没頭の日々 初期編
人工ダンジョンの実験地は山間に設定した。通うのが大変だからって、人里の近くには置けない。
将来的に冒険者を誘致するのだとしても、森を切り拓いて飛行列車の発着場を作ればいい。
かつてラマンという村があった場所にあたる。
村は盗賊に偽装した襲撃事件で壊滅した。生き残ったのは少年が1人だけ、再建する労力は割けずに放置してあった。犠牲者の弔いは済ませてあるけどね。
周辺に人家がなくて魔物の勢力圏からは外れる、そして最低限陸路で出入りできる経路も存在しており、私達が求める実験地の条件に合致していた。
ガノーア元子爵の暴挙のせいで都合のいい場所が空いていた事実を皮肉に思ったものの、このまま跡地を放置するよりはいいだろうとわだかまりは呑み込んだ。
もっとも、お屋敷から通っていたのは本当に最初だけの話で、空中に停泊させたウェルキンへ生活の場を移したので私でないと判断できない仕事以外はコキオへ戻る事も無くなった。
王都で授業も多いオーレリアや稼働状態の確認の為にエーホルンダンジョンを行き来するノーラも似た状況で、森を開拓する手間を省いてコントレイルへは飛行ボードで移動している。とにかく素材が沢山いるので、サンさん達専属冒険者やウォズも頻繁に出入りして、場所の割には賑やかな環境となった。
「計算上は…、計算上はこれで起動すると思ったのですけれど、何が足りなかったのでしょう?」
「14番媒介のところで属性が反転していませんわ。原因は分かりませんが、もう一度設計から見直しましょう」
「素材の相性が良くないんじゃないですか? 親和性を高めるために魔漿液へ浸しておいた方がいいと思います」
こんな失敗は珍しくなかった。
何とかできそうな気がしただけで、実行に移すには大きな壁が私達の前にそびえたっている。
だからって、投げ出す気は毛頭ない。
「もう少し風属性強度の高い素材ってないかな? このままだと岩蛙との反発に耐えられそうにないんだよね」
「そうですね……清風蝙蝠なんてどうでしょう? 翼は強力な風属性魔力を含有していますよ」
「それより、岬竹がいいのではありませんか? 強風に晒されてかなりの風属性魔力を蓄えています」
「岬竹って海沿いの強風地域に生えるトレントの亜種だっけ? それ、良さそうだね」
「けれどウォズ、希少種ですから入手が難しいのではないですか?」
「大丈夫です。帝国で採取したと言う話を3日前に得たところですから、すぐにこちらへ運ばせます」
ウォズは15台のコントレイルを大陸中に走らせて通信で情報を共有している。今回の為に7台のコントレイルを新設した。十分に活躍しているし、最終的には国へ経費申請するからストラタス商会の懐は痛まない。
「あれ? フラスラの実ってどこ置いたっけ?」
「さっき削って粉末にしていませんでしたか?」
「うん、その後余った分があった筈なんだけど……?」
こうして私が忙しくしている分、領主代行としてフランが私から離れる時間が増えてきた。そのせいでこうした手間が少し増えた。やる気は漲っているのに、作業効率は低下しているかもしれないね。
とにかくダンジョン核を起動させないと話にならない。
その為に必要なのはノーラが見た通りのラミナ領での状況を再現する事。とは言え、私への恨みを利用した効力収束なんて真似できない。
大まかな方法をみんなで議論して、ある程度の形となったなら設計、試作に挑む。
スクノで見つかった叔父様の研究資料は覚えるくらいに読み込んだ。けれど大規模魔法の技術はダンジョンへ応用する為に生み出したものではない上、そこへ組み込む魔導織は試験運用の域を出ていなかった。
どちらも未完成な技術を組み合わせて奇跡を再現しようって言うんだから壁は果てしなく高い。
それでも、失敗を繰り返す事で見えてくる法則性もある。
「素材は複数の魔物を組み合わせるより、同一個体か、同一種で揃えた方がいいみたいだね」
「でもレティ、肝心のダンジョン核が何から変質したのか分かりませんよ?」
「これまでの、これまでの傾向からすると爬虫類系の魔物と親和性が高いです。竜、或いは亜竜が元となったものではないでしょうか?」
「そうなると、討伐は冒険者には荷が重いよね。私達が素材採取に行った方が早いのかな?」
「いえ、スカーレット様は実験に集中してください。強化型の魔法籠手のおかげで討伐できる魔物も増えています。ここは俺と冒険者組に任せてもらえますか?」
「そう? じゃ、お願いね」
素材が足りないなら仕方ないけど、採取に時間を浪費したい訳じゃない。素材を待っている間に試しておきたい組み合わせもある。
「それでは、それでは今日のところは失礼しますね」
1日の状況を擦り合わせて、次の方針を決めるとマーシャは帰り支度を始める。双子が待つ彼女だけは常駐できない。
「あれ? マーシャってさっきも帰りませんでしたか?」
「うん、それは昨日の記憶だね」
「キャシー、きちんと寝た方がいいですよ」
寝ていないせいで記憶に区切りができていないらしい。魔導織の為の素材選別を任せている彼女には仕事がひと段落するタイミングが訪れない。
「寝てないのはノーラの方が……って、ノーラは何処です?」
「ノーラならいつの間にか眠っていたから寝室へ運んだよ」
「あー……、彼女の負担、大きいですもんね」
ソファで丸くなっている彼女は可愛いけれど、私が愛でるより休ませる方を優先しないといけない。
ノーラ無しにはこの研究自体が成り立たない。その上魔導織の起動状況確認や展開した大規模魔法とダンジョン核の繋がりを見極めるなど、作業量自体が多い。
魔法を常時稼働させ続けている状態でもあるので、こうして忽然と眠ってしまう場合も増えた。
「レティも今日はきちんと寝てくださいね。貴女の不摂生をノーラが見習い始めたら、あの子、倒れますよ?」
「あ、うん、そんな事になったら大変だから気を付ける……。でも、今日はまだ早いから、もう少しだけ、ね。無属性素材で対極属性の反発を抑え込む方法を確立しておきたいんだよ」
ダンジョン核の起動には直接関係ないけれど、その後に力場を制御する段階ではきっと必要になる。
端役ではあっても、こうした基礎研究も進めておきたい。
「そう言って、昨日もお風呂で寝落ちしていませんでしたか?」
「う……、い、いや、今日は大丈夫。ホントに少しだけ、キリのいいところで切り上げるから。ほら、少なくとも日付が変わる前には必ず……」
「それ、譲歩しているようでその気は全くないヤツですよね?」
研究にのめり込んでいないオーレリアは皆の健康管理みたいな役を買って出ている。彼女は力尽くって最終手段を備えてるからね。
彼女の言う通りではあるものの、あまり上手くいっていないこの状況では気ばかりが急いてしまう。常に頭と体を動かしていないと不安に押し潰されそうになる。
前途は多難そうです……。
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