エッケンシュタインの大図書館
木曜日の更新が出来ず、申し訳ありません。
体調不良で執筆が進みませんでした。ぼちぼち回復してきたので更新を再開します。
人工ダンジョンの研究とコキオ研究員選考を終えて、時間に少し余裕ができた私はエッケンシュタインにいた。すぐに収穫祭へ向けて忙しくなるから余暇と言うほどのゆとりはないものの、領地の特色である図書館でじっくり調べものするくらいの時間は割けた。
ノーラが統治を始めてもうすぐ2年になろうっていうのに、私がこの図書館を訪ねた事ってなかったんだよね。
先日のダンジョン研究に来た際はウェルキンで寝泊まりしていたし、普段はノーラが私のところに来るばかりで、領都アルベルダを訪れたのは旧エッケンシュタイン領だった頃まで遡る。特に避けていた訳でもないのにね。
エッケンシュタイン領が誇る大図書館はルネサンス様式っぽい建築物で、一定の形状をした窓や柱が等間隔で並び彩る。細部に至るまで彫刻が施された外装は構築の魔法陣で大理石を加工したもので、ノーラが望んだ荘厳さを実現してある。華美より素朴を好むノーラの嗜好を反映させながら、領地の象徴としての存在感も主張していた。数的秩序で構成された建築方式は、私の趣味とも割りと合う。
そうした建物自体も目を惹く構造であるのだけれど、更に瞠目するのが内部にぎっしり並ぶ蔵書量だった。
そもそも旧エッケンシュタイン領が発展の象徴から始まった経緯から、魔塔と並んで知識が集束する環境にあった。近年の堕落した当主は別として、それ以前の領主達は新技術の開発に私財を投じてきた。正しく国の繁栄を主導してきた歴史がある。
その背景から貯蔵してきた書物の中には絶版となった希少本や、複写の存在しないものも多い。300年の歴史そのものが詰まっているとさえ言える。
更にノーラがジャンルを問わずに国中の書物を集めているものだから、とにかく洒落にならない量が収まっている。それでノーラが満足しているかというと、まだ足りていないと言う。最近では他国の本の収集も始めていて、私の研究で扱う素材集めが最優先ではあるものの、飛行列車で大陸中へネットワークを広げるストラタス商会がノーラの希望も叶えている。
どれだけ書物を集めたとしても、図書館の中はアイテムボックス魔法で広げてあるから限界が訪れる事はないのだけども。
その図書館の最上階には、ノーラの私室が存在した。
貴族の滞在場所としては小さな部屋で、ここには空間魔法も作用させていない。歴史ある書物を死蔵させてあった倉庫の隅で本を読み漁っていたノーラとしては、読書の為の場所は手狭な方が落ち着くらしい。
「だからと言って、お屋敷よりここに滞在する時間の方が長い生活はどうかと思うのですけれど」
困ったものだとアシルちゃんが不平を言う。
身の回りのお世話をするのが侍女の役目と言っても、本へ集中してしまうと顔も上げない状況は仕え甲斐がないよね。
出会った頃は5歳だったアシルちゃんももう8歳、随分大きくなった。執務関連を手伝うのは早いにしても、ノーラのお世話係としては貫録を備えつつある。昔のフランを見ているみたいで微笑ましい。
私はノーラみたいに周りの声も聞こえないほどのめり込まないのでアシルちゃんとの雑談にも興じていたところ、朝から一言も発さずに読書を続ける事も珍しくないのだとか。食事はサンドイッチみたいに本を読みながら摂れる軽食を用意して、タイミングを見計らってお茶を淹れるのだと言う。
その間ノーラから指示が出る事はなく、彼女の意思を汲み取って先回りしないといけないって言うんだから、アシルちゃんが逞しくなる訳だよね。主人へ苦言を呈するくらいには成長している。それがノーラへ届くかどうかは別として。
部屋には背もたれの角度が調整できる安楽椅子が用意してあって、アシルちゃんによるとそこがノーラの定位置らしい。
今日は私が来たからって貸してくれている。これがなかなか心地良くて、私もこんな部屋が欲しくなってしまった。とは言え、狭い部屋に籠るのは貴族として外聞が悪いから、まんま真似するのはフラン達に反対されそうな気もする。
「失礼します、エレオノーラ様。収穫祭に出店を希望する業者の一覧をお持ちしました。確認をお願いします……あれ?」
ノーラの私室と言っても完全なプライベート空間って訳じゃないので、こうして仕事の話もやってくる。
普段ならノーラが座る筈の場所に私がいるものだから、自然と来訪者と視線が合った。
「あ、アウルセルさん……じゃなかった、今はオウルさんでしたね」
「お久しぶりです、スカーレット様。今日はこちらにいらしていたのですね。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」
「堅苦しい賓客として訪れた訳でもありませんから、気にしないでください」
私的には友達の所へ遊びに来たくらいの感覚なので、家臣団がずらりと並んで迎えられてしまうと居心地が悪い。
ノーラに書類を持って来たのは、元アウルセル・ラミナ氏。今はオウル・セーラを名乗っている。
先代伯爵の暴走を許してテロ事件を起こさせてしまった彼は、慣例通りなら極刑となる筈だった。けれど、発着場襲撃に加担したほとんどはダンジョンとともに消滅した。改めて罰を受ける人間は彼しか残っていない。
首謀者達は毒杯を呷る事なく消えたのに、領民を救おうと尽力したアウルセル氏だけを処刑するのには陛下も躊躇いがあった。
とは言え、事件を防げなかった統治能力の欠如した領主を罰しないのでは貴族の間で不満が燻る。そこで、被害を最小限に減らした功績で罪の一部を相殺して、死罪ではなく懲役刑となった。数年の服役後はアドラクシア殿下の即位に合わせて恩赦が出る事になっている。
つまり、事件がかなり特殊な結末を迎えたので慣例通りの処罰を免れた訳だね。私がジャス叔父様の名前を論文に残した事もあって、あんまり苛烈な処分だと公平性を欠いてしまうって事情があった。
領主となった経緯と環境が特殊なものだった事への酌量もある。叔父様の罪をお婆さんに擦り付けたように、蜂起が知られる事を恐れた先代伯爵によって直前で外部へ出されたと事実を一部改変してある。実際のところは現地に行った私達しか知らない事だからね。
で、そのアウルセル氏をノーラが貰って来た。
この国の労役は魔物の解体や汚物処理と、特殊な技能を必要としない。そこへ元貴族を就けるのは勿体無いと、引き取りを申し出た。
身分ばかりかこれまでの名前まで剥奪され、行動を監視された状態でノーラの指示に服従する。周囲の貴族を黙らせられるくらいには厳しい罰と言えた。
もっともアウルセルさんは貴族の立場に未練がないし、元々ラミナ伯の遠縁で臣下の1人となる予定だったから、今更誰かに仕える事に不満を抱かない。
ノーラは彼を罪人扱いじゃなくて家臣の1人として遇しているので上手くやっているように見えた。領主でありながら民との繋がりを持てなかった彼は、領地を離れた事で新しい民へ貢献できる立場を得た。
少なくとも、引き籠ったまま顔を見せない何処かの長男よりは役に立ってるんじゃないかな。
ノーラが定位置にいない事に困った様子を見せるオウルさんだったけれど、アシルちゃんの視線を追って納得する様子を見せた。
私へリクライニングソファを貸したノーラは今、長椅子に寝そべって本を読んでいる。私よりくつろいでいるのは間違いない。あのまま寝る事も多いんじゃないかな。
「ノーラ、オウルさん来てるよ?」
アシルちゃんが揺さぶっても反応しないので、仕方なく私が呼び掛けると3回目で漸く顔を上げた。
「収穫祭への出店希望者を一覧にしてきました。どうぞご確認ください」
「ありがとうございます。待っていたのですわ」
読書を中断されて不満顔ではあったけれど、用向きを聞いて機嫌を改めた。
収穫祭への出店、つまり屋台の目録になる。収穫祭って1年の実りへ感謝して、その成果物である食事を楽しむって催しを言う。仰々しいのは貴族が執り行う式典だけで、多くの人は所狭しと並ぶ露店へ期待を寄せる。
特にエッケンシュタインではノーラの意向で国中の郷土料理が集まる。必然、彼女の期待も高い。
「去年は大成功だったと聞いていますから、出店希望も増えているようです。高名になりつつあるエッケンシュタインで地元の食文化を紹介したいと言う声も多く届いています」
「とても嬉しい事ですね。……できるなら国外からの屋台も集めたいところなのですけれど」
「カラム共和国、ヴィーリンからの希望は届いていますよ」
「良いですね、お魚」
どちらもこの1年で巡った場所だね。
教国は解体してしまったし、食べられるなら何でもいいって思想の根強い戦士国からの話がないのは仕方がない。
「帝国はイーノックさんに紹介していただくとして、皇国との伝手はないものでしょうか?」
「エノクを堂々便利扱いするつもりな件に突っ込む気はないけど、皇国はちょっと難しい気がするよ」
大国ではあるけど、陸路で接していないので交流は少ない。距離としてはオクスタイゼンが近くても、魔物領域に阻まれてノースマークまで迂回する必要がある。一部の商船が王都に訪れるくらいかな。
無茶を言い出す主に、オウルさんも再び困り顔になっていた。
「ウォズは素材の買取りに皇国へも行っていますよね? 取引相手に心当たりはないでしょうか?」
「分野が違うから難しいんじゃない? 一応、シャンブーフ商会に打診だけでもしておいたら? 私もウォズに聞いておくからさ」
「そうですわね。近く食材の配給について話し合っておきたいと思っていましたから、面会依頼を出しておきますわね」
「今度、皇国の調理本が届く事になっていましたから、アセットさんに研究していただくのも良いのではないですか? 収穫祭に間に合うとまでは言えませんが……」
ノーラの欲求にまだ不慣れなオウルさんを放っておけないと思ったのか、アシルちゃんが助け船を出した。
新しい皇国の本を読むのと研究を料理人に任せるの、どちらを優先するべきか悩むノーラから一覧の確認結果を後で聞いておく事にして、オウルさんには業務へ戻ってもらう。まだ幼いながら、彼女はノーラの扱いにすっかり慣れてるね。
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