閑話 ノーラの戦場
今回はノーラ視点です。
魔物の急所は魔石となります。
全身へ魔力を巡らせる中心、自然界ではあり得ない不可思議な生態を支える核心、存在そのものを支える基幹と言えます。その点は、スカーレット様への恨みを拗らせたまま魔物へ堕ちた異形であっても違いはありません。
おそらく、姿が変容する際に体内で魔力が結晶化したのでしょう。それが個々の部分を支えています。
「腹部に大きく口腔の開いた個体は、喉の奥に魔石があります! 開口の瞬間を狙ってください!」
「了解!」
わたくしは異形の特徴を判別して攻略法を騎士達へ伝えます。倒しても再構築されるだけですが、わたくし達側へ殺到する密度を減らしておかなければなりません。
住民が避難する時間を稼ごうと思うと、継戦時間を長く確保する必要があります。大規模な魔法の使用を抑えなければなりませんから、個体ごとの的確な対応が求められているのです。
「次、触手が生えた右肩の付け根になります。鎧と躰が一体化していますから、貫通力の高い魔法で狙ってください!」
「了解です!」
心臓部、頭部、腹部、魔石の位置は異形ごとに差があります。最も多いのは変質した部位が内包している場合でしょうか。異形へ変わる際、魔力の流れがそこへ集中したのかもしれません。
露出している場合はほぼなく、体内へ隠れている場合がほとんどなので、基本的には攻撃してみるまで場所を特定できません。そこで、魔力の流れを見る事が出来るわたくしに部隊の指揮が回ってきました。私個人で数体の異形を処理するより、第9騎士隊を的確に動かした方が効率が良いという判断です。
初めは異形の一部を凍らせて、生かしたまま拘束すれば再構築を制限できると思っていたのですが、現状、スカーレット様のお婆様だった個体が目視できる範囲に6体います。色々と訳が分かりません。理屈は不明ですが排除した個体を再構築するだけでなく、異形の複製も可能なのでしょう。
そうなると、凍らせて置いておくのはわたくし達の動きを制限してしまいます。そこで確実に絶命させて、再構築までの時間を稼ぐ戦略へ変更しました。
「左翼より元伯爵型多数!」
「わたくしが行きます! 続く複数人融合個体はそれぞれが胸部に魔石を内包しています。全てを狙って確実に倒してください!」
「任せるっス!」
指揮と言っても、後方でゆっくり構える余裕はありません。状況に応じてわたくしも異形と相対します。
特に元ラミナ伯だった白骨露出個体は魔石が強靭な骨で守られており、銃での討伐は難しいのです。1体、2体ならともかく、まとまって出現した場合にはわたくしが凍らせてそのまま命を絶ちます。半骨格幽鬼化していると言っても、全身に冷気を行き渡らせれば魔石に損傷が伝わります。最前の個体を掴んで凍てつく炎を纏わせたまま投げつけると、他の異形へも伝播して次々と凍り付き、消滅してゆきました。
第9騎士隊の中にも当然水属性の方はいらっしゃいますが、彼等は合同で訓練する関係上、標的の熱を奪うより氷の礫や水球を飛ばす戦法に慣れてしまっているので、半不死化した異形の対応はわたくしが向いているのです。
そうしてわたくし達が異形に合わせて戦略を練る中、単独で自由に討伐にあたっている方もいます。
勿論、スカーレット様とオーレリア様です。
オーレリア様は魔石の位置を特定する事なく、とりあえず斬ってみると言う方針のようです。順番に……ではなくて怪しい箇所をほぼ同時に、ですが。
煌剣がありますので、対象の強度は問題になりません。片端から斬り刻み、その姿を消していきます。
オーレリア様の疾さと煌剣の特性がうまく嚙み合っていて、とても頼もしいです。
スカーレット様は……、わたくしには魔力の竜巻が蹂躙しているようにしか見えません。
先程の宣言通り、警告線を越えた個体を七色の旋風が吞み込んで、ダンジョン特性で風化することなく粉々になって周囲へ散ります。
時折魔力の刃や魔力波集束魔法の痕跡が見えますから、いくつかの手段を振り回しているのでしょう。頼もしいを通り越して物恐ろしいです。
首謀者の成れの果ては依然スカーレット様を最優先攻撃目標としているのですが、元騎士の異形達の一部はスカーレット様を避ける傾向を見せ始めました。それらが敷地内から出ないようにわたくし達が対応している訳です。スカーレット様を恐れるほどの知性が残っている筈もないのですけれど……。
ただ、わたくしなら今のあの方へ近づきたいとは決して思えませんから、本能的に回避しても仕方がないのかもと思ってしまいます。
それに、ジャスパー・ノースマーク、彼が構築した芸術のような魔法の結末がこの異形達だと思うと、苛立ちが湧き上がってしまう気持ちも理解できるのです。
口を挟める雰囲気ではありませんでした。
その彼は、異形以上に人とかけ離れたものとなって地中へ消えてゆきました。
異変の時点で上半身のみとなってしまっていたとは言え、消える瞬間になんとか見た影は球体の何かでしかありませんでした。既に絶命していたのもあって高圧魔力で変質し、ダンジョンの一部となったのでしょう。
わたくしは戦闘の傍ら、その魔力の痕跡を目で追います。
どういった挙動で潜ってゆくのか、どの程度の潜行速度なのか、潜行の途中で変わった動きを見せる様子はないか、その過程で魔力はどう広がっているのかなど、とにかくつぶさに観察しておきます。
大規模魔法の結末を見届けると言うのも勿論ですが、きっとスカーレット様が望んでいると思ったのです。
おそらく、スカーレット様は今回の件が落ち着いたならダンジョンについての研究を再開されるでしょう。
叔父様が残した成果を次へ繋げる為、ダンジョン発生の瞬間を目撃するという異例の経験を生かす為、謎だったダンジョン機構のいくつかを解き明かす為、何よりダンジョンの可能性をもっと広げられるなら、こんなに面白い事もないからです。
ダンジョンの核となるのが生物が変質した結果だと分かった以上、呪詛魔道具と違った形で再現できる可能性だってあるでしょう。
エッケンシュタインでダンジョンが発見されましたから、その研究は無駄になりません。そうでなくても好奇心から目を逸らせないのですけれど。
大規模魔法はダンジョン構築に応用できるかもしれません。今回は偶発でしたが、虚属性と組み合わせる事で再現可能な気もしています。大規模魔法の調整を最も容易に行えるのはわたくしですから、あの魔法がどう変質したのか把握しておく必要があります。
それに、発生間もない今でないと見られない現象も多い筈です。ダンジョンが安定化する前の状態を観察できるなんて、次があるとは思えません。
この機会を無駄にしない為にも、もう2~3人わたくしが欲しい気分です。
「エレオノーラ様、岩巨人のような新個体が現れました! 傷つける事も容易ではありません。的確に魔石を射抜くべきでしょう。指示をお願いします……!」
「そうですね……。まっすぐ沈降ではなくて、領域内を旋回するように移動しています。これは常にこの状態なのでしょうか? それとも、領域を拡大する為に必要な発生初期特有の挙動なのでしょうか? それに伴って内部魔力も蠢動している事から推測すると……」
「え!? はい? エ、エレオノーラ様?」
「あ! ごめんなさい、間違えましたわ……!」
いつの間にかダンジョンの機構を追う事に集中していて、異形達が意識から外れてしまっていました。
失敗です。
スカーレット様のように意識を明確に切り替えるのは難しいですね。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
申し訳ありませんが仕事の方が忙しくなりまして、更新が不定期になっております。しばらくご容赦ください。