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閑話 ジェイとジャス 終幕

表題の通り、再びお父様視点です。

 ラミナ伯爵領で起こった事件の後始末が一段落した後、私は再びスクノ島を訪れていた。

 ジャスと母の顛末を、父も知っておくべきだと思ったのだ。


 夕食を共にして話をしようと告げると、用意されたのは鴨料理だった。どうも父が撃ってきたものだと言う。料理こそ家人に任せているが、捌くところまでは父の仕事らしい。趣味は釣りだけかと思ったら、スクノの環境を存分に謳歌しているようだった。


 スクノへ追放されて以来、母とは険悪な状態が続いていたと言うし、精力的に島の運営に関わるジャスと話す時間を持つ事もなかったのだと聞いた。もっとも、ジャスの真意は別にあったと言う事らしいが。

 島暮らしを満喫していると言えば聞こえはいいが、父は家族である事の責任から逃げたとも言える。


 だからこそ……だろうか。

 この人が向き合わなかった事の結果を突きつけておきたかった。私もいい加減心が狭い。


「そうか……、ジャスパーはフクスィアの手で……」


 他人事のように聞き流すかもと思っていたのだが、父が絞り出した声は痛ましく歪んでいた。家族である事から顔を背けていても、情は残っていたらしい。


「ジャスパーへの想いが愛情ではなく執着だと知ってはいたが、まさか自ら息子を手に掛けるとはな……」

「魔法の暴走によって正気は残っていなかったようですが、それも見境なく憎悪を漲らせた結果です。母自身の選択と言えるでしょう」


 意識があったとしても、ジャスの死を悲しむより私やレティを恨む材料としただけだったように思える。

 正気を失うと言うなら、あの人はずっと前からそうだった。


「その結果魔物に堕ち、国を害する存在としてレティの魔法によって塵も残さず消滅しました。もっとも、生きて裁きを受けたところで、墓碑が残せる訳でもありませんが」

「飛行列車の発着場……国家機関を襲撃したなら仕方あるまい。そんな是非の判断もできないほど錯乱していた訳だ」

「レティを殺害してジャスを後釜に据えるつもりだったようですからね。それが実現すれば子爵の母になれる。貴族社会に戻れると夢想したのでしょう」

「私が、止めるべきだったのだろうな……」


 肯定の言葉は飲み込んだ。

 父親として最後の役割を求めただけで、この人を責めて憂さ晴らしをしようとここへ来たのではない。


「……ここへ来て、しばらくは言葉を交わそうとした事もあったのだ。領地が立ち直っていく様を噂で聞いた時、ハートウィグ家の令嬢との結婚で更に領地を盛り立てた時、エッケンシュタイン侯爵家を徹底的に叩いた時、ノースマークを継ぐのに相応しかったのはお前なのだと私は彼女に説いた。ここへ追いやられたのは仕方のない事だったのだと説得した」

「聞き入れられる事はなかったのですよね?」

「……ああ、そして私も疲れてしまった」


 容易に予想できる。どれほど言葉を重ねようと、母の耳へ届く事はなかっただろう。彼女はずっと前から自分の中だけの世界で生きていた。

 そして、父がそれほど熱心に言い聞かせたとも思えない。あくまで父なりに、と但し書きが付く。


「スカーレットの暗殺を目論んだ件については、全てフクスィアに背負わせたのだな?」

「はい。呪詛魔道具を用意したのは母でした。ですから、それを用いた犯罪は全て母が行ったものとしてあります。事実からそう離れてもいないでしょう」

「ジャスパーは国外へ出ていない。暗殺を依頼した事実もない。そう言う筋書きだな?」


 実際の首謀者はジャスだった。

 レティを巻き込む為に母を唆し、ラミナ伯爵家の先代当主夫妻を誘導して、レティと因縁ある人物達を集めた。ジャスの着想を実現する為に大勢を利用した。


「母へ罪を転嫁した私を、恨みますか?」

「そんな資格はないさ。裏工作も貴族の仕事だと言う事くらいは知っている。それに、お前の意向と言うだけでもないのだろう?」


 父が示す資料、人工ダンジョンに関する論文の協力者欄には、ジャスパー・ノースマークの名が連なる。


「レティが強く望んでくれました。ジャスが構築した個人で展開する大規模魔法の技術がなければ人工ダンジョンの完成はなかった、ラミナ領での大規模魔法暴走がなければダンジョン核発見もなかった、と」

「世紀の大発明を実現した大魔導士の強硬な要望には、ディーデリック陛下も折れる他なかった訳だ」

「それだけ素晴らしい研究者だった、そう言ってくれました」

「それは…………、嬉しいな」


 犯罪者、しかも国家への反逆となれば、過去まで遡ってあらゆる功績から名前を抹消される。中には禁忌として技術自体を封印した例もある。

 呪詛関連への関与は改竄したと言っても、ラミナ領の発着場強襲に関与した事実は消せない。意図しない暴発だったとしても、ジャスのせいでスケイラの一部がダンジョン化の危機に晒された事に違いはない。


 ダンジョンとともに消えたので処刑は免れた。けれど、それで罪が消える訳じゃない。首謀した事実は揉み消しても、反逆へ荷担した悪名は残る。犯罪者として記録に刻まれる。


「見方を変えれば、不穏分子を1箇所にまとめて処分する機会を作ったと言えなくもない。陛下はそう仰って、例外を許してくださいました」

「おかげでジャスパーの偉業は残る、か」

「ジャスが無能だった訳じゃない。才能が劣っていた訳じゃない。その証明は、確かに残りました。偉業を成して処刑台へ上る、ジャスが抱いていた目論見の通りです。きっと、後悔もないでしょう」


 行動を起こした時点で命を捨てていた。論文に名前が残ったくらいでは反逆者との誹りは免れないが、それでジャスの偉業が陰る訳でもない。人工ダンジョンがこれからの王国を支えていくなら、ジャスの貢献も続くのだ。


 それでもあんな結末は望んでいなかった。私の後悔は滲むけれど、きっとジャスは望んでいない。


「スカーレットにはよくよくお礼を言っておいてほしい。おかげで、ジャスの人生が無駄なものではなくなった」

「ええ、言っておきます。もっとも、レティ自身の望みでしたから、首を傾げるでしょうけれど」


 自分の為の行動が結果的に誰かを救ったとしても、それを功績だと考えないところがあの子にはある。

 お礼の言葉を重ねるより、暗殺未遂事件の賠償金を嵩増しした方が研究費は増えると喜ぶかもしれないね。


 レティへの伝言も受け取ったし、伝えるべき事は語り終えたので席を立つ。


「泊って行かないのか?」

「今回は遠慮しておきます。知らなかったかもしれませんが、忙しいのですよ? 侯爵家当主と言う立場は」

「あー……、忘れて長いからな、もう既に」


 昔のように相対しているだけで居心地が悪いと言う事もないが、2人きりでは間が持たない。ゆっくり滞在するなら日を改めたい。


「今度、ヴァンを連れてきていいですか? 腕白な子ですから、釣りや狩りに連れ出すと喜ぶと思います。私はそう言った遊楽に疎いので」


 母はどうしようもなかったと諦める他ないと思っている。

けれど、私がジャスともっと向かい合っておけば、別の未来もあったのではないか―――そんな後悔は残る。

 だから、父とも繋がりは断たないでおこうと思えた。


「ああ、連れてくるといい。領地の事で手伝えることは何もないが、孫と遊ぶ爺さんの役目くらいは果たせるだろう」

「助かります。元気過ぎるヴァンは少々私の手に余るので」

「お前は体力に不安がある以前に、遊んだ経験がないからな。私もここへ来て知った事だが、適度に息を抜く時間を作るのも大切だと思うぞ? 子供の内にメリハリをつける経験を積ませておくべきではないか?」

「私も、気晴らしに読書をする習慣ならありましたよ?」

「お前の読書は息抜きではなく義務だったろう? 哲学書や歴史書を読む時間を遊楽とは言わん」


 そう言われてしまうとぐうの音も出ない。

 確かに、身体を休める代わりに頭を酷使しようと自分を追い込んでいた記憶しか出てこなかった。


 全力で楽しんでいる娘もいる気がするが、あの子は絶妙な均衡の公私の区別を生まれもって身につけていた。公の部分にも楽しみを見出すと言うか、私的な楽しみを彼女の中だけで終わらせないと言うか、私にはとても真似できそうにない。


 レティほどでなくとも、人生を楽しむと言う点で私はまるきり父に及んでいないだろう。

 今でも仕事をしているか、読書をしているか、自分の楽しみの為に時間を使った覚えはあまりない。強いて挙げるなら、アウローラと取り留めのない話をしながら過ごすお茶の時間だろうか?


 カミンの優秀さを考えれば、爵位を譲って隠棲する未来もそう遠くないだろう。

 中には勇退後も領地での影響力を保持したままとなる貴族もいるが、私はそうなろうとは思えない。


「そうですね。自分の趣味についても、少しは考えてみます」

「ああ、それがいい。責任ある立場を退いてからの方が、案外人生は長いぞ?」


 そんなふうに言い切れる父が、少し羨ましくもあった。

 とは言え、そのまま真似ようとも思えないから、じっくり考えてみる必要がある。何が私に向いているだろう? 1人遊びも味気ないから、アウローラと一緒に楽しめる何かを一緒に考えてみようと思う。


「それでは、また……」

「ああ、待っているよ」


 島暮らしを堪能しているように見える父だが、母とジャスがいなくなって寂しいと思う事もあるのだろうか? そんな感慨を覚えながら帰途へ着いた。




「お帰りなさい。お義父様はお元気でしたか?」

「お父様、お帰りなさい!」


 屋敷へ入ると、アウローラとヴァンが迎えてくれる。何度も繰り返した日常だが、父と向き合ったせいか、掛け替えのないものに思えた。


「ただいま、父様は相変わらずだったよ。母とジャスの事で気落ちはしていたが、塞ぎ込むほどでもなさそうだ」

「それでも空いた穴と言うのは埋め難いものですから、また会いに行ってあげてください」

「うん、私もそのつもりだよ。ヴァン、君も行くかい?」

「いいの!?」


 ヴァンももうすぐ10歳になる。学院出発へ向けての勉強も忙しくなり、ヤンチャなこの子も自由な時間は減っている。同時に立場も実感できて来たのか、勉学から逃げる事も無くなった。

 偶には環境を変えてみるのもいいのかもしれない。スクノへ行くなら勉強を詰める必要がある訳で、ついでに義務を果たす為の厳しさも教えられる。


「お爺さんが釣りを嗜んでいる事は前に話したと思うが、今回は自ら狩ってきた鴨を御馳走になったよ。君も教えてもらうといいんじゃないか?」

「ホント!? 行きたい!」

「今年の夏はレティもカミンも忙しくて帰って来られないようだからね。代わりに少し遠出してみようじゃないか」

「ありがとう、お父様!」

「いいですね、きっとお義父様も喜びます。私もご一緒していいのですよね?」

「勿論。皆で行こう」


 私の家族はここにある。

 結局、私とジャスは本当の意味で家族にはなれなかった。

 けれど、家族は変わらないものと言う訳でもない。レティは独立して、カミンも王都へ行って婚約者を見つけた。ヴァンが学院へ行く日もそう遠くない。家族は移ろいゆく。

 それなら、父との関係をもう一度見つめ直してもいいのではないだろうか。家族の一員になれるかどうかは分からないけれど、まずは能動的に会いに行くところから始めたいと思う。


 本音を言うなら、父よりジャスと会う機会を作りたかった。

 もっと早くジャスに会いに行けばよかった―――その後悔を私はずっと背負い続ける。時が流れて思い出す事が少なくなったとしても、きっとこの苦みは変わらない。

 君はもういないけれど、この感慨も君との絆だと信じているよ。


 さようなら……、ジャス。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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[気になる点] みんなジャスパーと毒母消滅したと思ってるけど ダンジョンコアに残滓残ってたりしない?
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