落ち物ダンジョン
10層までの内装は代わり映えしないので、私達は11層へ下りた。9、10層辺りには亜竜が出現する事もあるのだけれど、わざわざ小部屋を覗きに立ち寄ろうとはしなかった。
ここまでは冒険者向けに作ったエリアで、このダンジョンの売りは11層以降となる。
とは言え、11層に昇降機から降りる場所なんて存在しない。そもそも11~18層には床を作らなかった。その階層分の縦穴が下方向へまっすぐ伸びる。
私達が見学する前で尖甲亀が壁面から生まれ、そのまま落下していった。
「…………報告書の通りではあるが、魔物が可哀そうに思えるのは私だけか?」
「殿下は感受性が豊かですね。私達が鉱石を得るための材料になっていると思えば必要な代償では?」
冒険者に倒される目的で小部屋に湧き出る10層までの魔物も、落下する為だけに生まれてくるここの魔物も、私達が利用する為に配置している点では変わらない。
初めはエッケンシュタインダンジョン同様に検知熱射砲の設置を考えていたんだけど、ふとした拍子に自由落下させるだけで十分だと気が付いた。素材の採取ができない代わりに、効率よく発生と絶命を繰り返してダンジョン鉱石を成長させる。
19層はすり鉢状になっていて、その中央ではアダマンタイト製の刃が高速で回転する。落下死を免れたとしても逃げ場はない。
「ウェスタダンジョンで確認された、ダンジョン壁を甲殻として纏った岩石竜なら生存が可能でしょうけれど、ここでは誕生する条件が揃っていません」
「何かの偶然で亜竜が進化したとしても、竜に至る事はあり得ないと言う訳か」
「ええ、亜竜と竜はまるで別種の魔物ですから」
落下するだけの構造を確認した後、昇降機は更に下った。19層は大量の死骸が転がっていて生々しいのでスキップする。興味があるなら、私のいないところで見に行ってほしい。
魔物が生死のサイクルを繰り返した成果は20層で回収できた。
「おおっ! これは……!」
「アイテール水銀、ミスリル、アダマンタイト、フロギストン、火廣金と言ったダンジョン固有鉱石は勿論、鉄や宝石まであらゆる金属が確認できています」
最下層は体育館程度のドーム状となっていて、試作ダンジョン完成から今日までの1週間、既に一面が金属で埋め尽くされている。通例だと冒険者が担いで戻れる程度なので、これだけの密集は見応えがあった。定期的に回収しないとフロアが埋まる。
結局検証実験は行われず終いだった魔物の討伐数と鉱石産出量の相関だけど、これを見れば結び付きがあるのは明らかだった。
ただし残念ながら、オリハルコンの発生は発見できていない。
ノーラの推測によると、何か不足している要素があるらしい。魔物配置の制御含めて、まだこのダンジョンは未完成だね。
それでも、今回の成果が世間へ与える衝撃は薄れない。
「これは想定以上だ、子爵。間違いなく時代が変わるぞ!」
興奮気味に叫ぶ殿下の顔は紅潮していた。
報告書を提出した時点ではこれほどの量じゃなかったので、どうしても心を強く揺さぶる。私だって日を追うごとに増加していく鉱石の山を見て、テンションが上がりっ放しだからね。
「これだけの金属が継続的に手に入るなら、王国の未来は明るいな。素晴らしい可能性を見せてもらった」
「喜んでいただけたなら何よりです。各地でダンジョン核を手に入れようと攻略が加速するでしょうし、規模の小さいダンジョンを保有する領主ほど作り替えを望むでしょう。差し当たって、核を発見済みのエーホルン子爵が再構築を希望すると思います。それを許可するのか、どのダンジョンを残して、どのダンジョンまでを新設するのか、国としての方針決定と法整備は宜しくお願いしますね」
「……まあ、そのくらいは良かろう」
規模の大きいダンジョンはオリハルコンとかまだまだ新しい発見があるとも考えられるので、全てのダンジョンを作り替えればいいって話にはならない。ダンジョンで生まれた固有種の魔物が希少な素材をもたらす可能性だってある。
あくまでも試作のダンジョンと言う事を考えれば、もっと研究を進める事で更なる発展だって望める。再構築を急ぐ事が最良の結果を呼ぶとも限らない。領主の希望と長期を見越した計画を擦り合わせる必要があった。
そのあたりの面倒事を丸投げすると、殿下は再び苦い顔に戻った。
「これだけの成果なら、王の命令を履行した褒賞を授与するのに十分だろう」
「何か貰えるのですか?」
研究資金が増えるかもって思うと、ちょっとワクワクする。
「ノースマーク子爵、其方はこの度の功績をもって陞爵となる。今のところ内々ではあるが、父による正式な決定だ。世間へ周知する場は改めて設けるから、そのつもりでいるといい」
「へ?」
突然の宣告に、間の抜けた反応しか返せなかった。爵位が上がるとか、まるで想定していない。
「おめでとう、レティ」
「レティ様、凄いです!」
「本当に、本当におめでとうございます」
「スカーレット様、わたくしも嬉しいですわ」
「心よりお祝い申し上げます!」
「あ……、うん。ありがと?」
皆が口々にお祝いの言葉をくれるけれど、どうしてって不可解さが私の中で強くて上手く対応できない。おかげで嬉しいって感情も湧いてこなかった。
この世界に転生して15年、爵位の重さは実感してる。
だからこそ、こうも簡単に上がった事実が信じられない。いつかこんな機会に恵まれるとしても、それはもっと研究成果を積み重ねた先の話だと思っていた。
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