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魔窟 再び

「うわああああああーーーーーっ!!!」


 何がなんだか分からないまま、とにかく私は魔力波集束魔法を撃った。

 相手が一応血の繋がった人間だとか頭にない。それより、叔父様に突然起こった悲劇を受け止めきれずに呆然としたままのお父様が異形の近くにいる。次に襲われる可能性が高い。

 それだけは絶対にさせちゃいけない!


 無属性の基本、魔弾魔法を昇華させた私のオリジナル。魔力を高圧に収束させて撃ち出した複数の閃光が異形を灼く。

 右腕、腹部、肩部、そして顔の半分を消失させて、祖母だった異形は動かなくなった。


 人を殺した訳だけど、それを気に留める余裕が私にない。


「お父様、大丈夫!?」

「あ、ああ……、助けてくれてありがとう」


 現実へ立ち戻りながらも、お父様は叔父様が落ちていった方を気にかけている。

 私だって、助けられるものなら助けたい。でも半身を失ったまま階下へ落ちて、魔法でどうにかできるレベルで済んでいるとは思えなかった。どう考えても命を繋げられる状態にない。


 その前の段階で守らないといけなかったのに、お婆さんの変質に気付いてなかった。こんな事になるなんて考えもしなかったせいで、兆候を見逃した。


 そして、異形への変貌はお婆さんだけに留まらない。

 ラミナ元伯爵夫妻、アバリス元教皇、血を流して倒れていた彼等も獣声を上げながら起き上がっている。


『ノ゛オォォーース、マア゛ァァァァァグゥーーーーーーッ!!!』


 しかも、その変質状態は各個人がばらばらだった。

 ガウディエス・ラミナは白骨が露出して肉の身体とそれぞれに動き、元伯爵夫人は首と右腕が異様に伸びて口が大きく裂ける。元教皇の腰からは複数の手足が生えた。


「子爵、一体何が……?」

「分かりません。けれど、尋常でない事態なのは確かです」


 不思議現象に一番詳しいのは私だろうとアドラクシア殿下が私を頼るけど、私も答えを持ち合わせていない。


 とは言え、似た現象は見た覚えがあった。

 あの時とは状況が違うからまさかとは思うけど、強いて挙げるなら―――


「スカーレット様、あれ!」


 心当たりを告げようとした私を、ノーラの叫喚が遮った。

 彼女が示した方を確認しようとして、私も異常に気付く。銃声に対処する為に一部だけを吸収して、大部分を周囲へ撒き散らしたまま放置していたモヤモヤさんがお屋敷の下へ流れていく。自然現象ではあり得ない。

 そしてその流れの先は、ノーラが指し示した方向と一致している。


 更に言うなら、そこは叔父様が落ちていった場所でもあった。


「魔力があの一点へ収束していますわ!」

「魔素があの一点へ収束しているね……」


 今度は私とノーラの指摘が異口同音に重なった。彼女と私は別のものを見ていながら、同じ現象を異なる角度から捉えている。

 当然、お婆さん達の突然の変質も無関係だとは思えない。


「つまり、あれって叔父様?」

「わたくしには魔力の輝きが強くて見えませんが、その可能性は高いと思います」


 私もモヤモヤさんが濃いせいで、黒い何かとしか映らない。


「何か分かったのか、子爵?」

「確実な事は言えませんが、おそらく大規模魔法が暴走しているのだと思います」

「何!?」


 敗北を受け入れた時点で、叔父様は魔力の減衰効果を止めた。でも、大規模魔法は運用する魔力が膨大になる。短時間で止めたせいで、その魔力が行き場を失くしてしまったんじゃないかと思う。

 現に今も、魔法の中心であった叔父様へ魔力と魔素が集まり続けている。


「だが、ジャスパーが害されるより前に異常は発現していたのだぞ?」

「叔父様は魔法効果の収束に私への悪感情を利用しました。けれど、憎悪や怨恨といった負の情念は魔法を歪めます」

「虚属性……、いや、この場合は呪詛属性か」

「はい、その通りです」


 伯爵邸へ突入した段階で、呪詛魔道具の気配はなかった。

 けれど大規模魔法が発動した事で、呪詛と同じ効果が発生してしまった。しかも減衰の収束を止めてしまったものだから、媒介となった各人の恨みで魔法が歪曲した。


 こちらの警戒は分かるのか、異形3体は第9騎士隊と睨み合ったまま膠着していた。それでも、私へ向く憎悪は消えていない。


「私へ飽き足らない憎しみを滾らせていた彼等が、銃弾に倒れた状態で抱いていた願いは何だったと思いますか?」

「其方への復讐……、それを可能とする手段、奇跡と言ったところか?」

「そうですね。このままでは死にきれない。私を引き裂きたい、罵りたい、嬲りたい……。そんな心象に応えて、身体が変質したのではないでしょうか?」


 生意気な私を引き裂きたいと思っていた祖母には強靭な腕と爪、子息の恨みを晴らすまでは死に切れないと元伯爵の身体は死を超越し、私への恨み言を溜め込み続けてきた夫人には大きな口が、立場を追われた恨みの分だけ私を苦しめて慰みとしたいと願った元教皇にはその手段に応じた腕が生えた。

 私を許せないって強い想いを、大規模魔法が現実へ変えた。負の感情で随分歪んでいるけど、変身魔法と言えるのかもしれない。


 って、ちょっと待って!


 このお屋敷で私を逆恨みしてるのって、ここに居る4人だけじゃないよね!?

 大規模魔法は叔父様が集めた条件に適合する全員の悪感情を利用してた訳だから、変質する可能性もその全員に及んでおかしくない。


 拙い、拙い、拙い!


 変質した後はどう考えても人間には見えないから、いきなり魔物の巣へ放り込まれたのに等しい。そして多分、絶命の瞬間まで恨みを晴らそうと追い縋ってくる。殺し切るのは簡単じゃない。


「つまりレティ、この状況を解決する為には魔法自体を止める他ないと言うんだね?」

「……うん。呪詛属性で歪んだ魔法が独り歩きしてる状態だから、自動的に止まるって事はないと思う」


 むしろ、術師である叔父様が死んだせいで状態は悪化した。

 叔父様には私に対する恨みなんて初めから無かったし、敗北を受け入れていたから変質の条件は満たさなかった。それでも魔法の中心ではある。だから代わりに、急激にモヤモヤさんや魔力を集めて、魔法を支える為の何かへ変わろうとしている。


「それなら、ジャスを止めてやってくれないか?」

「……いいの?」


 スクノでやったみたいに、魔力を供給する機構を切り離すって方法もある。魔力減衰の影響と、突入部隊が展開しているから魔素や魔力が満ちているだけで、無尽蔵に供給するような媒介はない。

 ただその場合、どうしても作業に時間を必要とするのだけれど。


「誰かが犠牲になる前に、魔法の部品となってしまったジャスを解放してやってほしい。頼めるかい?」

「そう、だね。叔父様は私に挑戦したかっただけで、無秩序に被害を広げたいとか思ってた筈がないからね」


 魔力減衰の大規模魔法は芸術品みたいに精緻な出来栄えだった。それを、怨念に塗れた異形生成装置のままになんてしたくない。


 現状、モヤモヤさんや魔力を取り込み続けている。当然、生半可な魔法は通じないし、あれだけ高圧の魔力体となると銃弾くらいは弾いてしまう。魔力が物理へ干渉できるエネルギーだから、過度に収束すると強固な塊となる。私の強化外骨格(パワードスーツ)魔法みたいなものだね。


 煌剣(オーレリア)に任せようとも思えないから、箒をアーリーに持ち替えて魔力を集束させた。


「……ごめんね、叔父様」


 謝罪を口にして、魔力波集束魔法を撃つ。

 臨界魔法には及ばないまでも、高圧の魔力波が叔父様を消滅させる―――筈だった。けれど、ここで私は大きな失態を犯した。


 1つは自分の消耗を把握しきれていなかった事。

 減衰でほとんどの魔力を失って、一部は補給したものの、万全には程遠い状態だった。そのせいでいつも通りに魔力が練れなかった。


 もう1つは魔力の吸引性を甘く見た事。

 魔力波集束魔法なら吸収機構ごと大規模魔法の核を消滅させられると過信した。


 けれど実際のところ、放った魔力波集束魔法は分解されてそのエネルギー全てを取り込まれた。

 そして、高濃度の魔力を得た事で暴走した大規模魔法は更に脈動する。


「これって……?」


 遺体を中心に、物理法則が書き換えられた感覚が広がる。しかも、その独特さには何となく覚えがある。


「力場、ですわね。今はお屋敷の敷地内程度ですけれど、おそらく大規模魔法が展開する範囲全てにまで影響が広がると思われます」

「それ、かなり広いよね」

「はい、最終的にスケイラ中へ及ぶのは間違いありませんわ」

「それはつまり、領都の全てであのような異形が発生すると言う事か?」


 テロ事件の首謀者を捕らえて幕引きにする筈が、思ってもみない事故へ転がって殿下も顔色が悪い。


「いえ、異形化と力場は別ですわ。初めから大規模魔法に取り込んであった人物以外が変容する危険はないと思います」

「あれは、私への恨みを魔法効果の収束に利用するものでしたから、無関係の人が巻き込まれる心配はありません。もっとも、異形化しないと言うだけで、危険がない訳ではないのですけれど……」

「どういう事だ? 何が起きる?」

「それは……あれを見ていただけると分かりやすいかと」

「うん?」


 私は祖母の遺骸があった筈の場所を指し示す。

 ただし、そこにはもう何もない。私達が会話していた短い間に、早送りで見ているような速度で朽ちて、既に床へ吸収された。


「ど、どうしてあのような事が!?」


 異常な事態を目の当たりにして殿下が慌てる。

 普通に考えて、あんな速度で風化するとか現実ではあり得ない。でも1つだけ、その非常識を可能とする場所がある。


 異形を生んだ状況を見て、まさかとは思った。

 際限なくモヤモヤさんを吸う様子に不安を覚えた。

 発生時の現象自体を目撃した例は過去になくて、これがそうだとは受け入れ難い。


『ノォスゥゥゥゥマ゛ァァァァッグゥゥゥゥゥゥッ!!!』


 それでも、強靭で鋭い爪を持った異形が階下に再び姿を現しているのを見ると、そのまさかの可能性を否定できない。


「この一帯がダンジョン化しました。彼等は既に魔物、力場が存在する限り完全に滅する事はできません」

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

申し訳ありませんが仕事の方が忙しくなっておりまして、今回のように更新が不定期になる事態が続くかもしれません。できる限り早く元のペースに戻せるように頑張ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかのダンジョン再び…これは予想外
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