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ダンジョンガイド

 その日、王族専用の飛行列車であるソールが南ノースマーク上空を旋回していた。王族の色である金の意匠を散りばめた黒い車体は人目を引く。公務で飛ぶ際でも王都と各領主のお屋敷をまっすぐ移動するのが基本なので、それ以外の場所を通過すると普通は関心を集める。

 停止した場所が何もなくなった筈の山中となれば、尚更だったと思う。


 ただ、甚だ不本意ではあるのだけれど、突然領都に巨大な樹を生やしたり、構築の魔法陣で手早く街並みを作ったり、雲の上で収穫祭を行ったりした帰結なのか、南ノースマークでは私が関係していると察せられた時点で度量が大きくなる傾向があるらしい。

 そのせいで頭上をソールが走っても、領民達はさして気に留めていなかった。

 もっと以前からウェルキンが停泊してコントレイルが引っ切り無しに行き来してたものだから、また私が何か仕出かしたのだろうと覚悟は決まっていたのかもしれない。むしろ次は何だろうと面白がっている様子さえ感じられた。王族列車くらいでは驚かすのに足りない。


 だからと言って、王族の迎えを疎かにはできない。


 この日の私達は十分に休養を取り、身なりを整えて人工ダンジョンの前に整列する。久しぶりにひなびた様相から持ち直した。


「出迎えご苦労。こんな場所だ、楽にしてくれていい」


 一方で、飛行列車を降りたアドラクシア殿下は疲れた顔をしていた。

 私達が研究にのめり込んでいる間ラミナ領の後始末に追われ、漸く終わって帰郷してみれば人工ダンジョン視察の予定が組まれていたのだと思う。

 楽に……って言葉は当人の心労を減らす為だったのかもしれない。


「研究報告書は読ませてもらった。今更ここで言葉を重ねるより、実物を見せてもらった方が瞭然であろう。早速案内してもらえるか?」


 先立って送った報告書が疲労の一端とも考えられる。かなりの分量になったので、読むだけで負担となる。あれでも専門用語は随分噛み砕いたんだけど。


「はい、勿論です。潜行昇降機へご搭乗ください」


 私達の後ろには1軒の家屋が建っている。

 昇降機を剥き出しで置いておくのも見栄えが悪いので外殻を作った。2階は簡易宿泊所となっていて、ダンジョン管理の為の冒険者を常駐させられる。当面は金剛十字からの派遣かな。


 階層間の移動は全て昇降機で行う。階段なんて魔物でも行き来できるものは配置していない。

 新造ダンジョンの階層は20層。

 私が魔力を注いで拡張を行わない限り、深度はダンジョン核のポテンシャルに依存する。


「おおっ! 聞き知っているダンジョンとまるで趣が異なるのだな」


 王族がダンジョンみたいな危険な場所へ立ち入ることはない。アドラクシア殿下は疲れを一時忘れて興奮気味の感嘆を上げた。

 階層を1つ下った先には長い廊下が伸びている。壁と天井には飾り掘りを施してあるものの、柱のような魔物が隠れられるような障害物はない。床には赤い絨毯が敷いてあり、両側の壁にはいくつもの扉が等間隔で並ぶ。


「あの扉の先はどうなっている?」

「それぞれが小部屋となっています。扉に取り付けてある小窓から内部を覗いて状況を確認して装備を整え、冒険者は廊下側の鍵を開けて踏み込めるようになっています。魔物が湧き出るのは小部屋の中だけです」

「ほう、よくできているものだな」


 鍵は閂を差し込むだけの簡単な代物だけど、鍵も扉もダンジョン構造物なので、脆そうに見えても壊せない。それでも、一応の備えとして廊下の遮蔽物は撤廃した。


 廊下に魔物は出現しないと聞いて、初めてのダンジョンで殿下に万が一の事態あってはいけないと厳戒態勢だった近衛の気が緩んだ。

 そうでなくても戦士国のおばちゃんから新人の研修に使える場所が欲しいって要請があったので、1~3階層には牙鼠や具足蛭と言った低級の魔物しか出現しない。


「長い期間放置したせいで魔物の数が増え過ぎていたなら、扉を少しだけ開けて一方的に銃撃する事も可能です。また、共食いを繰り返して魔力を結集させた魔物が上位種へ進化していた場合、ギルドへ報告すれば脅威度に見合った冒険者を向かわせてもらえる約束となっています」

「そのあたりは一般の討伐依頼に近いな。魔物が移動しない分、探し回らなくて済む」

「はい、新しいダンジョンが冒険者の仕事を奪うものであってはいけないと思っていますから」

「ああ、頼もしい。ところで、絨毯にはどんな意味がある?」

「ただの絨毯ですよ。このダンジョンは第1層から10層までが同じ構造になっていますから、色で判別できるようにしてあります」

「そうか。其方を象徴する赤で彩っている訳ではないのだな」


 そんな意味不明の自己顕示欲、発揮しないよ。

 同じく、緋のダンジョンを作りましょうってウォズの意見も却下した。赤い服を好んで着るからって、緋色を象徴色として認めた覚えはない。

 ちなみに絨毯はダンジョン構築物に組み込んでいないので、粗雑に扱った場合は当然破れる。廊下で激しい運動は想定していない為、冒険者が破ったのなら請求書がギルドへ行く。


「うーん、10層までが同じ構造となると、あまり見るところはないな。報告書によると、魔物の配置は3通りほどしかないのだったな?」

「はい。この規模のダンジョンですと、現状ではその程度が技術の限界でした。1~3の上層、4~13の中層、14~20の下層と言った割り振りです。その境はかなり曖昧で、魔物が混じる中層は広めに設定してあります」


 不本意ではあるものの、各層ごとに細かく異なる魔物を配置するような制御はできなかった。

 魔物を生み出す機構はダンジョン核の既存能力に頼っていて、そこへ介入するにはダンジョン全体の余剰魔力量を把握して、どこの階層の魔物が空いてるか、どの魔物を生み出すのが効率的かを判断する……と言った細やかな対応が必要となる。

 誰か管理者を置ければ楽なのだけれど、その思考をダンジョンへ組み込む必要がある。当然、手動で行う訳にもいかなかった。


 前世のようにコンピューター制御にできればと思うものの、まだその技術へは辿り着いていない。残念ながら、今回は諦めざるを得なかった。ダンジョンでいろんな魔物の討伐を可能にしたいなら、今後の大きな課題となる。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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[一言] レティは、称号「初級ダンジョンマスター」を手に入れた。
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