閑話 それぞれの戦場 1
今回はお父様視点です。
主人公は異形を蹂躙してるだけなので、周囲の視点から事件を語ってもらいます。
発着場へ走る。
できるなら娘と共に戦いたい気持ちはあったけれど、どう考えても足手まといになってしまう。レティが私を守るのも当然と考えていた様子に思うところはあるものの、事実としてあの子と肩を並べられるような能力は私にない。特に今回のような持続力が求められる局面は、絶望的に私に向いていない。
身体的欠陥を恨めしく思ったのは久しぶりだった。
それでも、気持ちを静めている余裕はない。
今この瞬間に危機へ晒されている人達がいて、彼等を守る為の手段をレティが示してくれた。それなら、私がすべきことはその中で最良の結果を出す事だろう。
重い身体に喝を入れながら足を前へ進める。
「侯爵、大丈夫なのか?」
殿下に気遣わせてしまうくらいには危なかしく見えるらしい。
事実として息が上がるどころか呼吸が覚束なくなってきている。今にも倒れるのではないかと不安を誘うのだろう。ジャスが関わっていたとは言え、これは国へ牙剥く事件。侯爵が他領の諍いに巻き込まれて倒れたとなれば問題になる。
「ゼェ、ゼェ……ご心配、なく……。ハァ、ハァ、回復薬も、携帯して、おります。それより、ヒィ、ヒィ……、今は無理を押すべき時でしょう……!」
「……違いない。ならば卿の心意気に頼らせてもらう」
国民が危機に晒されて、のうのうと報告だけ待つなど王族でも貴族でもない。最低限の護衛だけを残して避難誘導に向かわせ、諜報部を指示伝達に先行させた上で自らも走る。実務的な役割はなくともその場にいるだけで混乱を収める一助になるのだと理解している殿下の様子を頼もしく思いながら、全力で駆けた。
私も同じだ。
コントレイルを動かすだけなら諜報部員に伝達を任せれば事足りる。
だが、国民を助ける為に貴族が積極的に動く姿を見せておく事が肝要なのだ。この緊急時の支えになれる。次があっても助けてもらえると信用が得られる。
そのくらい、異形と相対しているレティの覚悟と比べれば何でもない。
彼女はすっかり独り立ちしているけれど、それでも理想の貴族像を示せる父親でありたいのだ。
「領主邸より異形が溢れた! 非常時により、飛行列車を避難手段として使いたい。どのくらいで動かせる?」
「話は諜報部から伺っております。反重力装置起動の為に10分いただけると飛び立てます」
「よろしく頼む!」
文化会館前で殿下と別れた私は、回復薬を一飲みして息を整えてから飛行列車で作業する乗組員達へ声をかけた。
既に離陸準備は始まっている。最先端技術を運用する為に国が任命した人材だけあって、仕事が早い。
加えて、私に応えてくれたのは人質となっていた筈の女性だった。
「君は、エッケンシュタインの?」
「はい。技術的な面ではお力になりませんが、国内で運用される前から領地で試乗しておりますので設備面は把握しています。きっとお手伝いできることもあるかと思い、志願させていただきました」
「それは助かる。しかし……、大丈夫なのかい?」
人手は欲しい。
それでも彼女は被害者側だった。頼っていいものか判断に迷う。
「主が最前線で戦っている中、臣下として安全な場所で震えている訳には参りません。それに、私はスカーレット様に救っていただきました。今、不安に怯えている人々の助けになる事で、その恩をお返ししたいと思います!」
「……そうか、頼らせてもらう。これからコントレイル内へ避難させる人々を励ましてあげてほしい」
「はい、お任せください!」
―――ああ、やはり頼もしい。
私は常に、誰かに助けられて生きてきた。
身体が弱かったからハイドロ達の世話がなくては日常生活すら困難だったし、私の医療費や生活の為のお金は領民の血税で賄われていた。そうでなくとも領地の運営自体が彼女達のような臣下の支え無くしては成り立たない。
国は彼女達をはじめとした個人の集まりで、それぞれが健やかにしなやかに生きている。そうでない場合は助け合う。その強さに、私は幾度となく支えられてきた。
貴族だから彼女達の上に君臨するのではない。
貴族こそ、彼等彼女等に支えられている。
だからこそ、皆に認められる代表者であり続けなくてはならない。自らに義務を課した私の生き方は、間違ってなどいなかった。
ジャス……。
やはり君にも、ほんの少しでいいから彼女達へ目を向けてほしかったと思うよ。
君の才覚が政治に向いていなかった事、これは仕方がない。それでも、彼女達の立場に立って考えられたなら、結末は変わっていたのではないかと思う。
好奇心が最優先であっても、レティが領民の生活を向上させられる開発を志すように、発展で人々に貢献しようと決めたように、生き方は選べた筈なんだ。
たった1人、全てを捨てる覚悟で奇跡みたいな大魔法を作り上げるより、皆と協力して何かが成し遂げられたなら、それはきっと素晴らしい事だった筈なのに……。
おっと、物思いにふけっている場合ではなかった。
既に地下深くへ消えた弟への感慨は打ち切って、これからの方針を打ち出す。
「客車一両だけを残して、後ろは切り離してほしい。救助で降下する場所に十分な空間を確保できるとは限らない。長い車体は救助の妨げになってしまうからね」
「で、ですが、そうすると搭乗人員に制限がかかってしまいます。まさか、避難民を仕分けするおつもりですか!?」
「そんな気はないよ。大丈夫、こんな場合に備えて魔道具を預かっているんだ」
領主邸で別れる前、レティが私へ託してくれた。きっと必要になるだろうからと。
使い方は聞いてあるし、その方法も難しくはない。私は客車へ向かって魔道具を起動させた。
なんでも、既に発動している空間魔法にレティの魔法を上書きするのだとか。
コントレイルの車内は空間への干渉で見た目より広く確保してあるものの、ミーティアやウェルキンの広さには及ばない。その大きな違いは術者の魔力量に起因している。魔導士であるレティ製の大型飛行列車とは比較しようがない。
それを、レティの魔力で塗り潰す。
スケイラへ向かう道中で作った魔道具だから、まだ試運転もしていないと言っていたのだけれど……。
まあ、こんな状況で娘を疑おうとは思わない。
起動させた瞬間、覚えのある魔力が溢れた。
塗り潰すのだと言っていた彼女の表現に似つかわしい大量の魔力が一帯を包む。
「…………」
「………………」
そうして拡大した車内を見渡して、私達は言葉を失った。
何しろ、地平線が見えている。これなら避難民の受け入れに困る事もない。今の状況では非常に助かる。おそらく、狭い場所へ押し込められる精神的な負担もないだろう。
それは間違いない。
けれどレティ?
君はこちらへ向かう途中でこの魔道具を作ったのだと言っていたよね? つまり、避難が必要な事態を見越していたとは考えにくい。
君は一体、どんな場合を想定してこの魔道具を作ったんだい?
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