大義名分が欲しいから
悪魔の心臓を封印する他なかったのは教義上の都合だった。
魔物が時折溢れるダンジョンへの忌避感は過去のもの。魔物素材を生活へ利用する動きは昔からあったから、有用な鉱石を採取しつつ魔物の分布状況を管理する方法を長年模索し続けてきた。
既にダンジョンは生活を支えるために必須のもので、その活用を放棄する選択肢は存在しない。ダンジョンが敵性存在による侵略の手段だったとしても、今更文明の発展からは切り離せない。
ダンジョン核と悪魔の心臓が同じものだと判明して、なかった事にしようって意見は私達の誰からも出なかった。
むしろ、乗り越える事を選ぶ。
とは言え、いきなり公表するには衝撃が大き過ぎる。いち下級貴族が下せる決断の範疇を越えている。
そこで私達はまず、国王陛下宛に内密の文書を提出した。国内外への影響が大きい為、今後の方針を話し合っておきたいと希望を添えた。
結果、会談は即日実現した。
「ノースマーク子爵、これは本当か!?」
ディーデリック陛下が開口一番、興奮気味で文書の真偽を確認する。その目は期待で爛々と輝いていた。どれだけの予定を放り投げて対談を設定したのか、考えるのが少し怖い。
うん、知ってた。この人があの情報を知って、黙って待てる筈もないよね。
そればかりか、大議堂に集まった誰もが詳細な説明を心待ちにしている。参加者の選別を陛下に任せたところ、唐突な割り込みにも関わらず宰相は勿論、多忙な筈のほとんどの大臣が揃っていた。テロ事件の直後でなかったなら、エルグランデ侯とかお父様とかいたかもね。
「紛れもなく事実です。エーホルンダンジョンにて、稼働中の悪魔の心臓を確認しました。出所不明だったあの異物が、これまで未確認だったダンジョン核で間違いありません」
「「「おおっ!」」」
他国に先んじてこの事実を知れただけで、今後のダンジョン研究において大きく優位な立場を得られる。会談の参加者全員がどよめいた。
映写晶の記録を披露したので、今更疑いの声は上がらない。それ以前に期待が大きかったからこそ、これだけの要人が急な予定変更を受け入れて集まってくれた。
ちなみに、エーホルンダンジョンの核はそのままにしてある。
あれをどうこうする権限は私にないし、国の方針が決まらないと領主も判断を下せない。それ以前にダンジョン核の扱いを領主に委ねられるかどうかも分からなかった。
その為、詳細の説明も抜きに立ち入りの禁止だけ継続してもらっている。無茶を押し付けている自覚はあったので、お父様の名前を借りて強行した。こうして国王陛下の裁可を仰いでいる以上、国家プロジェクトなのは違いないので許してほしい。
「何かの偶然でダンジョン壁を壊した先に核があったのか、過去には核が露出したダンジョンもあったのか、当時の事情は分かりません。けれど、制御不能の異物として管理を教国へ委ねたのでしょう」
「ふむ。いつの時点の発見かは分からぬが、持て余したのは間違いないのだろう。我が国にも記録が残っていない以上、当時の王は隠蔽に同意したのだろうな」
「ナイトロン戦士国の報告を確認した限り、その判断は止むを得ないものだったと思います」
陛下の納得に、宰相も苦い表情で追従した。それでも機密文書くらいは残していてほしかったと思っているのかもしれない。ダンジョンの制御を夢見てきた歴史を考えれば、その気持ちは理解できてしまう。
とは言え、私達も一度は扱いに困った経緯がある。過去の技術力、そして当時の神殿の影響力を鑑みるなら尚更その決定は責められない。何しろ失敗で生み出されるのはゼルト粘体以上の化け物、歴史に刻まれる魔王種のいくつかは悪魔の心臓の暴走によって生まれた可能性まである。
「すぐにエーホルンダンジョンへ調査団を!」
「誰を担当させる? ダンジョン関連となれば第10塔か?」
「いくつかの業務を止めてでも、魔塔からできる限りの人員を派遣するべきです!」
「神殿へ話を通しておく必要があるのでは?」
「それよりダンジョン核の返還を求めるべきでしょう!」
「いっそ、浅層ダンジョンの核を全て確保しておきたいですな」
喧々囂々、様々な意見が飛び交う。
このまとまりのなさは、同時に会議参加者の期待の現われでもあった。ダンジョンの完全制御、人工ダンジョンの構築、それらの理想が叶うなら国の未来が大きく開ける。たとえ夢物語だったとしても、思い描かなかった為政者なんていないと思う。
ただ、私の本題はその段階にない。
「私の領地で、人工ダンジョンを試作する許可をいただけませんか?」
要望を率直に伝えると、再び大議堂が静まり返った。
理想を語っていても、実現するのはまだ先だと思っていたんだろうね。でも私は……私達は違う。
「…………できるのか?」
「見込みはあると思っています」
虚属性、魔導織、ノーラの解析力、そしてジャスパー叔父様が改良した大規模魔法、それらを組み合わせれば、おそらく可能性を繋げられる。いきなり完全な複製は無理でも、雛形くらいなら作り上げられる。
事実、偶然が重なってダンジョンが発生した現場には立ち会った。
研究に必要な悪魔の心臓は既に確保してある。
戦士国で回収した異物は残念ながら神殿へ提出してしまった。けれど、ヴィーリンで奇跡的に購入したものが宝物庫に眠っている。
無駄な買い物をしたと後悔したあれが、ここで生きてくるなんて思わなかった。ダンジョン核だったと判明した今、あの日の散財は破格だったと分かる。買い叩いたと言っていい。
「その為にまず、神殿に対する懸念点を払拭していただきたいと思っています」
「教国という枠組みには既にない。魔物に対する教義も有名無実と言っていい。今更王国の方針を否定できるものではないが?」
「それでも、教義を否定する姿勢を見せるべきではありません。多くの民の信心は神殿へ向いています。その敬虔さの否定は王国に対するわだかまりを後世へ残すでしょう」
不幸だと思うなら奇跡を願う。国へ期待できない部分は神様を頼る。
生活する上でそのくらいの依存は自然な流れで、国民からそんな拠り所は奪えない。
「神殿側から周知してもらいましょう。かつては封印する他なかった悪魔の心臓を、現代の技術力で制御するのだと」
「魔道具が流通しているから今更ではあるが、魔物やダンジョン素材の利用を公式な見解として認めさせるのだな?」
簡単な話ではないと思う。前世の例にはなるけれど、地動説を提唱して当時の教義を否定したガリレオ・ガリレイは異端審問裁判において有罪判決を受けた。その後、天文分野が大きく発展し、人類が宇宙へと飛び出し、月へ到達、人工衛星の利用が世界に浸透しても尚、裁定は覆らなかった。裁判の結果が誤りであったと謝罪して地動説を認めたのはガリレオの死後、350年も経っての事になる。
この逸話については、彼の天文学の父が急進的過ぎたと言うのもあったと思うけど。
ともかく、そのくらい教義と言うのは動かし辛い。ガリレオの件にしても、裁決見直しが始まってから40年近い時間を必要としている。
私的にも、神殿と王国が長年に渡って対立し続けるような構造は作ってほしくない。
「幸い、ヴァラッハ代行はこちらの事情を汲んでくれる人物です。後世へ遺恨を残さない為の会談を設定するべきでしょう」
「今なら神殿立て直しの一環として転嫁できるか……」
現状、教皇の席次は空位となっていて、派閥の中心に居たオットー・ヴァラッハ元司教がその代行を務めている。今なら教義の解釈へ時代に沿った修正を加えてこなかったのも、教国腐敗が原因だと擦り付けられる。
世間に受け入れられやすい神殿改革の為なら協力は得られると思う。
「ヴァラッハ代行とノースマーク子爵は知己であったな。ならば都合がいい……いや、其方には研究を進めてもらわねばならんか」
うん。
その手の面倒事を回避する為にも、私はここにいる。持ってこないでね。
「ノイアに頼むとしようか。役職的にも丁度良かろう」
「ええ、長官が相応しいかと」
教国の解体への関与以降、アノイアス様は典礼庁って部署を取り仕切る立場にいる。国の主導で行う儀式や礼拝の歴史背景をまとめて、未来へ残すのに適切かどうかを判断する。神殿と国との距離を見極める為でもある。
元王族に役職がないのも外聞が悪いので、教国での活躍は恰好の建前となった。
なお、アドラクシア殿下はラミナ領から帰ってきていない。歴史ある領地を国の直轄化へ組み込もうって言うんだから、2日やそこらで戻れる筈もないよね。
「しかし、そうして世間に浸透させる以上、安全である事が前提になるぞ?」
「承知しています。だからこその私です」
「うん?」
「ゼルト粘体のような魔物災害、或いは魔王種を誕生させてしまうような事態に陥ったとしても、私なら即時対処が可能です。陛下の民を、私の領民を傷つけるような場面は絶対に引き起こしません」
既にキミア巨樹が鎮座している訳で、これ以上魔王種を生み出したりしたら、私の領地が魔王領域とか呼ばれそうだけど。
そしてそこへ君臨する私……うん、そんな未来は望んでない。
この宣言は随分強烈だったみたいで、それでも魔塔に任せようって反対意見は出なかった。エーホルンダンジョン核の調査とか、別の検証については進めておいてほしいところではある。
「分かった。ダンジョン核の実態を解明したのだから最後まで研究したいだとか、余計な仕事で振り回されたくないだとか、後顧の憂いを断って研究に専念できる環境を作りたいだとか、私的な理由が隠れている気もするが……」
う゛、バレてる。
「まあ、良かろう。その思惑に乗っておく。こっそり研究を進めなかっただけ、まだ良識は残っているようだからな」
「…………」
「スカーレット・ノースマーク子爵、其方へ命じる。全てに優先してダンジョンの秘密を解き明かす為の研究を進めよ。可能ならば、人工的なダンジョンの成功を期待する」
「はっ! 勅命、承りました。必ずや陛下のご期待に応える為、励ませていただきます」
つまり、全ての面倒事を放り投げて研究漬けになっていいって事だよね。専心しろって命令でもある。横槍が入ったとしても、陛下の名前で遠ざけられる。
何それ、最高じゃない?
今だけは貴族の義務も後に回して研究に没頭できる。
日がな一日不思議物体と戯れていられる。
協力はいくらだって仰げるし、国の予算も回してもらえる。
ほとんど極楽だよね。
このまま走って帰っていい? あー、……そのくらいは自重しようか。
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