没頭の日々 拘泥編
宣言通り、ウォズは大量の亜竜素材を集めてきてくれた。
素材の質としては竜の方が優れているのだけれど、亜竜の方が多様性に富んでいる。今回のような微細な調整には亜竜が向いているように思えた。
肉食竜、草食竜、翼竜と、豊かな種類に頬が緩む。上位冒険者パーティーであっても遭遇すれば全滅を覚悟する凶悪な魔物が、ここまで揃っている機会なんてなかなかない。一部はウォズが買い集めたとしても、多くは金剛十字の成果となる。
こんな討伐が短期間で可能になるなんて時代も変わったものだよねって感心していたら、変えた本人が何を言っているんです? とオーレリアに呆れられた。私は武器を作っただけで、それを活用する戦略を生み出したサンさん達の成果だと思うんだけどね。
それはそれとして、素材が手に入ったなら早速試作を組み上げる。
複数個体の心臓を媒介にして、巨大種の骨格で外枠を構築する。魔力も亜竜の魔石から抽出した。
瞬間、脈動するようにダンジョン核が一度だけ揺れた。
「スカーレット様!」
「うん、間違いないね」
ノーラと私が魔力の引き込みを視認して、成功を確信する。ダンジョン核を中心に空間が歪み、覚えのある力場が周囲を支配した。
「とは言え、今回はここまでかな」
私はマジックハンド魔法でダンジョン核を掴み、アイテムボックス魔法の中へ収納した。空間を隔絶して魔力的な繋がりが切られた事で、媒介として作用していた亜竜種素材の変質も停止する。
「あー、短時間でもほとんど原形を留めていませんね。再利用するって訳にはいかなさそうです」
「あれだけ苦労して組み上げて、使い捨てですか。属性値を測定しながら配置を計算したマーシャと調整するノーラの負担が大きいですね」
「あたし、マーシャの代わりは無理ですよ」
「そこは私が手伝うよ。……そうは言ってもノーラの代わりは誰にも務まらないから、試作回数を減らす方向で調整しようか」
「……ありがとうございます。助かりますわ」
ダンジョン核を起動させただけでも大きな進展ではある。でも、それを喜ぶより次へ進む好奇心の方が先立っていた。
魔物素材かダンジョン鉱石が効率的に採取できるようにならなければ、本当の意味で成功とは言えない。
「あのまま放っておいても小規模なダンジョンが無秩序に発生しただけだよね。制御って言うには遠いかな」
「できるなら、できるなら迷宮構造への干渉か、出現する魔物の選別くらいは行いたいですね」
「魔物の選別は難しくないと思いますわ。発生した力場の範囲内に存在する魔石の肉体を、ほとんど自動的に再構築するのではないでしょうか?」
「可能性は高そうだね。ダンジョンが人間や動物を生み出した例はない。魔石で判別していると考えていいと思う」
『ダンジョンで魔物を発生させる為に魔石が必要だと言うなら、希望の種族を指定していただければすぐにでも集めますよ?』
「うん。後で一覧を作るね」
「できれば、希少な魔物が沢山湧き出るダンジョンが良いですよね、レティ」
ダンジョン発生後の大規模魔法後を観察した後は、ウェルキンへ戻って議論を重ねる。好みの魔物討伐場が作れるかもしれないとあって、オーレリアもワクワクしている様子だった。
「でもレティ様。ダンジョンの深層って強力な魔物が生息していますよね? あんなのが地上で徘徊していたとは考え辛いんですけど……」
「ワーフェル山の地下には竜種の骨が眠っていた訳だから、絶対にないとは言い切れないんじゃない?」
ただ、あの山は魔物領域のかなり奥深くにあった。近くには亜竜種の群れも生息していたし、全てのダンジョンがあんな環境にあるって訳でもない。
岩石竜のいたウェスタダンジョンは人間の生活圏寄りにある。更に深層を探索した際には、他の魔物にしても強力な個体が多かった。明らかにダンジョン外の生態とは異なる。その意味では、キャシーの指摘が的外れとは言えない。
「ダンジョンの中で進化したのではないですか? 魔物はより多くの魔力を取り入れようとする性質を持つのですよね? 深層で淘汰が繰り返されていたなら、長い時間をかけて特殊な生態系が生まれたと考えられませんか?」
「そっか、探索隊が深層へ辿り着いたのはごく最近で、それまでの数百年、もしかすると千年を越える時間が今のダンジョンを形作っていた訳だからね」
「つまり、つまりどれだけ魔物の種類を制限しても、特異的な個体は発生し得ると言う事でしょうか?」
「そこは管理方法次第じゃない? 定期的にダンジョンを作り直すとか、階層を跨いで魔物を行き来出来なくするとか、いくつか方法は思い付くかな」
「行き来出来なくする? レティ様、どういう意味です?」
「そんなに難しい事は言ってないよ。ダンジョンの構造を任意に設計できればの話になるけど、階層を跨ぐ階段や通路を作らなければいい」
「あ!!!」
折角潜行エレベーターが設置できるんだから、最初からその前提でデザインすれば楽だよね。外へ溢れ出てくる危険も未然に防げる。
「それから、ダンジョン構造の制御についてなんだけど、構築の魔法陣って応用できないかな?」
「え? まさか、レティ。道筋の構成だけでなく、細かい意匠まで設計するつもりですか?」
この世界のダンジョンと言えば、複雑に構成された洞窟を指す。魔物が蔓延る暗くておどろおどろしいイメージが付きまとう。けれど、私としては景観にもこだわりたい。
魔物が蠢く場所なのは変わらないとしても、各所に水が流れて心が洗われる回廊があっていい。燃え滾るマグマの上に架かった橋があっていい。まっすぐな廊下が伸びる白亜の階層があっていい。折角の人工ダンジョンなんだから、眺望にも制作者の個性を反映させたい。
「確かに……、確かに属性を調整すれば、水や炎も組み込めますね」
「そうそう。魔物を生み出すのに比べれば僅かな魔力消費だしね」
『人を呼び込む商人としての視点から考えても助かります。冒険者が血生臭い生業だとしても、薄暗い気の滅入る洞窟で討伐するより景観の美しい場所を喜ぶでしょう。階層ごとに景観が違っていれば、探索する楽しみも増えると思います』
「階層全体を魔物素材の自動回収装置にするのも良いかもしれませんわ。冒険者は完全に立ち入れない場所として、岩壁の取っ掛かりなども無くして全体を急勾配の坂道にすれば、魔物を1カ所に集められるのではありませんの?」
いいね、いいね。
なるべく強力な魔物を配置できれば、ダンジョン鉱石の膨張も早いよ。
「そんな訳だからウォズ、コキオからキミア資材を運んでもらえる? あ~、運ぶだけならカーレルさんに頼んだ方がいいのかな?」
「気を遣って、気を遣っていただかなくても大丈夫です。急な依頼の為に予定を調整するより、ストラタス商会に頼んだ方が早いと思います。今後、定期的な運送が予想できるなら、改めて検討をお願いしますね」
「分かった。じゃ、ウォズ、お願い」
『はい。丁度、追加の亜竜種素材を運んで来る列車がありますから、コキオへ立ち寄るように連絡しておきますね』
「うん…………と言うか、ウォズ。どうして通信で会議に参加しているの?」
今回は別に、出先から通信してるって訳じゃない。
さっきまで一緒に大規模魔法の媒介を設置していたし、ウェルキン内にある彼の執務室と通信が繋がっている事も知っている。
え、避けられてる?
『あ、いや……、俺はそちらに混じらない方がいいと思ったもので、その……』
何、それ?
しどろもどろのウォズが怪しい。明らかに何か言い淀んでいるよね。
……なんて疑っていたら、その答えはオーレリアがくれた。かなり呆れ気味に。
「レティ。ウォズは貴女に気を遣ってくれたのですよ」
「私に?」
「はぁ~~~……、服がその状態の貴女が、ウォズと会うつもりですか?」
「…………服?」
……。
………?
おおぅ……!
外が暑いのと、動きやすい恰好をしたいのもあって、私は薄手のシャツで作業していた。研究に追われて身嗜みに無頓着だったのもある。
そして今は夏。忙しくしていたならすぐに汗を掻く。大陸南方に位置するノースマークの夏は暑い。
結果、シャツはすっかり透けていた。
おまけにフランがいないのもあって、下着はかなり適当だった。
見られると完全にアウトな奴だね、これ。
もっともフランがいたなら、下着を透けさせるような隙は作らせてもらえなかっただろうけど。
「えー……と、気を遣ってもらってありがとね?」
『いえ、俺の方こそ失礼しました』
あ、うん。
これに気が付いたって事は、少しは見たって事だもんね。その程度は私が無防備だったのだから責められない。むしろ、女性への憧憬を壊してしまったかもしれない。ごめんね。
魔力波通信機で送れるのは音声だけで、映像は届かない。
今の醜態を見せたい訳じゃないけど、きっと耳まで真っ赤になっているウォズを見られないのは少し惜しい気もした。
男の子の矜持的には、知られなくて良かったのかな?
それより、今日はまだまだ忙しい。
ウォズが巨樹資材の取り寄せを手配してくれている間に、シャワーを浴びてすっきりしてこよう。あんまり格好悪いところばかり見せられないからね。
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