閑話 ウォズの暗躍
今回はウォズ視点です。
時系列は少し遡って、「マーシャの帰還」でレティが数字に追い詰められている頃になります。
「私にベシャン子爵との関係を切れと?」
俺の提案が気に入らなかったらしく、エーホルン子爵は不機嫌を露わにこちらを睨みつけます。
相手は貴族、俺は商人、身分の隔たりは明らかですが、委縮するつもりはありませんでした。
「彼等が何と呼ばれているかは御存知でしょう? アドラクシア殿下が立太子し、国全体の繁栄を目指す流れに水を差す連中に子爵も名を連ねるおつもりですか?」
「開戦派……か。帝国の問題が片付いたこの現状で、今なら確実に勝てる戦争ができると戦功の皮算用に熱心な連中だ。王国がどうして国土拡大から内政重視へと転換したのか、歴史背景も知らない愚か者どもと一緒にしてほしくはないものだな」
「けれど、彼等にダンジョン鉱石を優先的に供与している以上、捉え方によっては同一視されても仕方がないのではありませんか?」
戦争を行うなら武器が要る。
開戦派がいち早く武器を揃えて先陣を切る準備を推し進めようと、エーホルン子爵をはじめとするダンジョン保有領主へ接触している事実は調べがついています。
「鉱石を高く買ってくれる顧客を無碍に扱いたくない。お気持ちは理解できますが、もっと先を見据えていただけませんか?」
スカーレット様の開発によって、アイテール水銀やミスリルと言ったダンジョン固有鉱石は高騰しています。エーホルン子爵はその流れに乗りたくても、保有ダンジョンの規模の違いから産出量に差が生じてしまうのでしょう。ダンジョンを探索し尽くしているので新しい発見も望めません。
ウェスタ、フラッスのような深層ダンジョンを保有する領主が利権を握っていて、今更有力商会と縁を結ぶのが難しいとも知っています。
かと言って、通常鉱石の産出量は鉱山所有の領地に及ばない。
そんな中で鉱石を高値で買い取ってくれる開戦派の提案はありがたいものだったのでしょう。
「水面下で準備を進めている間なら大きな問題とならないかもしれません。けれど実際に戦争となった時、鉱石の扱いがどうなるか、子爵もよく御存知ではありませんか?」
「軍への配分が優先となり、周辺貴族は勿論、ダンジョン保有貴族への分配も無くなる、か……」
「その通りです」
ダンジョンの管轄は国にあるので、非常時には国が全てを接収します。ダンジョンを管理する貴族にあるのはあくまで産出物の優先取得権で、それは戦時にまで保証されるものではありません。
「それに、戦争は決して起こらないと思いますよ?」
「開戦派として蠢動する連中の多くは第1王子派に属していた者達となる。殿下が彼等の手綱を引き絞ると?」
「いえ、スカーレット様が戦争を望んでいません。あの方は戦争に動員されて敵兵を屠るくらいなら、愚かな動きを見せる貴族を直接締め上げる事を選ぶでしょう。彼女を頼った戦争など起こりませんよ」
「それは、私も選択を誤ればノースマーク子爵を敵に回すぞ、と脅されているのかな?」
エーホルン子爵は第2王子派閥で重用されていただけあって頭の回転は悪くありません。言葉を重ねる前に危機感を抱いてくれたようです。
「スカーレット様の威を借りて増長するような真似は致しません。ですが、あの方が開戦派へ不快感を示されているのは事実です。王家の方針に反し、大魔導士の機嫌を損ね、実現する筈もない開戦支持派に何が残ります? 彼等と共に汚名を背負うだけの価値があるのですか?」
「辛辣だな。今なら、支援ではなく取引の範疇だったと認めてもらえるのだろうか?」
「進言はしますよ。不必要に事を荒立てる気はございません。スカーレット様はダンジョンを保有する領主との友好関係を望んでおられますから」
「……」
子爵は悩む素振りを見せた。開戦派との関係を解消したとして、それで得る筈だった利も消えてしまいます。どう埋め合わせるかを悩んでいるのでしょう。
だから、透かさず次の一手を提示します。
「勿論、ただでとは申しません。宙に浮いた鉱石は私共が買わせていただきましょう」
「……これは!? これは売値ではなく買値でいいのか? この値段で買い取ってもらえると?」
「子爵様に嘘は申しません。私の商会の利益についてはご心配なく、今はスカーレット様が多くの素材を求めておられますので、すぐに回収できる見込みがありますから」
「全く、羨ましい話だな……」
感心する子爵は、これまでに何度も買い叩かれてきた経験があるのでしょう。俺も実家もそうでしたが、大きな商会となれば下手な貴族より影響力があります。情勢の隙を突いて安値を付けるくらいはいくらでも行うでしょう。
だからこそ、俺はその常道の逆を行く。
貴族の尊厳を傷つけない取引を心掛けます。いつまでも優遇措置を続けるつもりはありませんから期限は5年、それで優先的な交渉権が買えるでしょう。スカーレット様が希望する鉱石が必要となった時、いつでも入手できる伝手を持っておけばお釣りが出ます。
「それから、スカーレット様からこう言った要望が来ております。ご検討いただけますか?」
「……何!? 魔物の討伐数で産出鉱石が増加する? 効率的に魔物を間引く装置? 先日、ダンジョンの実績を解明したいと詳細な記録の提出を求められたが、これだったのか! ウォージス君、これは本当かね?」
「はい。実績を検証したところ、ほぼ間違いないそうです。そこで、実用化に向けた実験場所としてエーホルンダンジョンを貸していただけませんか?」
今回の来訪、本来の目的はこれだったのだけれど、個人的な要請を優先させてもらいました。開戦派の専横は潰した上で、協力の見返りとして検証実験を提示した方がより恩を売れます。
最終的に実証実験の約束が取り付けられるなら、交渉の順番へスカーレット様が口を挟む事もないでしょう。
「勿論、冒険者の誘致、潜行昇降機の設置、採取物の管理、国への折衝、実験に関わる一切はストラタス商会が請け負いますよ」
「それで私は、産出量の増えたダンジョンだけが手に入る? 話が旨すぎないかい?」
「噂で聞いていませんか? スカーレット様はエッケンシュタインで見つかった浅層ダンジョンの拡大に成功しました」
「ああ、話は聞いている。その事実確認はしたかったところだ」
それがあったから、俺との会談も円滑に実現したのだとも知っています。
エーホルンダンジョンは詳細な探索が完了しているので、これ以上の発展は望めていませんでした。だから、ダンジョンを拡張できる機会を渇望しているのでしょう。
「スカーレット様にとって、ダンジョンの拡張は事故に近いものでした。ですから、その件については安全性をしっかり確認した後となります。ご了承ください」
「……まあ、仕方ないだろう。見境なく拡張させて、強力な魔物が溢れるような事態は私も避けたい」
「ご理解いただけて幸いです。その代わりと言う訳ではありませんが、討伐数と産出量の検証実験は是非ともエーホルンダンジョンで行いたいと思っております。既に隈なく探索済みのダンジョンだからこそ、信頼できる実験が行えると思っています。スカーレット様の仮説を実証する為ですから、ストラタス商会が全面的に協力するのは当然です」
「先人達の方策がここにきて実を結ぶ訳だな。なるほど、そう言う事情なら甘えておこう」
検証に適したダンジョンが貴重なのは間違いありません。
同時に、可能性の先細ったダンジョンの扱いに苦慮してきた子爵は俺にとって扱いやすいものでした。
かつては一方的に嫌っていた貴族ですが、印象はそれほど変わっていません。開戦派や、かつて暴走した第2王子派閥の一部のように、消えてしまえばいいと思う貴族も多くいます。
同時に、このエーホルン子爵のように話の通じる貴族もいるのだと知りました。
自らの懐を肥え太らせる者、領地の発展を望む者、個人的な好みで言うなら後者の方が望ましいとも思うのですが、俺の対応は変わりません。
相手が望むものを差し出し、俺の望みの為に利用する。相手の自尊心をくすぐる言葉選びくらいはいくらでも差し出します。
ビーゲール商会の跡取りとして貴族を知れ、そう言って俺を学院へ入れた父の気持ちが今になって理解できました。
貴族を知って同調するのではなく、距離感を学ぶ。軽蔑しようと見下そうと、心の内は全て呑み込んで己の利益を勝ち取る。
漸く、あの日父が望んだ商人に成れてきた気がします。肝心の後継の立場は放棄しましたが。
エーホルン子爵は俺が嫌うほどの貴族ではありません。けれど俺の目的の為、スカーレット様の希望を叶える為、せいぜい利用させていただきましょう。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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