陞爵
再開します。
今後もよろしくお願いします
私が王都へ出向いたのは、何もお見合い茶会に出席するためってだけじゃない。ウェルキンがあっても片道半日弱、仕事や研究を車内へ持ち込めるからと言っても、頻繁に往復できるほどでもないよね。
今回の王都行きの目的は、例によって王族からの招聘によるものだった。
ついでに、そろそろ自分の王都邸を建てたいとも思っている。
侯爵家の王都邸に間借りしていても誰も文句は言わないし、カミンに会うには便利ではある。けど、いつまでも親の脛をかじっているみたいで外聞が悪い気がする。今後も出入りは顔パスになるとしても、そろそろ自分の拠点も構えておきたいと思う。今なら上級貴族入りするって事由もある。
今回は設営許可の取得と、建設場所の検分を行う予定となっていた。
結婚相手探しもどんどんと重要度が上がってきてるから、瑣末とは言えなくなってきているのだけども。
「それで、今回はどんな面倒事でしょうか?」
「話を聞く前から面倒事だと決めつけるのはやめてあげようよ……」
「じゃあ、レティ様はそうじゃないかもしれないって思ってますか?」
「……」
「レティ、返事くらいはしましょうよ」
かつては王族に会うって決まった途端に緊張でガチガチになっていたキャシーも、幹線道路計画の真っ最中に呼び出されたとあって遠慮がない。
「それにしても、それにしても貴族であるレティ様達はともかく、私やウォズまで一緒と言うのは珍しいですね」
「ストラタス商会宛なら予想できなくもありませんが、俺を名指しでしたからね。これまでちょっとなかった経験なのは間違いありません」
商会宛なら、代理を立ててもいい。最終的にウォズへ話が届けばいいって意向になる。どうしても印象はよくないから基本は代表であるウォズが対応しても、来なかったからって責められない。
今回は“ウォージス・ビーゲール”本人が呼ばれた訳だから、正当な理由なしに拒否できなかった。
細かい事ではあるけど、その違いから何となく意図は読み取れる。
「この顔ぶれからすると、ダンジョン絡みかな?」
「時期を考えるとそうでしょうね。貴族籍を辞したマーシャを、カーレルさん抜きで呼ぶのも考え難いです」
「そうです、そうですね。今の私は何か立場がある訳ではありませんから」
産休明けから彼女が関わった仕事となると、魔物討伐数によるダンジョン鉱石の増減精査、悪魔の心臓を起動させるために大規模魔法の設置、見事にダンジョン絡みの活動しかしてないね。
「商会内で情報統制は徹底していますが、人工ダンジョンはまだまだ機密性の高い研究です。俺を指名する理由としては足りるでしょうね」
「ウォズは大陸の反対側にいたりって、参加できないだけの理由もあり得ますからね」
「人を介す可能性を排除するなら、強制的に本人を呼ぶしかありませんわ。人工ダンジョンをスカーレット様だけが独占している状態を放置できない何かでも起こったのでしょうか?」
「うわぁ……、その可能性は考えたくないくらいに面倒そうだね」
「あたし、そんな余裕ありませんよ?」
私もノーラもキャシーも、自領での収穫祭を控えている。キャシーはいきなり新しい事を始めるつもりはないみたいだけど、だからって暇があるなんて話はない。
「私も、今年はノースマークの収穫祭について学ぶように言われています」
「カミンと収穫祭で遊ぶ約束してるの?」
「その余裕があったら、の話ですね」
あの子も日に日に忙しくなっているからね。収穫祭の時期に実家へ帰って、見学だけで済ませてくれるとは思えない。
「今年は……って事は、来年からはお母様かライリーナ様に収穫祭に合わせた挨拶回りへ連れていかれるんじゃない?」
「……あまり考えたくない未来です」
「オーレリア様は卒表後にすぐ結婚という訳にいきませんから、じっくり鍛えてくれそうですね」
ウォズの言う通り、彼女の結婚はカミンの卒業を待たないといけない。学院での基礎習得が終わったら、侯爵夫人に相応しくなるための実地研修が待つんだろうな。
「先の事は置いておいて、カミンと約束したなら当日一緒に過ごせる時間くらいは確保してくれるんじゃない?」
「そうだといいのですけれど……」
「そんな忙しいあたし達を呼び出して、殿下達は何を命じようって言うんでしょう?」
マーシャのところの運送会社も、ウォズのストラタス商会も、収穫祭を控えたこの時期はかき入れ時となる。私のところの収穫祭を成功させるためにも、今はマーシャを離したくない。
「可能性として……、可能性として考えられるのは、複数の貴族が同調して陛下へ嘆願したといったところでしょうか?」
「採掘量に管理の容易さ、これまでのダンジョンとは別物ですから、自領にダンジョンが欲しいと貴族が結集しても不思議はありませんわね。既にダンジョンを保有している貴族の総意とも考えられます」
「王族を動かすだけの圧力が働いたなら、ノーラの言う可能性もあり得るんじゃないですか?」
「大人しくダンジョン作るのとそいつら黙らせるの、どっちが楽かな?」
理論は通って実証の為のダンジョンが完成しただけで、ダンジョンを構築するだけの労力は尋常じゃない。
「用向きを伝える前から、物騒な事を考えるのは止してくれないか?」
一刻も早く領地へ戻る方法を検討していたら、先触れを省いたディーデリック陛下が面会室へやってきた。
「あれ? アドラクシア殿下が対応してくれるのではないのですか?」
「最近は少しずつ引継ぎを進めているものでな、日によっては私の方が余裕もあるのだ」
それ、仕事を押し付けたって言わないかな?
ダンジョンの現地確認はアドラクシア殿下に任せたから、今回は私情を優先したって副音声は置いておく。殿下が相手なら多少の強気は許されても、陛下を前にしたならちょっとやり難い。
内心は皆も同様なのか、さっきより少し姿勢を正して陛下を迎えた。
「ああ、楽にしてくれていい。貴族達からの突き上げがない訳ではないが、今はまだ抑えられないほどではない。今日は其方達を労わせてもらおうと思って呼んだのだ」
「労う……ですか?」
ここでの会話を陛下が知っている事についての疑問はない。
客人である私達を護ると同時に見張る騎士、タイミングを見て空気を入れ替えたりお茶を出したり世話を焼くメイド、王城なんだから様々な出入りがある。彼らはここでの情報を外へ漏らすような人々ではないけれど、主上となると前提が違う。
もしかすると、私達には諜報部が常時張り付いているまであるかもしれない。
それに、常に周囲の目を気にするのが貴族だから、私達も聞かれて困るような会話をしていた覚えはない。
労いの為に呼ばれたのだとしても、それだけの為に忙しい時間を割かされて迷惑だったのも事実だしね。
「人工ダンジョンの成就は、私が直接命令を下したものだ。自ら報いるのも当然であろう?」
「お気遣い、ありがとうございます」
「とても光栄ですわ」
好奇心を優先して話を聞かせろって公私混同でなければ、感謝の言葉は嘘じゃない。国王陛下から直接褒められるって言うのは貴族にとって栄誉で、今後の箔になる。
時間のロスと釣り合うかは微妙だとしても。
「アドを使いにやった時点では、ノースマーク子爵以外への明確な褒賞は調整できなかった。しかし、成果の詳細を聞いて、本件に関わった全員が誉れを受け取るのに相応しい功績だと改めて思っている」
未成年を上級貴族にするのに苦労がなかった訳はないけれど、反対派を抑えられるくらいには貴族を掌握できているらしい。王位を譲った先を見据えての勢力図作りなのかもしれない。
「まずはエレオノーラ・エッケンシュタイン嬢。曖昧なままにしてきた其方の暫定措置を解く。正式に直轄地を割譲し、エッケンシュタイン子爵に叙する」
「!!」
「未だ成人を待つ身ではあるが、積み重ねた功績と領地を治める手腕は見せてもらった。その実績から家を興すのに足るものと判断する。これからも国の為、領地の為に励むことを願う」
「陛下の恩情に感謝し、その期待に応えることをお約束致します」
暫定が外れただけ……、これはそんな単純な話で終わらない。
ノーラは戦争の活躍をはじめとした功績に加えて、成人するまでの間に重ねるであろう魔眼による貢献を見越して立場を与えられてきた。しかもその立ち位置に法的な保証はなく、陛下が意見を覆したなら消えてなくなるほど不確かなものだった。
けれど今回は正式な叙爵、ノーラは新しいエッケンシュタイン子爵家の初代当主となる。
もしも明日、陛下が死んで代替わりしたとしても、この決定は覆らない。しかも、私に続く2人目の未成年貴族、その例外を認めるほどに彼女を評価してくれたって事でもあった。
決して幸福でなくとも、貴族に生まれたおかげで衣食住に困る事はなかったノーラが、その恩を領民へ返したいと願った3年間の努力が、ここに結実した。
おめでとう、ノーラ。
「そして、ウォルフ男爵」
「は、はいっ……!」
「飛行列車の開発をはじめとした其方の数々の功績は明らかだ。ウォルフ家を子爵に陞叙する」
「!!!」
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