リスタート
「何を呆けた顔をしている? 自分がどれだけの事を成し遂げたのか理解していないのか?」
陞爵の感慨が湧いてこない私へ、アドラクシア殿下が呆れた様子で言った。貴族にとって陞爵ってこれ以上ない栄誉だから、私みたいにボーッとしたリアクションは想定外だったのだと思う。
だけど、そんな訳はない。
目の前にある鉱石の山が何よりの証左だよね。
鉱石を採取する為だけに機能する階層を作ったのは、私が欲しいってのは勿論だけど、国中へ供給する目的も大きい。
ダンジョンの管轄は国にある。これは法律にしっかり明記されていて、それは人工物である試作ラマンダンジョンも例外じゃない。
鉱石配分の優先権は私にあるとしても、発掘した鉱石の所有は全て国が持つ。貴族同士の主張がぶつかって配分で揉める未来は予想できるけど、最終的には的確な分配を信じられた。
採掘量が限定的なら公平性を欠いて争いの種になったかもしれない。でも、現実として次々と湧きだしている。多くの建造物が作られ、魔道具が続々と生み出される未来が予想できた。
「其方はまず、魔導変換器を作った」
うん?
けれど殿下のお話は、何故か私の想定から明後日へ飛んだ。
今になって魔導変換器?
「魔導変換器の開発によって、魔力充填の分配があっても生じていた地方での魔力不足が解消された」
「はい。むしろ、魔物領域に近い魔素が豊富な僻地の方が効率よく魔力を生み出せますからね。逆に地方で充填した魔力を都市部へ運ぶ動きも増えました」
「そして、その魔導変換器を活用して生活領域を拡大する方法を提示してくれた」
「ええ、多くの領主が開拓へ舵を切りましたよね」
「だが、その勢いには偏りが見られる。何故だか分かるな?」
ああ、ここまで聞けば、殿下が言おうとしている内容が私にも理解できた。
「開拓の為には多くの資材が必要です。でも、それらは有限だった。十分な資産があり、必要分をすぐさま用意できる貴族と、将来へ備えて蓄えを作る貴族に分かれたのですね?」
「そうだ。飛行列車や魔法籠手、有用な魔道具の開発もその流れを後押しした。急激に利便性を向上させ、容易な戦力拡充を望めるそれらの量産に希少な金属が消費され、開拓の流れは停滞気味だった」
南ノースマークは様々な開発で得た資金力で押し通したけれど、誰もが真似できる訳じゃない。魔物素材やキミア巨樹資材で一部は代用できるとしても、金属を必要としない町なんて存在しない。各所に大型の魔道具だって配置するから、ダンジョンの特殊鉱石も必要となる。
これまでに開拓の手段は提供したけれど、それを実行に移す為のエネルギーは足りても、資源はどうしようもなく不足していた。
今回はその部分を埋める。
開拓の為の手段、エネルギー、そして資源がこれで揃った。
なるほど、総合的な評価だった訳だね。
「しかし、今回の人工ダンジョンによって、その停滞からも解き放たれた。かつてエッケンシュタインの祖が魔導変換炉の開発で魔道具の価値を飛躍的に高めたように、これからの王国は潤沢な資源のおかげで大きく発展してゆくだろう! その価値は、300年前の偉業に並ぶと言っても過言ではない!」
「……」
ロブファン・エッケンシュタインに並ぶ。
その評価には感慨深いものを感じる。
「その影響を鑑みて、陛下は其方の陞爵を決定された! 私も異論はない。其方の活躍はこれに十分見合うものだと思う」
「ありがとうございます。そのお話、謹んで拝命いたします」
爵位にこだわりはないので、一足飛びに侯爵となった初代導師と扱いが違うだなんて言わない。
そもそも、当時と今では情勢が違う。国へ占める侯爵家の比重は大きく向上している。それはノースマークやエルグランデが国へ貢献してきた成果で、侯爵より上の爵位がないからって、その影響力は300年前と同じじゃない。
長い王国史で侯爵家が5つ以上増えなかった所以がそこにある。
「これで、漸く挑戦が始められますね」
「うん?」
喜びはそれほどではないけれど、いい区切りにはなったと意気を新たにすると、アドラクシア殿下は不思議そうな顔を私へ向けた。
「其方、何を言っている?」
「……? ご存じありませんでしたか? 私は王都で大々的に宣言したのですよ? エッケンシュタイン博士の偉業を越える、と。やっと肩を並べられたと言うなら、今日から改めて挑戦のはじまりです!」
「な……!」
発明の祖と並ぶ。
爵位云々とは別に、研究者として最大級の栄誉だとは思う。だけど私はその評価で満足しない。
「頑張りましょうね、レティ!」
「何処までだってお付き合いしますわ、スカーレット様!」
「出来得る限りの支援をお約束しますよ」
「わー! ワクワクしますね」
「それだけ、それだけ遣り甲斐があると言う事でもあります。精一杯お手伝いしますね」
「そ、其方達……」
かつて約束した時と同様に限界へ立ち向かう意思を見せる皆とは対照的に、王太子殿下は愕然とした様子だった。
「まあ……、良かろう。国を発展させる為の奮励を否定できる筈もない。それ以前に、偉業を成し遂げたからと大人しくなる其方を想像していた訳でもない。これからも振り回されてやろう」
「頼もしいお言葉ですね。今回の件も調整は期待していますね」
「それが私の役割だからな。それと、報告書に沿えていた件も父からの了解を得た。今回の報償と言う訳ではないが、協力者の一覧は其方の要望通りでいいそうだ」
「……! ありがとうございます。ご寛恕、感謝いたします」
ひょっとすると、爵位よりこっちの方が嬉しいかもしれない。
前例はないけれど、これで名前を残せる。きっとお父様も喜んでくれるよね。
「やる気があるのは結構だが、少しは休め。今更学院の予定を考慮する筈はないとしても、既に夏節、2の月だ。ダンジョンの経過観察をしながら休養を取っても良いのではないか?」
「あー、いや、そうも言っていられない事情が……」
「あれ? もう2の月なんですか!?」
これからの予定を軽く説明しておこうとしたら、キャシーが驚愕で固まった。
当たり前だけど、驚くような話題は上がっていない。どうも徹夜を繰り返していたせいで、彼女だけ日付感覚が大きく狂っていたみたい。
「あたしの卒業は!?」
今更それ?
多分、この場の全員が心の中で突っ込んだ。
例年、学院の卒業式は夏節1の月、最終日に行われる。当然ながら既に終わった。
お茶会作法の実習授業の為にオーレリアが王都へ行って、そのまま卒業式に出席してから帰って来た日だったからね、ダンジョンの試作実験を行ったの。もう1週間以上が過ぎている。
ちなみにこの研究は王命によるものなので、学院の行事とどっちが大切かとか考えるまでもない。
「卒業証明書なら預かってきていますよ?」
何度かこの話もした筈なんだけどね。この反応を見る限り、他へ集中していて生返事だったのは間違いない。
本人が了解していなかったとしても、侍女のネリーさんが手続きは終えてくれている。キャシーの耳に話が届いていない事も承知してくれてたんじゃないかな。
「いいんじゃない? 式典に参加しなかったからって卒業できないって訳じゃないんだから。貴族の仲間入り、おめでとう」
「あ、ありがとうございます………じゃなくて!」
法律上の成人は16歳なんだけど、貴族は学院の卒業をもって1人前として迎えられる。
ちなみに卒業と同時に家を継いだり結婚する場合も多く、その関係で卒業式は不参加って生徒も毎年数人は存在する。その意味では、研究で式典への参加を放棄したからっておかしな噂が立つ事もない。
「これだけの研究に従事してくれた其方達だ。ついでだからこの場で私が卒業証明書を授与してやろうか、キャスリーン嬢? いや、もうウォルフ次期男爵か?」
「ああ!? すっごく恐れ多いですけど、問題はそこじゃないんです! その日の為に誂えた衣装とか、卒業の前に関係を繋いでおきたかった家とか、どうしてくれるんですか? 予定が狂ったじゃないですか!?」
卒業式でしか着られないドレスって訳じゃないんだから、少しお色直しして別の場で披露すればいいんじゃないかな?
それに家同士で交渉したいなら、ウォルフ領まで呼びつければいい。侯爵家と交渉するのでもない限り、今のキャシーとの会談を拒否する貴族なんていないと思う。なんならコキオで面会の場を設定するよ?
特段深刻な話でもないので、誰も真剣に取り合わない。
「と、とにかく一度領地へ帰ります……! 今日のところは失礼しますね」
―――ガシッ。
「あれ?」
「逃がさないよ?」
回れ右して昇降機へ駆けだそうとしたキャシーの肩を、私はしっかりと捕まえた。
「レティ様? あたし、ウォルフ領へ戻らないと……」
「大丈夫、話は通してあるから」
「へ?」
「これから、コキオ所属研究員の選別をしないといけないんだから、キャシーだけここを離れられると思う?」
「え? あれ? それって去年で終わったんじゃ……」
「希望者は多いし、去年駄目だったから内容を練り直してもう一度って人もいるし、今年の分が既に積み上がってるよ。それから、この1年の成果も精査しないとね」
「そ、それ、去年より大変なんじゃ……」
キャシーが家を継ぐから引継ぎが大変なのは知っている。
でも、1月の余裕がないほど急ぎって訳でもない。ご両親に健康上の問題があるって話でもないし、いろんな成果を掲げたキャシーが当主でいた方が他領に対して影響力が強いって理由だからね。
ネリーさんを通して、しばらくキャシーを借りるって事に了解は取ってある。キャシーの予定は強引に空けた。私に借りのある男爵夫妻が首を縦に振らない訳がないけども。
「水準を下げる気はないから、ひょっとしたらサクサク終わるかもよ?」
「……そんな事言って、全然信じてないですよね? さっき、練り直した人もいるって言ったじゃないですかぁ!?」
「今月中に終わればいいな……とは思ってるよ?」
当面5年くらいは毎年募集するつもりでいる。その後は5~10年おきの定期的な開催かな。そのくらい呼び込むキャパは用意してある。後々は大陸中からの募集もしたい。研究都市を名乗る以上、人材の勧誘で手を抜けないよね。
そして領地の予算を割く訳だから、研究の成果を厳しく評価する必要もある。
去年の時点でこの決定は伝えてあった。ここしばらく話題に上げなかったのは、理由を付けて逃げられない為だよね。その目論見はこうして成功した。
ちなみに、気配を消してこっそり退場しようとしていたオーレリアはマジックハンド魔法で捕まえてある。
「早く終わらせないと収穫祭の準備が進められないんだから、さっさとコキオに戻るよ。……そう言えば、今はお休みだからって、今年はカミンも参加してくれるって。全部に目を通す訳だから負担が減る訳じゃないけど」
「そうなのですか? レティ、急ぎましょう! カミンを待たせてはいけません」
「あ! オーレリア様が裏切った……!」
「これもスカーレット様の大切なお仕事ですからね。俺も協力させていただきます」
「今年はどんな申請が届いているのでしょうね。楽しみですわ」
「よく……、よく分かりませんけれど、大変そうならお手伝いしますよ?」
ウォズは既に覚悟を決めていて、ノーラは書類と向き合うだけで楽しみで仕方がないって顔をしている。キャシーの態度を見て多少の不安を感じているものの、去年の地獄を知らないマーシャも躊躇いはない。
この頼もしい仲間達と共に、まだまだ私は研究を続けていく。
ダンジョンの研究が突発的だったせいで魔導織の解析が中途半端で止まっているし、ダンジョンを完成させる為の技術開発も進めたい。資源が増えたおかげで手を出せる幅も増えた。私の―――私達の好奇心は止まらない。
「やれやれ、休むと言う事は知らんらしい。まだまだ激動の日々は続きそうだな。父は喜ぶだろうし、次に何が飛び出すものか、せいぜい楽しみにさせてもらおう。今日のところはこれ以上面倒事を振られる前に帰るがな……」
殿下の呟きは、もう私の耳には届かなかった。
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