閑話 ウォズの挑戦
引き続きウォズ視点です。
この後、契約はすぐに締結されました。
実証実験に詳細に加えて、開戦派との交易を打ち切る事についても明文化してあります。ダンジョンの更なる発展と両天秤に乗せられて、破れる筈もありません。
「これで、戦争こそが王国発展の道だと息巻いてきた開戦派の息の根も止まるのだな。君の事だ、似た約定を他のダンジョン保有領主とも交わしているのだろう?」
「はい。契約の内容こそ領地によって異なりますが、戦争回避に向けて協力いただいております。スカーレット様の研究を阻む勢力など、必要ありません」
「なるほど、随分と怖い人物を連中も敵に回したものだな」
ダンジョン保有貴族だけでなく、鉱山を保有する貴族へも交渉を持ち掛けました。買取り分がストラタス商会で消費するのに過剰なら、聖女基金として他国の援助へ切り替える方法も、実家との取引を仲介すると言った方法も選べます。
開戦派はいくらも待たずに干上がる事となるでしょう。ここまで武力強化に大金を投じておきながら、中途半端で原料の供給を打ち切られるのです。戦功を上げる野心は叶わず、投資分の回収は望めず、国の方針へ逆行した悪名だけが残ります。
「武器は腐るものでもありませんからね。魔物が氾濫した場合にでも備えて貯蔵しておけば良いのではありませんか?」
「人の悪い事を言う。一攫千金へ賭けた者達だ。悠長に活用の機会を待つ余裕などあるまい」
「そうでしょうか? 有事の備えがあるなら領民が安心を得られますし、訓練に用いて騎士の練度を上げれば治安向上にも繋がります。再利用すれば魔道具の材料にもなるのですから、活用次第ではありませんか?」
もっとも、戦争に活路を見出そうとするような貴族に、そんな能力が備わっているかどうかは知りませんが。
何にせよ、スカーレット様を兵器と見做して、彼女の功績を武器供給の手段としか捉えなかった連中がどうなろうと、俺の知った事ではありません。
「……それにしても、君は父上とはまるで違う道を歩むのだな」
その評価は当然のものだと、既に割り切っています。
父も祖父も、貴族として迎えられるのに十分な功績を残しながら、在野で活躍を続ける方針を選んだ人達です。地位は権力を得られる代わりに商売の自由を阻害するものだと、叙爵の提案を断っています。
その決意の通りに貴族に対しても一定の距離を保ち、一部の取引相手にだけ無闇にへりくだるような姿勢は見せませんでした。
利害得失を提示して貴族の選択を誘導し、その意思を捻じ曲げるような真似、父なら決してしなかったでしょう。
それがビーゲール商会の矜持で、かつての俺が憧れ、自分もその道を行くのだと疑わなかった生き方です。
けれど、ストラタス商会は違います。
「子爵の仰る通りです。新しい商会の立ち上げは、その意思表示でもあったつもりでした」
「ほう、それだけの決意か。……今回の開戦派排斥、ノースマーク子爵への積極的な支援、もしかしてだが、精力的に国へ貢献しているように見えるのは貴族として迎えられる機会を期待してのものか?」
「ええ、私は貴族を目指しています」
迷わず肯定しました。
スカーレット様を優先する為にビーゲール商会の柵から距離を置く事、自身の限界を試す為、複数の動機を携えての独立でしたが、これこそが実家と袂を分かった最大の理由です。
「平民が成り上がる事に否定的な者もいるが、私はあり得ない話だとは思わん。君なら無謀と言うほどでもないだろう。しかし、そんな野望を内に秘めているとは思わなかったよ」
「功名心や支配欲から爵位を求めているのではありません。そもそも、領地を欲している訳ではありませんから」
準男爵や男爵には、治める土地を持たない貴族も多くいます。その代わりに国から役職を貰って一族へ引き継ぐのです。
俺が目指すのはそこになります。
並外れた功績を上げたスカーレット様や、魔眼への期待と旧エッケンシュタイン領を任せたい王家の思惑が重なったエレオノーラ様が例外と言うだけで、普通は準男爵や男爵が最初の立ち位置となります。叙爵の目標さえ叶ったなら、望む立場を手に入れられるでしょう。
「そうなのか? 領地を持って産業を育てようと言う訳ではないのだな?」
「興味がない訳ではありませんが、自らの分は弁えているつもりです。私はどこまで行っても商売人で、統治者としての才覚はないでしょう」
「ふむ、名前を売りたい訳でも、領地を治めて新しい利を得たい訳でもないと言う。どうも、どんな大望を抱いているのか分からんな」
「とても個人的な願いです。けれど高望みには違いありませんから、野心と言っても差し支えはないと思っています」
爵位を得るのは手段です。
それだけで望みが叶うとも思っていません。無駄な努力で終わる可能性も高いでしょう。それでも周囲に認められるだけの立場を得たなら、挑む資格くらいは得られる筈です。
「それほど強く願う望みとは何なのだろう? 聞いても良いものかい?」
「構いませんよ。恥じるものではないと思っていますから」
たとえ身の程知らずと笑われたとしても、決して怯まないくらいの覚悟はあります。そうでなければ願う事自体が不相応でしょう。
ストラタス商会の立ち上げを決めた時、絶対に諦めないと決めたのです。
「私は―――」
言葉は飾らす、願いをそのまま口にしました。
子爵は目を大きく見開き、しばらく反応が返りませんでした。そのくらい無茶な願望である自覚はあります。
「なんとまあ、そんな事の為に爵位を望むとは……。しかし、悪くない」
「そうなのですか? 父には無謀だと止められましたし、馬鹿馬鹿しいと取り合ってもらえない事も多いのですが」
「その反応が普通ではあるのだろうな。けれど私としては、君が彼女の手綱を握ってくれるなら都合がいい」
「私に制御できるなどとは思えませんし、止めるつもりもありませんよ? むしろ、自由であってほしいと願っています。私はいつだって、助力を惜しまないと言うだけです」
そもそも、そんな立場が得られると確定した訳でもありません。叙爵の話があった訳でもないですし、望みが叶わない可能性も高いでしょう。
どれだけ強く願ったとしても、最終的な決断を下すのは俺ではないのですから。
「そうだとしても、今の奔放な状態やおかしな権力者と結びつくより余程いい」
「……そう言うものですか?」
「ああ、王族と繋がる事は避けているとは聞くが、状況次第では他に選択肢がなくなる事態も考えられる。そんな可能性は望んでいないのだよ」
「そんな事態は、私としても好ましくありませんね」
「ふふふ、意地の悪い商談相手だと思っていたが、意外と君は夢想家なのだな。現実が見えていないとまでは言わないが、なかなか恐れ知らずの大それた願望を抱いているらしい」
夢見勝ちと思われるくらいは仕方がないでしょう。
そう言いながらも、子爵の視線はいくらか剣呑なものに変化していました。ただの商談相手から、いつか利害関係を争うかもしれない値踏みする対象へ変わったのかもしれません。
「応援できる事はないが、君の願いが叶ったなら祝福させてもらおう」
「……それで十分です。ありがとうございます」
それだけ言って、俺は席を立ちました。
用向き自体は、契約書を交わした時点で終わっています。勢いで赤裸々に語ってしまいましたが、願い自体は俺一人で追い続けるものです。誰かの助力を期待している訳ではありません。
けれどこうして決意を言葉にする事で、改めて立ち向かう意思を確かめられました。逃げ道を塞いでいる部分もあります。
未だ学院生の俺としては、叙爵自体が途方もない夢です。猶予がいつまでもある訳でもありませんから、焦る気持ちも渦巻きます。こうしている間にも、有力な話が持ち上がっているのではないかといつも不安に苛まれます。
追いつける、と願うのは無茶でしょう。
距離が開く事はあっても、縮められるとは思えません。俺自身、どこまでも全力で駆けて行ってほしいと願っています。
それでも肩を並べるだけの立場を得られたなら、伝えたい言葉があるのです。
待っていてください、スカーレット様。
いつもお読みいただきありがとうございます。
あえて言葉を伏せた部分については、近いうちに明かせると思っています。いい加減、鈍感主人公を卒業してもらいましょう……。
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