズが傍にいるなら、私は彼に甘えてしまう。でも、そんなの一生続けるの?」

「ちょ、ちょっと待ってください。そのウォズが望んだのですよ、レティと共にいたいと」

「私にとってもウォズは大事だよ。抱いてる気持ちの方向性は違うかもしれないけど。だからこそ、ウォズには私なんかに引っかかってないで、もっといい人を見つけてほしいと思う」


 世間の評価としては、私は容姿が良くて才能があって、立場もお金も、それに相応しい気位も身に着けていて、女性としては優良な物件だと言う。

 そのせいでお茶会に出席しても、気後れして男性からは声をかけられず、私が関心を持ってくれるのを待っているのだとか。気になる男性なんて見つけられなかったけど。


 そんな私と結婚できるから、これからも苦労を続けろって?


 結婚したとして、私は自分を変えられない。研究と領地が優先で、きっとウォズとの距離感は変わらない。彼の気持ちに応えられるとも思えない。無理に合わせようとしたところで、齟齬が生まれる。せっかくの友人とぎくしゃくしてしまう。


 それなのに、伯爵夫君に伴う面倒事だけ背負わせろって?

 彼の大好きな商売にだって負担となってしまう。


「レティ様、それは駄目です!」

「え……?」


 自己嫌悪に陥りそうになった私を、キャシーが強い言葉で止めた。


「あたしだって、いろいろ後ろ向きな事を考えました。あたしの求婚はグリットさんの自由を奪うだけじゃないか。望んでもいない立場を押し付けるだけじゃないか。気心の知れたヴァイオレットさんと結婚した方が幸せなんじゃないか……。でも、実際のところはグリットさん自身にしか分からないんです」

「カミンもいろいろと悩んだみたいですよ。ノースマークとカロネイア、レティと私の関係にヒビを入れてしまうのではないか。武威を示しても、レティの弟だけはあると流されてしまうのではないか……って」

「ヘタレティ様はウォズを慮っているようで、ウォズの心情を勝手に決めつけているだけです!」


 訴えるキャシーの傍で、控えているヴァイオレットさんが物凄く顔をしかめているのが見えた。彼女の杞憂だったのは間違いないみたい。

 ちなみに、グリットさん本人は作法の勉強中だとかで今日は不在。同じく想定外の告白を受けた側としては、参考意見を聞きたかったのにね。

 それと、私はカミンに謝っておいた方がいいのかな?


「レティ、今はウォズの都合を考えないでください」

「え、でも……」

「ウォズの幸せを勝手に推し量るのも駄目です。まずは、自分の心と向き合ってください」

「そうです。レティ様がウォズを高く評価していることは分かりました。それなら、その彼とこれからどんな関係を築いていきたいかを想像してください。レティ様の都合を優先していいんです」


 そんな事、許されるのかな?

 私に女性としての魅力は期待できないからって、愛人を囲うことは心情的にも立場的にも許せない。前世を持つ私としては浮気としか捉えられないし、当主を蔑ろにする夫を許容しているって悪評を生んでしまう。ノースマークの名前に傷がつく。

 ウォズの貢献に何も返せないのに、こんなふうに縛る事しかできないよ?


「レティの気持ちが定まったなら、改めてウォズと話し合ってください。レティの出した答えが、そのまま未来という訳ではないのですから」

「あ……」

「お互いの落としどころを見つけて、意見を擦り合わせる。当たり前のことですけど、それが2人の関係を作るって事です。完全に相手の気持ちを推し量るなんてできないんですから。きっと、ウォズにだって行き過ぎた配慮がありますよ」

「その為にも、ヘタレティが態度を明確にしておかないと、話し合いすら始められません」


 ウォズが返事を待つと言ったものだから、全て私が決めないといけないのだと思い込んでいた。一方的に思いを告げられて、それで全部を判断しろなんて無茶が過ぎる。

 話し合う……、単純に聞こえて大切なことだよね。

 ウォズにもっと聞いておきたいことがある。ウォズについてもっと知りたいと思えた。ウォズとの結婚は考えられないけれど、このまま関係が断絶するのも嫌だった。

 うん、話し合いは必須だね。


「ありがと、少しだけ気持ちが整理できたよ」


 そもそもの大前提、自分の気持ちと向き合うのが最難関な訳だけど……。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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