貴族組の褒賞
子爵へ陞爵すると聞かされたキャシーの反応は、驚きが70%、困惑が30%といった様子だった。どこにも喜びの感情は見当たらない。
爵位が上がった分、偉くなる。
話はそれだけにとどまらない。権限が増えるなら、当然責任も重くなる。
企業での出世や冒険者のランクアップも責務が追加される点では同じだけど、貴族の場合はもっと重い。
「し、しかし陛下、現在のウォルフ領の規模では子爵に相応しいとは言えません」
「其方の懸念はもっともだ。立場に見合った統治領域を与えねば、周囲から非難の的となる。その点は私も考えた」
治める土地と人、文化が揃って貴族と言える。住む場所もないのに臣民を導けだなんてあり得ないのは当然として、魔物領域しか存在しない土地を管理させられることもない。
そして、難民が寄り集まって形成した村や、王国に臣従しない特定部族も統治の対象にはならない。彼等を治めるなら、最低限の王国の常識を身に着けさせた後になる。そこまでは国の仕事だね。
つまり、爵位が上がるなら統治しなくちゃいけない土地も拡大する。今のウォルフ領と比べれば、治める人民が飛躍的に増加する。必然、多くの人生を背負う。そうなると、責任が膨れ上がるのはキャシーだけで済まない。
で、周辺領地への影響力が上がっただけで軽い機能不全状態にある男爵領が、それに対応できる筈もない。数年前まで没落も視野に入れていたウォルフ家が陞爵しようって言うんだから、キャシーが困惑するのも無理ないよね。
「先のラミナでの造反において、リーエム子爵が加担していたと明らかとなった。この愚挙は看過できん。子爵は元ラミナ領の一角へ転封とし、現在のリーエム領とウォルフ領を統合して其方に与える」
「具体的には何をしていたんです?」
「発着場襲撃までは把握していなかったようだが、其方の領地を襲うと知りながら武器や兵士を供与したそうだぞ。影響力を強めるウォルフ領の勢いを削ぐ為に、原動力となっている南ノースマークへ損害を与えておきたかったのだろう」
なるほど、発着場で伸した連中の一部かな。魔物に堕ちるほどでもなかったから、情報を搾り取られた訳だね。
国家へ反逆するまでの意志はなかったにしても、結果として加担していたなら罰は免れない。
「思ってもみないところで幹線道路計画の障害が消えたね」
「ええ、驚きました……。でも、ウォルフ領とリーエムは山を挟んでいて直通の道路が整備されてませんから、計画を早めなければなりません。それに、統合するならリーエムの方が栄えてますから、遷都も考えないと……!」
元ガノーア子爵領を統合した時点で伯爵相当の統治領域があった私や、とっくに覚悟を決めていたノーラとは前提条件が違う。突然降って湧いた話に、キャシーはとても混乱した様子だった。
「ウォルフ男爵の危惧は理解できるし、褒賞で過度な負担を与えるつもりはない。転封と統合の為に国から役人を派遣して、実務業務を担当させよう。その者達も褒賞の一部だ。統合が完了した後もウォルフ新子爵領に仕えさせる。当然、リーエム統治に貢献している現地役人達はそのまま残す。最低限の混乱で新体制へ移行できる筈だ」
「……ご配慮ありがとうございます。陛下の期待に応えられるよう、今後も精進いたしましょう」
戸惑いはあっても、貴族として最高の栄誉を断るなんて選択肢は存在しない。心の整理をつけるのにしばらく時間を要した上で、キャシーは陛下の要請を受け入れた。
「新道路計画についても聞き知っている。飛行列車の寄港地に相応しく、あの地方の中心となるべく成長してくれることを期待させてもらう」
「せ、精一杯務めさせていただきます……」
表面上何とか強がってみても、頭の中はこんがらがってるだろうから、緊張を後押しするのはやめてあげてほしいと思う。
キャシーならやり遂げられるだろうって、私も信用してるけどね。
「オーレリア嬢はノースマークへの嫁入りが決まっているが、現在の籍はカロネイアにある。生家への報奨で構わんか?」
「はい。できましたら、人工ダンジョンで採取した鉱石の一部を優先的にいただけませんでしょうか。計画している開拓を前倒しで推し進めたいと思います」
「良かろう。むしろ、研究に協力した立場としては当然の権利と言える。不満を燻らせる貴族共はこちらで黙らせておこう」
「ありがとうございます」
流石に、オーレリアを独立させようって話は上がらなかった。
婚約しているカミンと一緒に新しい家を興させようなんて言い出そうものなら、ノースマークを潰すつもりか! …ってお父様が乗り込んでくる。
カミンに侯爵家を継がせなくてはいけないからって2人を別れさせようとするなら、この場で私が暴れるよね。煌剣で城を斬りかねないオーレリアを止める役も要る。
ひょっとすると、激怒したカミンに任せておく方が大変な事態に発展するかもしれない。
「それにしてもちょっと意外かな? オーレリアなら、鉱石を貰って領地の武装を充実させるって言い出すかと思ったよ」
「……レティは私をどう見ているのですか?」
「いや、オーレリアが拡充を望むなら主に軍事方面だろうなって……」
「帝国の問題は解決しましたし、ダンジョン探索に向けた武装はレティが用意したではありませんか。行き過ぎた軍国主義を抱いている訳ではありませんよ」
魔物への対策は常に求められているし、王国に侵攻しようって愚かな企みを挫く為にも軍備は必要ではある。それでも過剰な戦力は争いの切っ掛けにもなってしまう。
兵器開発力で優位に立ったからって、開戦派なんてのが湧いて出たのがいい例だよね。いつの間にかいなくなったみたいだけど。
それでも、オーレリアには最新鋭の武器を並べてほくそ笑んでるイメージが付きまとう。
こうして情勢を俯瞰できるくらいには、出会った頃と比べて成長したって事かな。これも勉強の成果かもしれない。
「カミンに相応しくなれるように、頑張ってるね」
「それもありますけれど……、これ以上アウローラ様に叱られるような真似はできませんから」
「……叱られたの?」
「……はい、容赦ありませんでした」
多分、貴族の義務を放棄してダンジョンに籠っていた時の話だろうけど、立場的にはまだカロネイア伯爵家のお嬢様なのにね。私としても、魔法の勉強に傾倒して他の予習が疎かになっていた時の苦い記憶を思い出す。
お母様、厳しい時は徹底してるからなぁ……。
でもって、ライリーナ様からのお説教より今のオーレリアには効くだろうって思惑は、見事に嵌まってる。
「ですから装備の新調は、レオーネ従士隊だけにとどめておきます」
「あ、武器開発分もきちんと確保しておくんだ……」
彼女達はオーレリアの私兵で、彼女が結婚した後もノースマークへ移籍する部隊だからね。今回はオーレリア個人の功績だから、このくらいの優遇は許される。
その代わり、開拓のための魔物狩りに動員させられそうな気はするけども。
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