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閑話 それぞれの戦場 2

引き続きお父様視点です。

 一斉避難する上で怖いのは、人々が恐怖に負けて錯乱状態となる事にある。

 周囲への被害を顧みず誰かを突き飛ばす。我先にと逃げた結果、家族や友人を置いてゆく。自己判断だけで動いて周囲とはぐれるなど、混乱を助長する行為を挙げれば際限がない。

 遠方まで逃げるとなると、子供やお年寄りなど脱落する者も出るだろう。かと言って、弱者に合わせた避難は鬱憤を募らせる。


 そこで、ある程度開けた場所へ周辺の居住者を集めて、飛行列車で回収する方策を選択した。

 先程のアウルセル・ラミナ氏の演説から間もない時点での急展開、混乱は最低限に収めたかった。


『再び失礼する。皆に急ぎで伝えなければならない事態が起きた。立場を追われた身でありながら、こうして何度も語りかける事を心苦しく思うけれど、落ち着いて聞いてほしい』


 王族専用車両ソールから拡声魔法が響く。文化会館にいた保護対象者は回収したらしい。コントレイルより先にあちらから動きがあった。


『恐ろしいことに、元ラミナ伯ガウディエスが周囲への被害を省みる事無く魔物を解き放った。現在、王国騎士をはじめとした部隊が抑えてはいるが、絶対に安全とは言い切れない。皆はどうか、騎士の指示に従って避難してほしい』


 ダンジョンの発生だとか、大規模魔法陣の暴走だとか、余計な事は口にしない。事実とは異なっていても、今は危機的状況だと伝わればいい。

 その為なら、ガウディエス殿へ罪をかぶせるくらいは許されるだろう。民を救う為に泥をかぶるのも貴族の役割だ。それに、本人が魔物同然となって暴れているのだからそれほど間違ってもいない。


『かつての英雄がそんな事をする筈がない。彼を信じたい。そう考える者もいるかもしれない。しかし、今は彼への信頼を忘れてほしい。婦女暴行事件を繰り返した子息を庇い、そのせいで自らも爵位を失いながら、自分達は悪くないとノースマーク子爵への恨みを募らせたあの男は、英雄として持ち上げるに値しない。事実として子爵を害する為に手段を択ばなかった。魔物が闊歩する領主邸は現在、かなり危険な状態にある』


 街で暮らす民達が魔物と接する機会は多くない。街の外を行き来する職業に就いているか、冒険者でもなければ、直接魔物を見る事無く一生を終える場合も珍しくない。

 それにも関わらず、スケイラの中心で魔物が解き放たれたと言うのだから、ざわめきは大きくなり始めた。


『しかし私は、そしてアドラクシア王太子殿下も、この件で皆が傷付く事を望んでいない。魔物の牙に掛かる事だけではない。動揺した皆が誰かを害してしまう事もあってはならない。だから、決して慌てず騎士の指示に従ってほしい』

『アドラクシアだ。状況は今語ってもらった通りとなる。現在、騎士達が魔物を懸命に抑えてくれている。王国の最大戦力である大魔導士殿も一緒だ。無闇に戦場を広げる事はないと約束する』


 情報の公開は動転を促進させる危険も孕んでいる。

 しかし、騎士が順に避難を呼びかけたとしても、情報はいずれ漏洩する。危機的状況が口伝てに拡散した場合、内容が歪む可能性が高い。この状況で誤情報の拡散は更に怖い。

 その為、避難を呼びかけるアウルセル氏の拡声魔法にアドラクシア殿下も言葉を重ねた。


『それでも、絶対はない。万が一に備えて避難してほしい。そうして皆の安全が確保できたなら、大魔導士も存分に戦える。必要に応じた大魔法を振るう事も可能となる。彼女の能力を如何なく発揮できるかどうかは、皆がどれだけ素早く避難できるかに掛かっているのだ』


 魔物から逃げるのではなく、レティの為にこの場から離れる。身を守る為の逃亡ではなく、事件を収める為の避難だと。

 問題のすげ替えではあるが、恐慌状態抑止の為に言い回しへ配慮していた。




 コントレイルの収容限界に懸念点はなくなった。

 しかしそれで避難が順調に運ぶかと言えば、そう上手くは進まない。何しろ、コントレイルは占領されていた1台しかない。


 ソールへも領民を収容しているものの、あちらは空間魔法を拡張していないので制限があり、収容人数を増やす為には後続車両が外せず着陸場所に苦慮していた。残念ながら、空間拡張の魔道具は試作の1個しかなかった。

 非常時だからとは言え、機密の塊であるディサピーアへ一般人は乗せられない。そもそも諜報部自体、世間へ存在を明かしていない。ここで都市伝説を肯定する訳にもいかなかった。


「南東区画、避難民の収容を完了しました」

「ありがとう。このまま南へ向かえば公園がある。そこへ避難民を集めてくれている筈だ」

「分かりました。進路を南へ向けます」


 最善を尽くしている。これ以上はない。

 そう思っても、戦闘を続けているレティ達を思えば気が急いてしまう。


 ソールは領民達を一旦領都外へ降ろしてから再び収容へ戻っていたが、それでも手が足りていない。飛行列車の欠点として、急加速、上昇下降を手早く行えないのも一因だった。

 こういった事態の運用を想定していないので仕方ないのだが、避難方針を間違えたかと迷いが生じてしまう。

 指示を修正しようかと本気で検討し始めた時だった。


 東の空からこちらへ向かう飛行列車が視界に入った。


「え?」

『間に合ってくれたか……』


 同時にアドラクシア殿下の安堵の声もこちらへ伝わる。

 更に、その車体は見慣れたものだった。コントレイルより一回り大きい初期型車両。


「ウェルキン……!」


 大量運送も想定してレティが車内空間を広げたあの列車なら、避難を続ける上で心強い応援となる。


『状況は通信で伺っています。すぐに避難収容へ加わりますから、降下場所を指示してください』

「ウォージス君か!? その車両は王都に置いてきた筈だが何故……?」


 助力が必要になった時点で呼んだとしても、到着には半日以上を必要とする。ダンジョン化の報告の後すぐ出発しても、とても間に合わない目算だった。


『想定外の事態が起きるかもしれないからと、カロネイア将軍から応援を頼まれました。なんとなく嫌な予感がする、と』

「助かる! 北側区画の避難が遅れている。そちらへ向かってくれ」

『了解!』


 そんな薄い根拠で軍用車両は動かせない。運行中のコントレイルも同様だろう。けれど、個人所有の車体ならその限りではない。

 口振りからすると殿下はその要請を把握していた様子だったが、間に合うか分からない不確かな情報は伏せていたらしい。

 しかも、ウェルキンの後方には更にコントレイル2台が続く。


「そちらの列車は商会所有のものだろう? かなり無理をさせてしまったのではないのかい?」

『スカーレット様が戦いに挑まれるなら、最大限の支援体制を整えるのがストラタス商会の職務です。迷惑だなどと微塵も思っていませんよ』


 当然のように受け入れている彼を頼もしく思うと同時に、レティが振り回していることを申し訳なく思う。

 彼女に出動要請があった時点で、事件は発着場占拠だけでは終わらないと予想されていたのではないのかな? 貢献にはしっかり報いるように言っておかなくてはいけないね。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

申し訳ありませんが仕事の方が忙しくなりまして、更新が不定期になっております。しばらくご容赦ください。

それでもなるべく更新を…と思うなら、ブックマーク、評価で応援していただけるとやる気が湧いて来るかもしれません。

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