弟達と再会
すみません、遅くなりました。
話を終えて、お父様の執務室を出る。
別に叱られてただけじゃないよ。強化魔法練習着の進捗の擦り合わせに、研究室の進度確認、ビーゲール商会との方針の相談、学院での交流状況の報告、アドラクシア殿下との面談の詳細なんてのもあったね。
手紙での連絡はまめにしているつもりだけど、顔を合わせてでないとできない話もあるからね。
まるで待ち構えていたみたいに、そこへ駆け寄って来る小さな影があった。
「お姉様!」
ぎゃああああああああああああああああああ~~~っ!!!
か、かわっ、かわわっ、かーーわーーいーーいーーーーっ♡♡♡
うちの弟、めちゃめちゃ可愛い。
魂の絶叫を、心の中だけに留めた自分を褒めよう。理性が崩壊するかと思ったけど、それは弟に見せていい姿じゃない。心が千々に乱れていても、弟の前じゃ柔和な微笑みを崩しちゃいけない。
ヴァーミリオン・ノースマーク。
侯爵家の次男で、今6歳。
私が家を出て半年も経っていないけど、私のヴァンきゅんは一回りも大きくなってたよ。
お母様似に加えて、まだ幼い事もあって中性的な雰囲気で、でも年相応のわんぱくさが増している。
誕生日を迎えてから、一人前の貴族になる為の教育が本格化して、私が実家にいた頃は元気に遊ぶ余裕をなくしてたけど、王都行きで勉強から解放されて、瞳がキラキラしているよ。
実は強化魔法練習着の被検体2号。
ノースマーク侯爵家では護身術の修得、攻撃魔法の会得、ある程度の武器の扱い、射撃訓練も、最低限の教育に含まれる。練習はどれも騎士訓練場で行う。歳が離れていてカリキュラムが違っても、必然的に姉弟が顔を合わせる場所になる。
カミンが強化魔法を習得して、騎士タイプの訓練を始めたところを目にしたヴァンは、すぐに駄々をこねた。
お兄様だけズルい。
僕もお姉様に魔法を教えてもらいたい、と。
その行為自体は、貴族としてあり得ないと、お母様のお説教対象になったのだけど、弟にせがまれて応えないなんて、お姉ちゃんじゃないよね。
特急で作らせたね。
属性測定もまだで、魔法は教えられない。でも、強化魔法は例外だって、前例の私は知っていた。身体強化が属性魔法に含まれない事の検証になるって、お父様達も説得したよ。
本人のやる気も手伝って、効果はてきめんだった。
強化魔法の訓練だと言い含めて、姉弟3人で敷地全体を使った鬼ごっこを1日中して、お母様に怒られたよ。
最近では、やんちゃに手を付けられなくなったって側近からの苦情が、試験運用の課題報告に混じって届いてた。
カミンは比較的大人しめで、お父様に似て文官肌だけど、ヴァンは毛色が違う。私ともカテゴリ違うし、オーレリアみたいになりたいのかもしれないね。
「久しぶりね、会いたかったわ」
「僕もー!」
勢い良く飛びついてきたので、抱き上げて頬ずりする。
私が昔からラバースーツ魔法で受け止めてたから、この子のスキンシップは強めなんだよね。弟からの触れ合いを跳ね除けるなんてあり得ないから、どんな勢いだって受け止めるよ。
ヴァンはくすぐったそうに、でもぎゅっと抱きついてきてくれる。6歳のヴァンには、家族と離れた4か月は寂しかったみたい。
う~ん、ほっぺ、ぷにぷに、やわやわ、しゃ~わせ~。
「姉様、お帰りなさい。お久しぶりです」
ヴァンへの愛しさを再確認してたら、カミンもやって来た。
表情が崩れる前に声を掛けてくれて、正直助かったよ。ヴァンは下りる気無いみたいだから、このままでいいか。
カミンの所作は、記憶のそれより洗練されてる。
もうヴァンみたいに甘えてくれないのは少し寂しいけれど、貴族らしくなろうと懸命なところは頼もしい。私が離れた事が、カミンの長男としての自覚に刺激を与えたのかもね。前よりいくらか落ち着いて見える。
でも、礼の角度が少し深すぎ、かな。もう2度、浅くしないと丁寧過ぎて、身内には堅い印象を与えちゃうよ?
「ただいま。少し見ない間に、動きが穏やかになったわね。前よりずっと頼もしく感じるわ」
だからって指摘したりしないよ。細かいところの修正はお母様にお任せ。私、褒める係。いいとこ取りって言ってもいいよ。
「お茶の準備をしてありますから、王都での姉様のお話を聞かせてもらえますか?」
「ええ、喜んで。私も聞きたい話がいっぱいあるもの」
「お姉様、僕も準備、頑張ったよ!」
「そう、ありがとう。では、ヴァーミリオン様、サロンまで案内してくださる?」
ヴァンが頑張ると言っても、お世話係に指示を出して傍で見てたくらいだろうけど、私を迎えたいって気持ちが嬉しい。
カミンの見本になるよう丁寧に礼をしてから、茶目っ気でエスコートをお願いすると、ヴァンは胸を張って手を取ってくれた。どうも、この子にとって私の先導役は誇らしい事らしい。
そう言えば、素敵な女性に付き添うのは紳士の誉れだとか、この上ない幸せだとか、よくお父様がお母様に言ってたっけ。
お茶会の主役はヴァンくんだった。
こんな勉強をしているとか、周りが皆外国語で話しかけてきて困ったとか、算数は得意だけど歴史は嫌いだとか、騎士の訓練に混じりたくて授業をさぼったらお母様の雷が落ちたとか、作法の勉強は苦手だけどお菓子が出るので楽しみだとか、私のいない間にあった事を身振り手振りを交えて教えてくれる。
時々、作法で教えられた事を思い出すのか、いけないって顔をしてからやり直すのが可愛らしい。
カミンも話したい事があるみたいだけど、寂しい思いをしていた弟の話の腰を折ったりしない。
もうしばらくは王都に居られるから、機会は作れるしね。
「でもヴァン、強化魔法は側仕えから逃げる為に教えた訳じゃないよ」
「あ、う……」
私宛に苦情が届いていた以上、ヴァンに嫌がられたとしても、これだけは言っておかなくちゃいけない。
授業から逃げて、騎士と模擬戦をして奮闘した話をしていた筈なのに、私に遮られて気まずそうに眼を逸らす。
うん、やっぱりこの子は分かっていない訳じゃない。
我儘を言っても、自分の落ち度も理解してる。
お父様とお母様は忙しくて、カミンも詰め込みが一番大変な時期、そして私は家に居なくなった。構ってほしかったんだろうね、それが叱られるという形でも。
「お母様が言っていたでしょう。私達は、人より多くの義務を背負わなくちゃいけないって。だから、逃げちゃ駄目。お父様達は一緒に食事をする時間を作ってくださるでしょう? 嫌な事があるなら、そこで訴えなさい」
「……でも、忙しそうだから、我儘言ったら困らせそうで……」
「お父様がそう言ったの?」
「……ううん」
「お母様が?」
「……」
ふるふる首を振って否定する。
「カミン、貴方がそんな事を言ったの?」
「ううん、そんな事言わないよ。でも、ヴァンの不満に気付けなかった。それは、反省してる」
「そう。誰もそんな事言わないわ。家族には我儘を言っていいの。私も、ヴァンが駄々をこねても、貴方が大好きよ」
「……」
「でも、他の人には駄目。使用人達も、騎士の皆も、貴方の我儘を許そうとしてくれるだろうけど、それに甘えては駄目」
多分、お母様に同じ事を言って既に叱られている。
重ねて私からも言い聞かせてほしくて、報告書が届けられたんだと思う。近くにいるカミンは、まだきちんと叱れるほど経験を積んでいない。叱る側が感情的になってしまうと、ただの喧嘩になっちゃうからね。
だから私が言わなきゃいけない。お父様やお母様と違って、ヴァンと近い目線で話せる私が、私の言葉で。
「何故だか分かる?」
「……僕が貴族だから」
「そう。私は王都に来て知ったけど、そんな風に考えられる貴族ばかりじゃないわ。でも、他の人がそうだからと言って、私達が考えを曲げる事はない。自分で誇れる貴族でありたい。私も、カミンも、お父様も、お母様も、ノースマークだから。ここに来て、私はより強く、そう思う様になった。ヴァンはどう?」
「……僕も…!」
「本当に? お母様に叱られたからじゃない、私に言われたからじゃない、ヴァンの言葉で聞かせて。よく考えなさい、後で訂正なんて許さない」
顔は真っ赤で、大きな瞳は涙でいっぱい。
でも、緩めてはあげられない。
私だって、できるならこんな事言いたくない。優しいだけのお姉ちゃんでいたい。
でも、甘やかすだけの存在は、私の貴族の在り方に反してしまう。
「貴方が甘えていいのは、家族と自分の側仕えだけ。他に我儘は二度としないって言える?」
「……」
「無理だって言っても、貴方は私の弟よ。嫌いになんて絶対にならない。その時は、フランと一緒に私が傍に置いてあげる。どうする?」
継ぐ家のない弟妹が、側近として当主を支えるなんて話はいくらでもある。普通は3男や4男、継ぐ予定のない男子の場合で、次男は当主にもしもがあった時の代わりとして家に据え置くものだけど、ノースマークではそれをしない。ヴァンが貴族らしくある事を拒絶するなら、間違いなく家から出す。
これ、実際にあった話で、お父様の両親と兄弟の籍は侯爵家にない。
ヴァンが幼いからって、手心を加えてあげられない。
「貴方は、今を厳しいって思っているだろうけど、歳を追うごとにまだまだ課題は増えるのよ。それを乗り越えられる? 他の人に当たったりしない? 逃げて周りに迷惑かけたりしない?」
厳しい事を言っている。
姉はひと山乗り越えて、兄はそれに挑戦中。なのに僕には無理ですなんて、普通は言えない。
でも、流されているだけじゃいけない。
ヴァンの意思で選んでもらわないといけない。
「今なら、無理って言ってくれれば止めてあげられる。その後は厳しい事を言ったりしない。ノースマークじゃなくなるけど、一緒には居られるわ」
もう涙は溢れてしまって、言葉は喉から漏れなくて、首だけ必死に振っている。
「なあに?」
「……いや…だ」
「何が?」
「…僕、は…ここ、に、居たい…です」
「そう。でも、もっと大きな声で、私と約束して。貴方は誰?」
「―――僕は、僕は、ヴァーミリオン・ノースマーク、です! 二度と、我儘で、誰かを、困らせたり、しません…!」
ボロボロ涙を零しながら、でもはっきり口にした。
その涙が、震える身体が、その場限りなんかじゃないって教えてくれる。
「泣かせてごめんね、困らせてごめんね。……でも、ヴァンがそう言ってくれて嬉しいよ。一緒には居られないけど、頑張りましょうね」
大泣きするヴァンを抱きしめて、私も少し泣いた。
叱るって、難しいね。
ただ弟に甘いだけの姉でいてほしくなくて後半を加えましたが、蛇足だったかもしれません。
ちょっと迷走してます。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。




