新しい年を迎えて
結局、私達は一旦東へ向かって、コールシュミット侯爵領のとある街にしばらく滞在する事になった。
比較的近くに領地のあるキッシュナー伯爵とカロネイア伯爵に、十分な護衛部隊の派遣を依頼した。烏木の牙をいつまでも私達の為に拘束できないからね。
お世話になったグリットさん達には、実験の為にこれから戻るニュースナカで少しでも過ごしやすいようにと、思いつく限りの物資を贈ったよ。
暖を取る為の魔道具とか、遠征先で火を使わなくても料理ができる魔道コンロとか、村で待機中に楽しむ為のたっぷりのお酒等々。勿論、魔道具起動用の魔力は、小型魔導変換器で充填したものを使う許可も出した。
キャシーなんて更に甲斐甲斐しくて、村で私達が滞在していた宿を彼等が使えるように手配してたし、山へ遠征中でも部屋が管理できるように追加でメイドも雇ってた。冒険者が受ける待遇の範疇を明らかにはみ出していたから、皆、目を白黒させてたけどね。大商家か、下位貴族並みのサービスだよ。
これからも色々お願いするつもりだから、あの人達が快適に過ごせる分には、口を挟まなかったよ。ウォズが何も言わなかったので、やり過ぎって事はない筈、だよね?
盗賊達を尋問した結果、連中は黒耀会という犯罪組織の支援を受けて、王都付近に拠点を持っていた。そんなところにいる連中が、わざわざニュースナカまで出張ってきたのか、理由は不明。犯罪組織からの命令なのは分かったけれど、何を意図したものかまでは聞き出せなかった。
勿論、犯罪組織がどこに紐づいているかもわからない。貴族の中にはこういった連中と利用し合う者もいるからね。証拠はないけど裏に貴族の思惑があると思ってる。
そう考えると、また襲撃を受ける可能性が残るから、大人しく護衛の到着を待ったよ。
安全を優先したから、待っている間温泉三昧とはいかなかった。残念。
遠回りした上に、余計な待機時間まであったから、結果的に予定していた遠征期間も超えてしまって、王都に辿り着いたら既に年が明けてたよ。
この国に新年を派手に祝う習慣はない。
1年世界を見守り、加護を与えてくれた神様が、元日に交代すると言われているので、厳かにその日を迎えるものという不文律がある。
一年を無事乗り越えた事、新しい一年の始まりを慶ぶんじゃなくて、神様に感謝を捧げる日なんだよね。
この世界には創造神と、管理を任された7柱の神がいるとされていて、1年毎7回サイクルで暦が変わる。昔は火の夏は暑く、水の冬は寒くなりやすいなんて迷信もあったらしいけど、文明の発達で加護神と天候にかかわりがない事は明らかになっている。
そうは言っても、神様の威光は今でも結構強い。日本人感覚で宗教観を話すとトラブルの元になるのは間違いないね。私はこういう違いも、ファンタジー世界の面白いところと思って受け入れているよ。
新年は家族で過ごす事が多い。
勉学に励む私達は、帰郷の時間を作れない者の方が多いため、必然親達が王都に集まってくる。
私の見通しが甘かったせいで、家族との時間より先に年が明けてしまった事、皆のご両親に謝罪廻りにいかないと、かな。
新しい年は風の神様の加護を受ける年となる。
私達も元日は移動を止めて、朝には南東、風の方向にお祈りしたよ。
「あんまり私に心配させないでくれ、レティ。君に何かあったかもと、眠れない日々を過ごしたのだから」
王都邸に帰った私は、早速お父様に捕まった。
そもそもの原因は、ニュースナカの村長とエイシュバレー子爵の対応のいい加減さに振り回されたからだと思ってるけど、私の脇が甘かった部分も否定できない。だから、お父様の小言も粛々と受け入れました。
「君を信用していない訳ではないけれど、他家のお嬢様と行動を共にするには、用心が足りていないと言わざるを得ない。ノースマークや王都の周辺ならともかく、街を離れるなら、多少窮屈な思いをしても、護衛を付けなさい。君を護る為でもあるけれど、それ以上に一緒に行動するお友達の為に、だ。それが配慮というものだろう」
研究の経過は定期的に報告してる。
いくらか成果も上がっているし、今後の見通しも明るいから、久しぶりに顔を合わせるこの機会に、褒めてもらいたいところだったんだけどね。
本来なら、私の方が先に戻って、年末年始を一緒に過ごす為にやって来たお父様達を迎える筈だったから、お小言の追加も止む無しかな。
本音を言うなら早く解放されて、カミンとヴァンに会いたい。
2人共大きくなってるんだろうな。
遠いところ、私に会いたいって来てくれたんだよ? 嬉しくない筈ないよね。うんと可愛がってあげよう。
お土産いっぱい買ってきたから、喜んでくれるといいな。
「……レティ、分かっているのかい?」
弟達の誇れるお姉様でいられるように、この数か月頑張ったよ。
機会が作れるなら、可愛い弟達をオーレリア達にも紹介しないとね。
2人共、王都は初めてだし、私もあんまり観光できてないし、一緒に探検したいな。
「レティ?」
泳ぐのは無理だけど、海へ行くのは必須だよね。
温泉にも連れていきたいけど、先読みしたフランに固く止められている。
2人共まだ小さいし、家族なんだから一緒にお風呂くらいと思うけど、特にカミンが微妙なお年頃らしい。言われてみれば、そろそろ思春期だもんね。なんでもお姉ちゃんと一緒は嫌がられるかもしれない。
それに、私が学院生になったから、人に知られると変な関係を噂されかねないとか。
バッカじゃないの! と流せないのが貴族のめんどくさいトコだよね。
ヴァンとならまだ許されるらしいけど、温泉でテンションが振り切った場合、もの柔らかなお姉様のイメージを壊してしまうかもしれない。過剰なスキンシップを自重できる気もしないしね。
残念だけど、止めとこっか。
お姉様キライ! とか言われたら、間違いなく心臓止まるし、ね。
「―――はぁ、気もそぞろで、まるで聞いていないね?」
あ。
「君に奔放なところがあるのは知っているけど、家を離れて少し緩んでいるよ」
ごめんなさい。
「仕方ない。カミン達も楽しみにしているようだったし、今日はここまでにしよう」
「ありがとうございます。そう言ってくださるお父様が、私、大好きです!」
「……これからも、気を付けるんだよ」
なんだかんだと私に甘いところとか、最高です。
お母様は私の先生でもあるから、こんなふうにチョロ……優しくはいかないんだよね。
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