閑話 父の心配
想定になかった形となったが、飛行列車発着場占拠から始まった事件は終息した。
首謀者全員と加担者のほとんどは消滅、裏付けの文書や証拠となったかもしれない資料もまた、屋敷とともに消えた。全容の解明は困難を極めるだろう。他の選択肢はなかったとは言え、今後を考えると頭が痛いのは間違いない。
それでも、外部の領主である私が介入できる部分は終了した。
この後は王国軍によって正式に占拠され、国主導で新しい統治体制が推し進められるだろう。長く閉鎖態勢を敷いていた事から、自領開拓の風潮へ足並みを揃えるのも簡単ではない。行く行くは新たな領主を任命するにしろ、まずは政治基盤から改革していく必要がある。
反逆の地という悪名を拭い、かつての栄華を取り戻す道のりは長い。
王国民としてはこの地の今後も気になるものの、私が関われる範囲にない。そもそも私はレティと共にいた流れで同行しただけなのだから、非常時期を越えてしまえば役割もない。
それは誓約の範疇として助力を請われた魔導士も同じで、敵を駆逐した後は専横を求められていない。殿下が事件終息の宣言を行う場に同行するのが最後の仕事となるだろう。
魔物殲滅の英雄に祭り上げられそうな場所からは、早く去ってしまいたいに違いない。
「オーレリアやノーラは勿論、ウォズとグラーさん達にも助けられたから、お礼は弾むよ」
「やった! 美味しいものをお願いするっス!」
「待て……! 俺達全員の成果だ。お前だけの欲望を駄々洩れにするんじゃねーよ」
「そう言うクラリックは酒があれば満足なのでは?」
「……2人共、単純」
騒がしく会話しながら帰る準備を進める。柵から解放された喜びを隠してもいなかった。そんな様子を殿下が苦い顔で眺めている。
聞く者によれば、王族批判だと捉えられたかもしれない。第9騎士隊に私、彼女寄りの人間しかここにいないが。
「でも、堅苦しい褒賞よりそのくらいの方が気楽で良いかもしれませんわ。恩を売りたくて協力したのではないのですから」
「そうですね。良い経験になりましたし」
「オーレリアってば叱られた鬱憤を傍から発散してたよね」
「だって、ダンジョンも魔物討伐も禁止で、鍛錬も制限されたのですよ? しばらく勉強漬けになるかと思うと、気晴らしくらいないとやっていられません」
「普通、気晴らしって勉強漬けになってから必要になるものだけどね」
友人に囲まれていると普通の女の子に戻る。勇ましく人質を助け、異形を蹴散らし、スケイラに大穴を空けた人物と同じだとは考え辛い。
事件解決の誉れにも街を救った偉業にも興味がないのだろう。
「それならノースマークに寄って行こうか。王都より近いし、魔力波通信機で連絡を入れておけばご馳走を用意しておいてくれるんじゃないかな?」
「やった!」
「賛成です」
「食いしん坊2人はともかく、私は父への報告の為に王都へ戻ろうと思っていたのですけれど……」
「んー、それも通信でいいんじゃない? 国内で異変が起きている状態でお父様が領地を空けたから、代理のカミンもノースマークに戻っていると思うよ?」
「行きます!」
「……あ、うん」
事件解決の立役者達をうちで歓待する事になるらしい。首謀者には母とジャスも名を連ねていた訳だから、世話になった事に違いない。異論はなかった。
弟を悼む気持ちはあるが、罪人には違いないので公に弔ってやる事はできない。私1人で沈んでいるより騒がしいくらいの方が相応しいだろう。
「それにしてもウォズってば、領地に呪詛魔道具を持ち込んだ冒険者の背後関係を追うようにお願いしてから連絡が繋がらなくなったと思っていたら、王都の近くにいたんだね」
「すみません。貴族や大商会との面会が立て込んでいまして、なかなか通信の時間を確保できていませんでした。けれど、経過の報告はベネットさんから受けていたのですよ? おかげで発着場占拠事件の解決にスカーレット様が招聘されたと知れました」
「そうなんだ。……うん? それってベネットとは連絡を取り合っていたって事?」
「はい。調査の進捗は把握しておかなければなりませんでしたから」
「むー!」
「ス、スカーレット様?」
連絡は密にしていながら、レティと話す時間は作らなかったと聞いて膨れた。ウォージス君の事情を理解できないとは思えないが、回答はお気に召さなかったらしい。
「私に連絡してよ。話すなら私と話そうよ!」
「いや、しかし、スカーレット様に報告できるほどの進捗はなくて……」
「中身がなくてもいいじゃない。何気ない話でも、私の愚痴を聞いてくれたっていい。本当に何もなかったらなかったで、明日はもっと頑張ろうねって話すだけでもいいじゃない。そんな交流の為に通信機を作ったんだよ?」
「そ、そうなのですか?」
「話す時間がないほど忙しくても、ノーラなんて研究に戻りたいって恨みがましい文章を毎日送って来てくれてたよ」
「……すみません」
「いいんだよ! それだけでも大変そうだなとか、頑張ってるなとか、近況を感じられるから。そうやって繋がっていられるよ。友達といつでも話せる環境を作ったのに、有事にしか活用しないなんて寂しいじゃない」
なるほど、その感性は私にもなかった。
書状にしろ使者にしろ、用向きを伝える為のものと割り切ってきた。魔力波通信機はその延長にあったと言える。しかし改めて考えてみれば、通信で直接話せるのに用法を限定する必要はない。
「よし、決めた! 今度は複数人で話せる通信機を作ろう。ノーラが領地の事で忙しくなっているみたいに、もうすぐキャシーも家を継ぐ。オーレリアは侯爵夫人となる為の勉強が待っている訳だし、今みたいに簡単に集まれなくなる日も近い。それでも通信でくらいは繋がれる機会を作ろう」
「そう……ですね。新しい使い方を周知していけば、通信機も世間に浸透してゆくと思います。商機になるのはありがたいです」
「その前に、ウォズは私に連絡を寄越すこと!」
「は、はい!」
そう考えれば、ノースマークの屋敷にも通信機を増設していいかもしれない。こうして家を空けていてもいつだってアウローラと連絡できるようになるし、家を出たレティとも繋がっていられる。
「まったく……、ダンジョンに籠ったまま音信不通のオーレリアじゃないんだから」
「あれ? ここで私に飛び火するのですか?」
「俺は状況の把握はしていました。そのおかげでここに来られたのですから」
「あ、ウォズまで……」
それにしても、オーレリア嬢やエレオノーラ嬢はともかく、異性であるウォージス君の前でも素を見せられるものだと感心する。それだけ距離が近く、信頼しているのだと窺えた。
貴族なのでグラー君達のような護衛の立場にいる者は意識しないで行動できるのだけれど、友人の範疇にいる彼はそうではない。
いや、むしろ、友人と言うには頼り切っていると言うか、甘えているようにも思える。そもそも年頃の男女が何気ない話をする為に時間を作るものだろうか。しかも、強要したのはレティからだった。
これは、もしかするとそう言う事なのだろうか?
彼女の年齢を考えれば十分にあり得る。貴族である事を加味すれば遅いくらいだろう。
そして、無私の忠誠を見せるウォージス君を見れば、決して一方通行のものではないのではないか。
身分差が問題になるとは思わない。
侯爵家に迎え入れるなら苦慮したかもしれないが、今のレティは子爵で、ノースマークにカロネイア、複数の貴族と昵懇関係にある彼女が今更貴族との結び付きを重視する事もないだろう。
そうでなくとも、ビーゲール商会を出て自分の店舗を作ったとは言え、そこらの貴族より強い影響力を持つ。今後、南ノースマークが他国との交易を広げていくなら心強い力添えとなるだろう。
それに開戦派の件や今回の支援を思えば、彼は既に先を見ているのかもしれない。
父親として、寂しいという思いは当然ある。
しかし、いずれは訪れるものとして覚悟はしていた。子爵として独立した時点で独身は貫けない。話は持ちかけていないが、候補は見繕っていたくらいだった。
とは言え、自分に相応しい相手は彼女自身が探すだろうと信頼もしていた。
誰でもいい、とは言ってやれない。
それでもおかしな男に引っ掛かる事はないくらいには信頼もしていた。
どんな男性を選ぶのか、不安でありながらも楽しみでもあった。
その点、ウォージス君は申し分ない。
立場を弁える事を知っているし、商売で成功したいと言う野心もある。レティの立身出世を妬む心配はなく、それ以前にレティを支える事に心血を注いで見えた。
父親として粗を探してしまう部分はあるが、そうした指摘も彼なら実直に受け止めてくれる気がする。
王都での大火やワーフェル山の事件の時にはレティの危機に駆け付けたとも聞いている。特に後者では随分と無茶を通したらしい。
そうした献身が絆を育んだのかもしれないね。
彼が望むなら、彼の活躍に対する褒賞を私から陛下に奏上しても良いかもしれない―――などと思っていたのだが、肝心の娘が親の気持ちを慮る事を苦手としているという現実を忘れていた……。
「そう言えば、ウォズにお願いしたい事があったんだった」
「何でしょう? 要望にはいくらでもお応えしますよ」
「うん、頼もしいね。エーホルン子爵に会談を申し込んでほしいんだよね。通信が繋がれば良かったんだけど、あそこにはまだ整備されていないから」
「急ぐのですか?」
「期限が切られている訳じゃないけど、気持ち的には?」
「分かりました。俺はこのままエーホルン領へ向かいます」
待ちなさい!
これから協力者を労おうと言うのに、そんな思い付きでウォージス君をお使いに出してしまうのかい!?
申し込みだけなら飛行列車で書状だけ運ばせればいい。ノースマーク経由で使者を立ててもいい。
ウォージス君が直接赴く必要などないと止めてみたのだけれど、面識があるので話が通しやすいとコントレイルへ走って行ってしまった。
「…………」
「スカーレット様、ダンジョンを探索する件ですか?」
「うん、なるべく早く確認に行きたいからね」
「できるなら、私も同行できるように父と母を説得してもらえると嬉しいのですけれど」
「無茶言うなー。ま、願い出るくらいはしてみるよ」
「………………レティ?」
「何、お父様?」
「君はウォージス君の事をどう思っているんだい?」
「ウォズ? なんで?」
…………これはいけない。
何も考えていない時のレティだった。
無自覚に頼って、報いる気持ちが欠けている。彼の忠心に甘えている。妙に距離感が近いと思ったら、男女の機微に頓着していないだけだった。オーレリア嬢やエレオノーラ嬢と全く同じ関係性へ置いている。男女差をまるで考慮していない。
「レティそこへ座りなさい。家に着くまで、君にはたっぷりと言い聞かせないといけない事ができた」
「え? え? え? なんで? なんで!?」
ウォージス君を男性として見られないだけなら仕方がない。
けれど、このまま放っておくと誰であっても視界に入れない可能性が高い。そもそも男性としてどうかと言った舞台に上げていない恐れまである。
ただの無自覚より始末が悪い。
献身が無為に終わっているウォージス君が不憫でならない。これは考えを改めさせないといけない。
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