キャシーのお仕事
グリットさんが来たので興味が湧いて調べてみたところ、キャシーは周辺領地を道路で繋ごうとしているらしい。
現行の道がない訳ではないのだけれど、山間部を縫っているため利便性に欠ける。領地ごとに敷設してきた経緯から道幅や路面状態に差が散見する。酷いところでは、領地境で小型車両へ乗り換える必要まであった。
小領地が寄り集まった辺縁地方で見られる典型的な特徴だね。
ウォルフ領は飛行列車の寄港地なので、その恩恵を利用しない手はない。各領地を幹線道路で繋げば便益を共有できる。周辺領地からすると輸送面の大幅な改善が望めるし、人や物がウォルフ領へ集まるなら発展の大きな切っ掛けとなる。
キャシーが新当主としての実績を求めて急進した訳じゃなくて、開発者特権としてウォルフ領に飛行列車の発着場建設が決まった頃から計画していたらしい。
そうなると当然、根回しの重要性は跳ね上がる。貴族に商人に職人、冒険者、面会の予定も積みあがった。結果、慣れないまま貴族の世界に巻き込まれたグリットさんが音を上げたって流れだね。
基本的にキャシーやノーラの領地運営について私から口を挟むつもりはない。
相談されたなら意見させてもらうし、協力を求められたなら友達としてできる限りの助力はしたいと思う。勿論、私との繋がりを喧伝するのだって止めたりしない。最大限利用すればいい。
それでも私の領地じゃない訳だから、私の方針に追従してもらおうとか思わない。結果として南ノースマークとの協調が難しくなったとしても、それは仕方のないことだと思ってる。領主の責任は馴れ合いを優先できるほど軽くない。
同時に、困り事があったとしてもおいそれと介入するべきではないとも思っている。安易に動くと、ウォルフ新男爵がノースマーク子爵に借りを作る形になってしまう。私達は友達付き合いの延長線上のつもりでも、家人や領民、周辺貴族はそう捉えない。南ノースマークの属領みたいな認識は望んでいない。
それに、家人や領民と協力して困難を乗り越えることで貴族らしさを身に着けていくし、周囲との結びつきも強くなる。まだまだ経験の足りていないキャシーから成長の機会を奪おうとは思わない。
あくまでも南ノースマークとは別の領地、介入するなら相応の理由が発生した場合に限る。
領主として相応しいと言ってもらえるように一人前を目指すのは、私も通った道だよね。今でも達成しただなんて思っていない。一生をかけて取り組む課題だと思ってる。同じ道を行く友人がいるだけで心強いかな。
で、グリットさんを追い払った数日後、私はウォルフ領にいた。
「すみません、スカーレット様。頼るべきか迷ったんですけれど、困っている姉様を見ていられなくて連絡してしまいました」
ウェルキンで領地入りすると目立つので、コントレイルの定期便でウォルフ領に降り立つ。どうでもいいけど、都市間交通網を初めて利用したよ。乗り心地は悪くなかった。
私がウォルフ領に来たのはメアリ、キャシーの妹ちゃんの救援要請を受けたからだった。ここへ来ることをキャシーには知らせていない。
可愛い女の子に頼られた訳だから、介入の理由としては十分に足りているよね。
なんでも、幹線道路敷設の協議が難航しているらしい。
話を聞く限り、キャシーの話に乗らない道理なんてない。この辺りは零細貴族が多いから、領地へ実入りのある話には飛びつくのが普通だと思う。ここがキャシーの領地でなければ飛行列車が寄港することなんて有り得なかった。次に近い発着場となるとエルグランデになるものの、侯爵領と協調するのは現実的じゃない。この幸運を最大限生かすのが貴族としての判断の筈だった。
「リーエム子爵が業者の選定を行うと主張して話し合いが進まないのです。姉様が折れるまで滞在を続ける腹積もりらしくて、他の面会予定や執務も滞ってしまっています」
「典型的な主導権争いだね。面倒この上ない」
「はい……、その通りです」
飛行列車をはじめとした数々の発明品を世に出す研究者となったキャシーの影響力は強い。
将来的な事を見越せば彼女の意向に忖度するのが一般的なのだけれど、貴族の中では下位の男爵でしかないから権威を前面に押し出されるとその意向を無下にできない。身分差を軽んじたって瑕疵は後々の評判に響いてしまう。
「元々リーエム子爵はこの辺りで幅を利かせていた貴族で、ウォルフ領へ発着場を建設するのにリーエム領へ立ち寄らないのはおかしいと訴え続けてきたんです」
「開発者特権を理解してない訳じゃないんだろうけど、ごねれば要望が通ると思っている人物かな?」
「その理解で合っていると思います。これまでの力関係が通用すると疑っていない様子でした」
貴族の勢力図なんて、功績一つですぐに引っ繰り返る。
侯爵家が貴族の頂点に君臨し続けているのも、そのための尽力を欠かしていないからに他ならない。子爵ってだけで零細貴族の上に立ってきた人物がいつまでもその立場にしがみつけるほど甘くない。
とは言え、時流を読めない貴族も多いんだよね。
今回の件はその代表例で、飛行列車の運行って国家プロジェクトには干渉できなかったから、せめて道路敷設計画では中心にいたいんだと思う。
ついでに、付き合いの深い業者へ仕事を斡旋してキックバックを貰おうって思惑も透けて見える。領地を越えて新しい道路を通そうって計画から多額の賄賂を割いて、品質を保てる筈もない。
こんな悪習慣もこのあたりの発展を妨げてきた要因なんだよね。いい加減、正す必要がある。
かと言って、リーエム子爵の無茶をキャシーが跳ね除けられるかとなると、そう簡単じゃない。
まず、こういった場で強気に出た実例がウォルフ領自体にない。基本的に領地の姿勢は歴代の方針を引き継ぐものだから、どこまで強行できるかって程度がキャシーには分からない。
それから、計画に賛同している他貴族がどれだけリーエム子爵に同調するのか読めないって事情もあった。これまでの悪習慣を踏襲して大勢の貴族が子爵側につくなら計画自体が瓦解してしまう。
経験がどうしても不足しているキャシーだけれど、両親は常に下手に出てきた側なので頼れない。
だからって、ここで譲歩してしまうと図に乗らせてしまう。勢いに押されただけであっても、一度退いてしまえばキャシーはリーエム子爵の傘下だと周囲も認識してしまう。
計画の主導は奪われて、折角の道路の品質も下がる。当然、リーエム子爵の図々しさも際限がなくなる。子爵以外の誰も得をしない。
それをさせない為にメアリは私を呼んだ。
キャシーは安易に私を頼ってはいけないと意固地になっているのかもしれないけれど、メアリの判断はきっと間違っていない。面倒な貴族の処理も経験の一つだと言っても、あの手の人物は想定した通りの展開でなければ納得しない。空気の読めない相手に付き合う時間が無駄だと思う。
それより、今回の件を教訓にスルー技能を磨いたほうがいいよね。
相手が身分差を盾に取るなら、爵位でもって黙らせる。
私が陞爵するって話は既に噂になっているから、誰がキャシーの後ろ盾かを思い出させてあげればいい。それでもリーエム子爵に追従しようって貴族に未来はないから計画から弾いて構わない。
私は顔を見せるだけの簡単なお仕事、さっさと終わらせよう。
お土産に山菜を貰って帰りたいかな。
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