レティのム○な婚活記録 2
白と黒を基調としたそのお屋敷は複数の長方形を組み合わせた特殊な形状をしていて、建物を囲む庭は草花ではなく抽象的な彫像が飾ってあった。
数多い王都邸の中でもかなり特徴的な部類だと思う。
ちなみにこのお屋敷の当主が美術的な造形に深い、なんて事実はない。私と関わりの深い当主の兄が言うには、造形が面白いと一族が気に入った彫像をそれぞれ買い集めた結果、今のようなまとまりのない庭に仕上がったらしい。
興味は形状で止まっていて、製作者が表現しようとした意図を知らない場合も多いのだとか。興味もなければ、購入を切っ掛けに美術作品に触れ合おうって意思もない。作者が売り込みを兼ねたお礼に訪ねて来たり、好事家から芸術論を交わそうと誘われても、会話は成立しないのだと言う。抽象作品だから仕方ない部分はあるにしても、芸術家泣かせの家だよね。
そんなアルドール伯爵邸が、今回のお茶会の会場だった。
私としては、価値観の押し付けがないので嫌いじゃない。お茶会の話題の選択肢に芸術討論が加わらないってだけでも助かるよね。
嗜みとして訪問先の調度品に関する基礎知識は頭に入れてあるけれど、ここの場合は無名の作品も珍しくない。そんな場所で訳知り気に彫像の良し悪しについて語ると、却って浮いてしまうよね。
「飛行列車の構造ですけれど、もう少し細長くて抵抗の少ない形状にした方が魔力消費を抑えられるのではありませんか?」
そもそもアルドール導師の主催で参加者を集めたお茶会なので、誰も彫像に関心を示さない。鉄パイプを曲げたような置物より、飛行列車の形状へ興味が向くらしい。
ちなみに、前世の記憶があるから流線設計についての知識はある。飛行機とか新幹線とか、参考にできる記憶もあったのだけれど、ウェルキンは私好みの外観を重視してデザインした。機能性を追求しすぎると可愛くないと、キャシーも突き詰めるのをやめた。
研究の余地は残してあるので、私たち以外の誰かが引き継いでくれればと思っている。
今日は情報収集を目的としたお茶会じゃなくて貴族版婚活パーティーなので、堅苦しさもなかった。肩肘張らずに興味に忠実な話題を選ぶ。本来のお茶会では、主催者の庭や調度品を称えながら会話を広げていくものなんだけどね。
魔塔やそれに準じる研究機関入りを目指すか、そういった人物を家に迎えたい男女が対象となる。身分は問わず、家を継ぐ予定のない弟妹や下級貴族の参加も多かった。
コキオ専任研究員の採用には届かなかったまでも、私の関心を引いた研究者もいて、割と話は盛り上がる。彼女達も、学院で顔を合わせるのが難しい私とじっくり話してみたいと思ってくれていて、いい機会になった。
「へぇ~、アイテール水銀って他のダンジョン鉱石と混じると魔力抵抗を下げるんですか」
「はい。祖父が残した研究結果について知っているだけですので、あまり誇れる話ではないのですが……」
彼女の祖父、ケイウォー元男爵が彼女のお父さんに爵位を引き継いだ後、趣味で鉱石を観察する研究を始めたらしい。貴族なので傾倒するとどんどん規模が大きくなっていって、誰も見つけていない性質を発見するまでになった訳だね。
「熱心に続けられてきた研究について、アンジュ様が知っているだけでも孝行ではないですか?」
「……そうでしょうか? 変わり者の祖父ですけれど、幼い頃はよく通っていたのです。様々な合金が飾ってあるのがとても綺麗でした」
それは少し興味あるかもしれない。
ずっと金属を観察していたお爺さん独特の組合わせとかあったりしないかな。
「ノーラ、そんな性質知ってた?」
「いいえ。わたくしの鑑定でも、複数を組み合わせた場合の変化については把握できませんわ」
それは道理だね。合金だけで無数の組み合わせが考えられる訳だから、目視するだけでそれらを読み取っていたら頭がパンクしそう。
「ところでアンジュ様。そのお爺様の研究成果について綴ったものは残っていませんか?」
「あ、それ私も気になる」
「祖父は小忠実な人でしたから、研究の過程で気づいた事は全て書き残していると思います。どこかで発表するといった予定はありませんでしたが、きちんとまとめてあるのではないでしょうか」
「それでは是非、お爺様の研究内容を編集して出版させていただけませんか?」
「え!? 出版、ですか?」
ノーラの希望には私も同意する。そんな成果を死蔵するのは勿体ない。しっかり後世へ残すべきものだよね。
今すぐ誰かが役立てることはなかったとしても、必ずどこかでその知識は必要となる。差し当たって、魔導織の参考になるかもって期待が湧いている。
「そのままですとお爺様の趣味として片付けられてしまいますけれど、わたくしの図書館で貴重な研究成果として残したいと思います。それだけの価値のある内容だと思いますわ!」
「私も欲しいかな。多分、魔塔でも保管したいと思いますよ」
「そんなに……、ありがとうございます! きっと祖父も喜びます」
「ちなみにそのお爺様って……」
「それが……色々な鉱石を調べ尽くすのだと言って、今はダンジョンの近くに別荘を作って冒険者と一緒に生活しているんですよ。困った人でしょう?」
あ、うん……。
元気なら良かったよ。もしも故人との思い出の品なら、扱いを少し考慮しないといけなかったからね。
もっとも貴族は結婚が早いので、ケイウォー家みたいに家督を譲った後は精力的に遁世生活を楽しむ例も珍しくない。権力にしがみつく場合もあるけれど、引退してからの生活の方が大抵は長い。
医療の発展もあって、私達の世代なら高祖父母も元気な家だって存在する。
現役を退いてからは家を離れて暮らす場合もよく聞くから、彼女みたいに過去のものとして話すことも多くて紛らわしいよね。
ちなみにノースマークも、曾祖母が存命です。実家に戻ったままほとんど接触はないけれど。
ところで、女性陣とばかり話している私達だけれど、お茶会に男性が参加していない訳じゃない。
お茶会の目的からすると男性も必須だからね。
で、男性陣が会話にも参加しないで何をしているのかというと……半裸で様々なポーズをこちらへ見せつけながらアピールを続けている。
……うん、普通に気持ち悪いです。
お見合いを目的としたお茶会なので、普通は男女の交流が目的となる。なのにどうして裸身披露会が始まったかというと、私へ向けられた視線が切っ掛けだった。
クニーア伯爵令息。
いつかのお茶会でも私へ流し目を向けていた男性で、このお茶会に出席するくらいにはインテリらしい。あの時成功しなかったのに、懲りるって言葉は知らなかったみたいだけどね。今回もシャツのボタンが次々外れていった。
そこで終われば変わり者がまた出たってだけで済んだのに、その様子を見たコンフート男爵令息が対抗して服を脱ぎ始めてしまった。筋肉質であっても細身なクニーア令息以上にじっくりと鍛えていて、確かに見応えはあった。
そのコンフート令息を、とある令嬢が黄色い声で称えたのが拙かった。
肉体美を披露すれば注目を集められると思ったのか、次々と男性がシャツを脱ぎ始める。身体付きに自信のない男性も、服をはだけて色気を見せつける事態となった。
当然、お茶会の作法は大きく逸脱しているし、アピールの方法を致命的に間違えている。
男性陣の様子をちらちらと覗き見ている令嬢もいるものの、ほとんどの女性はドン引きで、筋肉品評会は視界に入れずに談笑を続けていた。
私も関わり合いたくない。
令嬢達と専門的な話で盛り上がるのは新鮮で楽しくはあったけど、なかなか混沌とした時間だったよね。お茶会本来の目的は微塵も残っていなかった。
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