ダンジョン核の正体
ノースマークの実家で一泊して、翌日の朝にはエーホルン子爵領へ向かった。
カミンやヴァンと過ごせる時間は貴重なのに、お父様ばかりかお母様からまでよく分からないお説教をいただいて、辟易しながら早々の出発となった。
「レティが悪いです」
こんな調子でオーレリアも取り付く島がない。
反応が冷たい原因の一端には、出発を急いだせいでカミンとゆっくりできなかったのも加わっていると思われる。最近、彼女がカミンとの時間を確保できていなかったのは、ダンジョンに籠もっていたからじゃない? ……なんて指摘できる空気はなかった。
私が叱られている間、テラスでカミンと星を眺めていた筈なのにね。
エーホルンダンジョンの探索許可自体はあっさり下りた。前日にウォズがおおよその要請を済ませてくれていたのが大きい。私は正式に契約を交わすだけで済んだ。
以前に打診した採取鉱石の産出量調査より踏み込んで、ダンジョンの成り立ちについて調べる事。その間の立ち入りを全面的に禁じる事。もしかするとダンジョンが崩壊してしまう可能性まである事。もしもの場合の補償を十分に提示する事でリスクも呑み込んでもらう。
上手くいった場合の見返りをウォズが魅力的に説いてくれたのも順調に運んだ一因だった。
「事件については衝撃でしたけど、そのおかげでダンジョン研究について進展するなんて吃驚ですね」
「ダンジョン核が、ダンジョン核そのものが自発的に潜行する。どうりで最下層を捜索しても見つからなかった訳です」
こんな機会は逃せないと、キャシーとマーシャも合流していた。私としても、ここで内密にダンジョンへ潜る不義理は犯せない。双子ちゃん達は旦那さんが見てくれている。
目的地はエーホルンダンジョンの最下層。
中規模ダンジョンで23層もあるから散策と言うにはスケールが大きい。ちょっと大掛かりな探索になるから、金剛十字も呼んである。グリットさん達も合流してくれたけど、護衛特化に転向した彼らの装備はダンジョン探索に足りていない。
エーホルンダンジョンは隅々まで探索し尽くしてあるので、詳細な地図や採掘物の情報も揃っている。余計な寄り道は最低限に、なるべく最短ルートを進んだ。
ただし探索を許可してくれた子爵へのお礼として、潜行昇降機の設置場所候補については地図へ書き込んでおく。
「ところで、ラミナ領では大量の異形を蹴散らしたそうですけど、鉱石は発生しなかったんですか?」
「それを確認している余裕がなかったのもありましたけど、私は見ていませんね。レティはどうです?」
「私も見ていないかな。広いお屋敷のどこかにはあったのかもね」
「もしかすると、地下だったかもしれません。ダンジョンの核となったスカーレット様の叔父様が地中へ消えた後、その場所を起点に地下空間が形成されていました。半日にも満たない時間ではそれほど大きな空洞にまで至っていませんでしたが、初めは敷地内の何処かしらから湧き出ていた異形が、次第にその地下部分から現れるように変化していましたわ。鉱石が発生していたのだとするなら、そこではないでしょうか」
私達が異形の討伐でいっぱいいっぱいになっている中、ノーラは騎士団へ指示を出しながら現象の観察を続けてくれていたらしい。とっても頼りになるね。
「つまり呪詛ダンジョンと違って、地下へ力場領域が広がってたって事?」
「はい、そう見えました」
「ダンジョンの、ダンジョンの性質を考えると理に適っているかもしれません。生物が核へ転じるのだとすると、ダンジョンの発生は必然的に地上となります。そこで十分な魔素や魔力を取り込んで、地下空間を作る原動力とするのではないでしょうか?」
なるほど、理屈は噛み合っている気がする。
「けれどマーシャ、それだと吸収した魔力に対して、湧き出てきた異形の数が吊り合っていなかった気がします。無尽蔵に近いほどの魔物を生み出すなら、地下空間を作る余力が残らないのではないですか?」
「それは……」
「オーレリア、初期に吸収した分でダンジョンの全てを賄っているとは限らないよ。力場を構築するのが第一段階で、どこか魔力が潤沢に満ちた空間と繋がる過程があるのかもしれない」
「あ、そっか。呪詛ダンジョンも魔力の調達先が不明でしたもんね」
こうして推測を交えながら議論を深めるのも楽しいけれど、最下層に到着したなら実際にいくつかの謎が解ける。
徐々にではあったものの、探索を進める足は速くなっていた。
エーホルンダンジョンの詳細な地図があると言う事は、最下層も調べ尽くされたって事でもある。それでもダンジョン核は見つかっていない。
「どこかに埋まっているだろうってまでは推測されてるんですよね?」
「うん。それが分かったからってダンジョン壁を壊すのは簡単じゃないし、場所に目星がつけられた訳でもないからね」
ダンジョン壁には魔法が通用しない。極点を越えた圧縮魔力で分解する以外に方法がないから、普通の破壊は物理一辺倒となる。物理衝撃が通用すると言っても、壊せなくはない……? ってくらいには堅固だから、それで無作為に壁を崩しながら探すのは現実的と言えない。
それで手の出しようがなかったのは私達も同じ。
でも、ダンジョン発生の瞬間を目撃した。核へ変容してゆく叔父様を見届けて、地中へ消えて行ったダンジョン核も見た。
そこまで知見を得たなら、ノーラは同様の現象を追跡できる。どうも各階層へ魔力を伝達する流れが見えるようになったらしい。ダンジョン中へ広がる魔力網、その発達過程を目撃して、感覚的にダンジョンの骨子を理解した。
魔眼も無意識化で発現している魔法の一環なので、当人の認識が深まれば可能性が広がる。ノーラの知りたいって欲求に応えてくれる。
私の魔素目視能力が一向に進化しないのは、モヤモヤさんを不快なものとして捉えているせいかな?
「特に最下層は流れに勢いがあって捉えやすいですわね」
じっくり壁面を観察しながら目的のものを探す。ノーラ曰く、魔力が流れる箇所の濃淡が見て取れるようになったとの話だったけど、私達には同じ壁としか映らない。
ちなみに、領地でダンジョンを管理するようになってノーラは眼鏡を新調した。高濃度の魔力が満ちたダンジョンはノーラからすると常に眩しい場所で、深く潜るのに向いていない。
なのにエッケンシュタインダンジョンを深層等級へ拡張したせいで、立ち入る必要性が生まれてしまった。今後、昇降機の設置や魔物素材の自動採取地を設定するなら彼女がダンジョンへ潜るのは必須となる。ノーラ以上に最適な候補箇所を判断できる人間はいない。
そこで、魔力を含有しない素材を使って眼鏡を作った。用途的にはノーラ専用のサングラスに近い。そうは言っても度も色も入っていないので、見た目的にはただの眼鏡としか映らない。
良いよね、眼鏡の女の子。
魔眼の成長に合わせて、ノーラ本人も眼鏡が似合う知的女性へレベルアップした。薄幸少女、虹彩異色の凄腕鑑定士、蒼炎魔法の英雄、エッケンシュタインの救済者、そして知的眼鏡女子、ノーラを示す属性がまた増えたね。
「上層に走っているのが毛細血管だとすると、最下層にあるのは動脈みたいなものかな?」
「その理解で大きく外れていないと思います。上層へ向かうに連れて必然的に行き渡る魔力量が減少しますから、魔物の脅威度も低くなるのでしょう」
人体の場合、全ての血管は心臓へ繋がる。その構造をダンジョンへ当て嵌めるなら、魔力を伝える中枢は―――
「スカーレット様、見つけました」
しばらくの捜索の後、ノーラはダンジョンの一角を指し示した。
ここが魔力の収束点らしい。目印がある訳でも、他と違いがある訳でもないから、私達には虚実を判断できない。けれど、ノーラからは自信が窺えた。
「オーレリア、お願い」
「はい、任せてください」
私の魔法はダンジョン核ごと一帯を消滅させてしまう可能性があるので、壁の切り出しはオーレリアに頼む。煌剣で瞬時に斬り裂いてくれた。
その向こうには、ノーラの指摘通りに更なる空間が広がっていた。
漸く、私達はダンジョン核と対面する。
「どうして……、どうしてこれがここにあるのでしょう……?」
「いや、でも、ここにある以上、ダンジョン核に間違いはない筈ですよね!?」
「え!? これがダンジョン核だったのですか?」
「謎が深まりましたね……。俺もまさか、これをここで目撃するとは思いませんでした」
特徴的な外観に、全員の印象が驚愕で染まる。
私も驚きはしたものの、一方で不思議と納得している私もいた。
目撃例が伝わっていないダンジョン核と、出所不明の謎物体。
ファンタジー要素2つがどこかで繋がる予感があったのかもしれない。
「一応、理屈は通るよ」
「え?」
「人類にとって、魔物は絶対の敵性存在だと教会は定義した。神様が私達人間を産み落として、その敵対勢力が世界に魔物を蔓延らせた。つまり、無尽蔵に魔物を生み出すダンジョンは教会にとって敵側って事になる」
「神の敵……すなわち悪魔、ですね?」
「うん。人類を破滅へ導く目的で作られたもの、教会がダンジョンをそう捉えたなら、その中枢が悪魔の名を冠していても不思議はないよ。同時に、その事実を徹底的に隠蔽する必要があった。ダンジョン核が手に入ったなら人工的にダンジョンを作れるかもしれない。そんな欲求を教会が認める訳にはいかなかっただろうからね」
結果的に隠蔽が過ぎて、事実自体を失伝していたのだけれど。
上層部の腐敗に比例して、情報管理がおろそかになっていたと考えられる。実際、霊薬の製法とか無駄に放置されていた訳だし。
「もしかすると、過去にそういった試みがあったのかもしれませんね」
「しかも失敗に終わった可能性が高いかな。ゼルト粘体みたいに制御不能の怪物が生まれたとかね」
消滅したダンジョンの記録はあるのに、核の存在に触れていない理由がそこにあったのだと思う。原理解明の過程で起きた魔物災害の原因を公表できず、存在自体を封印する方針を選んだ。
際限なく魔物へ活力を与える得体の知れないもの。かつて、教会はそれをこう名付けた。
悪魔の心臓―――と。
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