討伐終わって
本物を知った。
私は、あくまでも魔力量に任せた贋作もどき。
分かってた筈だけど、ラバースーツ魔法が凄過ぎて、その気になれば本物に並べるかもなんて、正直、思い上がってたみたい。いつの間にか謎の全能感に浸って勘違いしてた。恥ずかしい。
ここは魔法がある世界。
強化魔法1つでも、極め続ければ、前世の常識に縛られた私の想像なんて軽く凌駕する。
オーレリアが自戒を続けてる訳だよね。
彼女はもっと凄い背を、ずっと追い続けてるんだろう。
強力であっても、磨く気のない私のラバースーツ魔法は、本物には決して及ばない。その事に納得して、自分を鍛え直そうとは思えないんだから、荒事は専門家に任せた方が良さそう。
でも仕方ないよね。
生まれ直して此の方、英雄になりたいとも、ファンタジー世界に転生したなら竜を倒してみたいとも、魔王を倒して世界を平和にしたいとも、考えた事ないんだから。
だから、己を鍛え上げて武威を示すオーレリアや烏木の牙の人達を、凄いとは思っても、ああなりたいとは思えない。
―――侯爵令嬢に生まれて、周囲より恵まれている分、人より多くの義務を背負わなくちゃいけない。
いつかのお母様の戒めが、常に私の底に根付いてる。
この世界で私が初めて憧れたもの。
貴族らしい貴族になりたい。
いつだってそれが私の原点だから、モヤモヤさんの扱いも、ラバースーツ魔法も、6歳の頃から身に付けてきた知識も、研究の成果物も、前世の経験だって、望みを形にする為の手段でしかない。
うん、自分を顧みるいい機会になったよ。
私がボーとしている間に、グリットさん達は生き残った盗賊達を縛り上げてくれてた。
ブレーキを掛けるのが比較的早かった者の何人かは、転倒して重傷を負った程度で、運良く命を拾ったみたい。もっとも、辛うじて生きてても、骨と一緒に心も折れてるようで、縛られるままになっている。捕縛された盗賊の行き着く先なんて、処刑しかないしね。
魔物蔓延るこの国で、我欲から治安を乱した者達は、例外なく害獣扱いで処分される。
国が人権を保障してくれるのは、豊かで余裕がある場合に限られるよ。軽犯罪なら、労働力として酷使する道もあるけれど、資源も土地も不足して、座れる椅子の数は決まっているからね。
そんな訳だから、重体の者にはとどめを刺している。必要なのは情報を引き出せる者だけで、尋問してから殺すか、今死ぬかの差しかない。
ちなみに、ヴァイオレットさんの姿はまだないよ。どれだけ遠くから撃ってたんだろうね。
「状況の分からないまま介入しましたが、スカーレット様も、皆さんも、お怪我はありませんかい?」
「丁度いいタイミングでグリットさん達が駆け付けてくださいましたから、皆無事です。助けていただいて、ありがとうございました」
オーレリアは不完全燃焼かもだけどね。キャシー達の護衛騎士達も、殲滅の早さにポカンとしてたよ。
「いえ、依頼人の皆さんを危険に晒したら、立場がありませんから、間に合って良かったです」
「予定よりずっと早いお帰りでしたけど、何かありましたか?」
「いや、問題があった訳ではありませんよ。スカーレット様が使用を許可してくれた新しいポーションがあったんで、魔法を温存する必要がありませんでしたから、想定以上の進度で行軍できたんです」
「味が悪くて飲むのを躊躇う事もないから助かったっス。商品化する予定はないんスか?」
研究室メンバー以外で服用実験を行うついでのサービスを、くらいのつもりだったのだけど、思った以上に効果があったみたい。身を守るだけじゃなくて、活動効率まで上がるなら、市場供給も本格的に考えなきゃね。
装置を用意したなら、モヤモヤさん次第でいくらでも生産できる。高純度蒸留酒はそれなりに高価だけど、摂取するのは1~2滴を希釈したので十分だし、原価タダみたいなものなんだよね。あんまり安価に売ると市場を壊しそうだし、専門家に相談しよう。
「戻って早々で申し訳ありませんが、盗賊がこれだけとは限りません。村が安全でないと分かった以上、私達は滞在できません。烏木の牙の皆さんは、予定していた実験を一旦中断して、私達を街まで護衛していただけませんか? 勿論、護衛料は別途お支払いします」
「俺等は勿論構いません。いろいろとお世話になってますんで、追加の依頼料も無くていいくらいですけど……設置した試作品はそのままでいいんですかい?」
「ええ、特殊な箱に入れてますから、高位の魔物でも壊せませんし、万が一盗まれたとしても、鍵が無ければ開きません」
特殊、つまり私の付与魔法製です。
イメージをそのまま形にするなら、分割付与より、従来の多重付与の方が便利なんだよね。
汎用性は欠けているけど、専用性に特化している感じ。
並列つなぎが閃きのきっかけになったけど、分割付与とは別物で、かつて電気回路で学んだ法則はほとんど通用しない。特に、単付与基盤をつなぐ魔導線の影響を強く受けるんだよね。
今は分割付与に絞って研究してるけれど、多重付与と分割付与、複合的に使えばもっと可能性が広がりそうな予感がある。
「レティ様、不寝番は予定通り、うちの者とマーシャのところの騎士で行いますから、戻ったばかりのグリット様達には、朝まで休んでいただいたらどうでしょう?」
「いや、皆さんを守るのも俺達の仕事ですから、気を使ってもらわなくても…」
「グリット様には助けていただきましたもの、きちんとお礼したいところですけど、今すぐには叶いません。ですから、せめて身体を休めてください」
「しかし……」
「リーダー、こう言ってくれてるんスから、今日くらい甘えておきましょうよ」
「ええ、グラーさんの仰る通りです。明日からまた護衛していただくのですから、英気を養ってください。村に着いて以降、ゆっくりされてないでしょう?」
あれ?
「ネリー、グリット様達のお部屋とお食事を準備して差しあげて」
「…はい、お嬢様」
キャシーの指示を受けた侍女が駆けてゆく。私、口出す暇もありません。
「いや、そこまでしていただかなくても…」
「遠慮なんてなさらないでください。このくらい、お礼の代わりにもならないのですから。それより、準備が整うまで、山でのグリット様のご活躍について、聞かせていただけませんか?」
「いや、キャスリーン様、活躍と言われても……」
「……ロックパイソン、いた」
「ありがとうございます、ニュードさん。ロックパイソンって、岩のような鱗を持つ大蛇ですよね。剣も銃弾も通らないと聞いていますけど、どのように倒したんですか?」
「……グリット、両断、敵じゃない」
「?えっと……」
「あー、リーダーの大剣には重量変化の魔法が付与してあって、魔力を通すと重くなるんスよ。それを強化した腕力で叩きつけますから、岩くらいの硬さなら真っ二つっス」
「まあ! 軽々と持ち歩かれてましたから、気付きませんでした。それとも、普段は重さを軽減されてるんですか?」
「……してない。リーダー、それくらい、余裕」
「それだけ鍛えてらっしゃるんですね、凄いです!」
ちょっと不思議な光景だね。
ニュードさん、口下手を気にしてか、私にはあまり話しかけてこない。その気になったら案外話すんだね。キャシーもきちんと話を拾ってる。彼女は冒険者の皆と距離を空けてると思ってたけど。
「グリット様は、他にどんな魔物を倒されたのですか」
「……ゴブリン、リザードマン、いっぱい」
「罠を仕掛けられたり、物陰に隠れて隙を窺ったりされるそうですけど、大丈夫でしたか?」
「……問題ない。奇襲、仕掛ける側」
「リーダーは罠ごと薙ぎ払うタイプっスからね。トカゲ共が入れ喰い状態だったっスよ」
「大活躍だったのですね!」
「おいおい、暴れたのは俺だけじゃないだろう。お前等だって相当倒してたろう」
「加減無しに魔物共を蹂躪できる機会なんて、普通はねーからな。爽快だったぜ」
「……最終的に、トカゲ、寄って来なくなった」
「今回、あんまり活躍できなかったの、姐さんくらいじゃないっスか」
「ポーションより銃弾の方が貴重なくらいだったからな。その分、物足りなさを盗賊共にぶつけてたんじゃねーの?」
「ふっ、違いない」
「……魔石山盛り、スカーレット様のお陰」
「あれの開発には、キャスリーン様も関わってるんですかい?」
「いえ、あたしなんて、少しお手伝いしたくらいです。でも、グリット様のお役に立てたなら、嬉しいです」
そうこう話してる間に、ヴァイオレットさんも戻ってきたよ。余計な事を話してるんじゃないかと、早速男衆を問い詰めてる。それをキャシーがはっきり否定してるね。
「ねえ、マーシャ―――グリット様って何?」
「―――まぁ、そういう…、そういう事でしょうね」
やっぱりそうだよね。
キャシーってば、グリットさんと話す時だけ、いくらか声色高いしね。
一か八かと私達の方へ走って来た盗賊を斬り払ったグリットさんは、確かに格好良かったからね。そこに異論はないよ。
彼女は男爵家の令嬢だから、最近有名になりつつある高ランク冒険者も、結婚相手の候補に入る。
貴族同士で婚姻を結んで家の権威を高めるのと同じくらい、才能も実績もある商人や冒険者と縁を結んで地盤を固めるのも、下級貴族には必要な事だからね。
友達としても、口を挟むような事じゃない。
応えるかどうかはグリットさんの気持ち次第だし。
でも、女性のヴァイオレットさんと伝令役に回ったクラリックさんは仕方ないとして、活躍したのはグラーさんもニュードさんも同じだよ?
視界に入らなかったのかな?
やっぱり最後の決め手は顔ですか?
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