決意表明
ラミナ伯爵領スケイラのダンジョン化。
未曽有の大事件ではあるけれど、ワーフェル山の屍鬼氾濫とは事象が違う。
あれは帝国の策謀で、呪詛魔道具を用いた疑似的な再現だった。戦後に聴取した内容によると、長期間維持できるものではなく、数日から数週間で崩壊する程度のものだったらしい。
ワーフェル山末期に見られた魔物と大地が融合した現象も、亜竜や大地竜と言った凶悪な魔物を次々と取り込んだ結果、疑似ダンジョンのキャパを超えて暴走状態に陥ったのだろうとされている。おいそれと帝国内で試せる魔道具ではなかったとは言え、懸念点を洗い出せるだけの検証実験が足りていなかった。
更に、あの構造ではダンジョンを展開できるほどの魔力を蓄えられるとは思えず、何処から調達したものか不明となっている。魔道具を調べてもそれらしい構造は確認できず、発動した際に何処か魔素が無尽蔵に渦巻く空間と繋がるのではないかと推測するしかできていない。
そんな訳で、あの魔道具は原理不明のまま放置してある。それ以上解析のしようがなく、魔物災害を引き起こすくらいしか使い道がない。
あれを突き詰めて戦時利用を画策するより、虚属性や魔導織を掘り下げて新しい兵器を生み出す方針を陛下は指示した。
私としても、原理不明で結果だけ発生させる魔道具を研究しても面白くない。
疑似ダンジョンとの明確な差異として、核となった叔父様とその周辺の地面は沈降してゆく。
多分、あのまま地下深くに到達して洞穴を構成するんだと思う。その過程でスケイラは完全に呑み込まれる。かなり規模の大きいダンジョンができるんだろうね。
基本、人間の生活領域から離れた場所で発見されるものだから、ダンジョン発生の瞬間を見た記録は存在しなかった。
おそらくだけど、並外れた魔素濃度と魔物の密集具合が切っ掛けになるんじゃないかと思う。強力な個体、或いはその死骸を核として、集まった魔物の特異能力や力場が相互作用した結果、驚異的な偶然が発生する。今回は減衰効果で溢れ出た私のモヤモヤさんと、機能不全に陥った叔父様の大規模魔法、そして敷地内に満ちた怨嗟がその代替となってしまったのだと推測する。
ダンジョン誕生の瞬間に立ち会えた事、目の当たりにした現象についての興味は尽きないものの、好奇心を突き動かせる状況にない。
「すぐに退避する。第9騎士隊は退路を確保しろ!」
「はっ!」
「ノースマーク子爵、ワーフェル山の際と同様に、発生したダンジョンを消滅させられるか?」
アドラクシア殿下の決断は早かった。
ダンジョンは資源でもある。けれど呪詛魔道具を用いていないとは言え、今回は自然現象ではあり得ない偶然が重なって生まれた。
実際、湧き出てくる魔物は元人間で、他にもどんな不具合が生じているか分からない。懸念を内包するダンジョンを残すより、直近の危機を取り除く事を選択した。
どこから湧いて来るか分からない異形を相手に室内で戦うのは分が悪い。核は既に地下へ潜ったから、バルコニーに留まって狙い撃つ意味もない。私達はすぐさま来た道を逆に駆けた。推測通り異形化した騎士達を排除しながら走る。
「可能です。けれど、住民の避難を先行させる必要があります」
今なら伯爵邸を消し飛ばす程度で済む。ダンジョン核もそれほど深くは潜行していない。それでも、臨界魔法を使うと衝撃が周囲を襲う。
殿下達が撤退するのは勿論、住民の安全を確保しないと大量虐殺になってしまう。屋敷を吹き飛ばしただけのエッケンシュタインの時と違って、かなり深くまで地面を抉らないといけないからね。
幸い、スケイラからはソーヤ山脈が一望できるので、モヤモヤさんには事欠かない。リュクスを使って魔力の補給は可能だった。ワーフェル山の時みたいに掌握魔法で力場の周囲を覆えば、ダンジョン領域の拡大を抑えられる。避難の時間くらいは稼げるよね。
「無論だ。……キリト隊長、隊員を分けて、半数は住民の避難にあたらせろ! アウルセルに協力を仰げば、警備隊や領地軍も動かせる筈だ」
「呪詛探知の魔道具は魔力の誘引性を判別するものですから、起動させればダンジョンの力場範囲も割り出せる筈です。それを参考に退避範囲を決めてください」
「分かりました!」
キリト隊長は残ってくれた方が頼りになるのだけれど、組織同士の折衝を考えると彼は外せない。殿下やお父様は現場に詳しくないし、諜報部は役割が特殊過ぎる。
「諜報部はダンジョン領域に沿って展開、街へ向かう異形がいたなら殲滅しろ!」
「はっ、お任せください!」
「お父様は発着場へ行って。コントレイルを動かせるようにしてあるから、避難に使えると思う」
「……分かった。……はあ、はあ、君も、気を付けるんだよ?」
「うん。拘束してる襲撃者の中には、ダンジョン化の影響で変質している人もいるかもしれないから、注意して……というか、大丈夫?」
全力に近い状態で走るものだから、お父様の息は荒い。身体へ負担にならない程度には運動してると言っても、体重の分だけ体力は欠ける。
なんて思っていたら、足を引っ張る気はないとお父様は笑顔でスピードを上げた。
「はっはっはっ……! 心配は要らないよ。息が上がって見えても、まだ余力はあるんだ」
私が気にかける分だけ強がるだろうから、余計な気を回すのは止めておく。非常時には誰よりも無理する人だとも知っている。
こうして意地を張るお父様、カッコいいと思うしね。
とは言え、体力に不安があるのも事実なので、今回は後方へ回ってもらった。光魔法が頼りになっても前線には置いておけない。
「私、オーレリア、ノーラは敷地内に留まって異形を迎え討ちます。烏木の守の皆さんも付き合ってくれますか?」
「……無論!」
「こういう時の為にオレ達は雇ってもらってるっス。何処までもお付き合いするっスよ!」
「思いっきり暴れてやろーじゃねぇか……!」
「昔の同僚達にばかり任せてはいられませんからね。張り切らせていただきますよ!」
かつてのダンジョン化事件も潜り抜けただけあって頼もしい。
あの時より少人数だけど、大量の魔物が埋まっていたり竜が出たりする訳じゃないからね。
「ちょ、ちょっと待て。エレオノーラ嬢も残すのか?」
私達からすると違和感のない配置だったのに、何故だかアドラクシア殿下が待ったをかけた。
でもって当人へ視線を向けると、剣が両手と一体化した異形の攻撃を受け止めつつ、力任せに投げ飛ばすところだった。異形は頭で壁を突き破った状態のまま動かなくなる。
「…………」
「何か言いました?」
「……何でもない。其方の周辺を一般の基準で考えたのが間違いだった。人選は任せるから好きに暴れてくれ」
酷い!?
何でも私のせい、みたいな捉え方は止めてくれないかな?
ノーラが優秀な鑑定士で、卓越した水魔法の使い手だって事は広く知られている。でもその方面で有名になり過ぎて、実は近接戦闘もこなす万能タイプだって事実は意外と知られていない。
出会った頃、彼女の魔法習得は完全に独学だったので得手不得手がはっきりしていた。鑑定は生態に直結していて魔法を使っている自覚がなく、本で覚えた知識を基に魔法を習得したらしい。
“執事”さんが属性測定までは手配してくれたものの、教師はいなかったから、初期の時点で教わる筈の強化魔法を習得する機会もなかったのだとか。順番も出鱈目で、基本を飛ばして高度な魔法を覚えていたりしていた。
魔力操作を身につけた時点で強化魔法を習得できなければ、機会はそのまま失われると言われていた。だからノーラには時期を見計らって強化魔法練習着を貸そうと思っていたんだけど、いつの間にかその必要はなくなっていた。
何しろ魔法そのものを見る彼女は、私達を観察しながら独学で身につけた。しかも、通常の強化魔法じゃなくて、ノーラは私のラバースーツ魔法を模倣する。
さっきも外装骨格状態で刃を受け止めていた。攻防ともに不安がない。
もっとも彼女の場合、全身を外装骨格で覆える時間は短いんだけどね。魔力量に差があるから仕方ない。
散発的に戦闘を繰り返しながら屋敷の外へ出ると、私達は異形迎撃部隊と避難誘導要員へ分かれる。ダンジョン領域は敷地を少しはみ出るくらいで留まっていた。
異形になっても私を狙う性質はそのままなのか、敵は他へ散る様子を見せずに追ってくる。街へ出られるのが一番厄介なので都合がいい。
なんとなく誘蛾灯気分だけど、ワーフェル山の時みたいに少ない戦力を更に分散させないで済むよね。諜報部って保険もある。
迎撃部隊である私は広い庭へ出たところで反転すると、外装骨格へ魔力を籠めて高圧魔力の刃を伸ばした。
―――ザシュッ!!!
そのまま地面へ振り下ろし、私達と異形の間へ境界を引く。既にダンジョン領域内なので魔法は吸われてしまうのだけれど、高圧魔力なら容易く切れる。勿論、異形に対しては過ぎた武器でもある。
「意識が残っているとは思いませんが、一応警告しておきます。その線を越えたなら、元人間であろうと一切の容赦はしません。何度甦ろうと、殺し尽くしてあげましょう……!」
ダンジョンが再生する時点で、彼等は魔物と判断するしかない。
私達の背にはラミナの民がいるんだから、元人間だと怯んだりしないよ。
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