乾坤一擲
サブタイトル変更しました。
本文には手を加えていません。
ノースマークらしい気質、そう言われて今度は不快な気持ちにならなかった。
爵位を継ぐ事が叶わなかったとは言え、その為の教育を受けていたからか、叔父さんの言葉が意味するところは私達と同じように聞こえた。
「おかげで、条件が整ったよ」
「条件? ジャス、まだ何か企んでいるのか? 娘の殺害を目論み、国家への反逆に手を貸し、一体何が目的なんだ!?」
「ああ、うん、結果的にそうなってしまったけれど、俺は条件に合致する人間を集めたかっただけで、姪御の殺害だとか、飛行列車を奪取しての子爵領襲撃だとかには興味ないんだ」
あっさり態度を翻す様子に、血を流しながら痛みに呻いていたガウディエス・ラミナ達も、話が違うと驚きを露わにする。
「どういう事です? 貴方が私の殺害を指示したのではなかったのですか?」
「それ自体は否定しないよ。君をスクノへ誘導する目的があったからね。でも、不良冒険者達に呪詛魔道具を渡したのは母だ。君を殺害する事が叶わないなら、せめて部下や友人、周囲の者達を傷付けて悲嘆に突き落としたい、そう言って依頼内容を追加したそうだ」
ヴィム・クルチウスからそこまでの情報は貰っていない。手段を問わずに尋問してこの件を聞き出せなかったとも思えないから、意図的に伏せた可能性が高いかな。
情報の解釈はその精度によって見え方が変わる。それが分かって、真相があやふやなまま私を右往左往させようって嫌がらせだろうね。隠した情報へ辿り着けるかどうか、面白がって観察していたとも考えられる。
帰ったらコキオの警備体制を強化させて連中の収入手段を締め上げよう。
「母が兄さんへの鬱憤を拗らせて、その娘にまで憎悪を向けているとは気付いていた。華々しい活躍の噂が聞こえる度、周囲へ当たり散らして鬱屈を強めていたからね」
「私がお父様への恨みを加速させていたと?」
「うん。兄さんの活躍は全て俺と、俺を育てた自分が得る筈だったと思い込んでいたんだ。母の中では、俺の子供も君と同じくらい才能に富んだ子が生まれる予定だったんじゃないかな。俺や父の声も届かなかった」
遺伝とかガン無視だね。
お父様とお母様が揃わないと私は生まれようがないし、そこへ芙蓉舞衣が潜り込んでくるなんて、奇跡以外の何ものでもない。
「それでも、母が周囲を巻き込む事を良しとするなんて思っていなかったんだ。いや、こんな事を言ったところで言い訳にもならないって分かっているよ。俺は昔から、考えが浅い。いろいろと想定が甘いんだ」
「ああ、君は1つの考えを閃いた段階で視野狭窄に陥る傾向があった。予想通りにいかない可能性や他の選択が目に入らなくなる。私の暗殺も、何とかしないとと焦った結果の衝動的なものだったのだろう?」
まあ、飴玉1つ渡して終わりというのは何とも詰めが甘い。後追いがなかった事を考えれば、お父様の推測は間違っていない。出所不明の記憶によると曾祖父様も殺害したって話だから、既に毒は手元にあった。
「まあね。そうして結果的に自分を追い込んでしまうんだ。条件に合う者達を集めてここまで来てみれば、飛行列車を奪取して南ノースマークを襲う計画が進行していた今回みたいにね」
「……計画自体には関与していないと?」
「さっきも言ったけれど、言い訳のつもりはないんだ。その程度で罪を免れるとは思っていない。俺はただ、場を整えたこの地へスカーレット・ノースマーク、君を招ければそれで良かった」
「レティを? 君の目的はレティなのか!?」
「うん。飛行列車の奪取が上手くいってしまったなら、妨害も考えなければと思ってはいたよ。でも、彼等の目論見は成功しなかった。こういった場合の備えは既にあった訳だからね。ガウディエス達の甘い構想より、大魔導士殿の危機管理意識の方が上だった。だから、俺はただ待っていれば良かったんだ」
私を殺害しようとした冒険者を尋問すれば、私は確実にスクノ島へ行く。そこで大規模魔法に気付くところまでが織り込み済みだったってところかな。
その後は魔法の痕跡を追おうと、反逆者討伐の要請に応えようと、私がここへ来るって結末は変わらない。放っておいたなら、私を呼びよせる挑発が届いたのかもしれないね。
「目的はノースマーク子爵と言う訳か。しかし、どうも分からんな。ガウディエス達と目的が違うなら、ここへ至る前に袂を分かって仕切り直すと言う選択肢もあったのではないか?」
普通の神経ならそうすると思う。
何しろ、ここに居る首謀者達の処刑は、毒を飲む事になる。魔物毒を特別に調合した劇毒で、一口飲んだ時点で手遅れってくらいに体を蝕む。にも関わらず、死が訪れるのは三日三晩苦しみ抜いた後って恐ろしい結末が待つ。
国家への反逆を犯した者への斬首より重い刑罰で、最近ではガノーア元子爵が飲んだ。彼は他領へ攻め入ったつもりで、国の直轄領に住む民を虐殺したからね。当然、エッケンシュタイン元伯爵も同じ末路を辿っている。
アウルセル氏がそうであるように、途中で彼等を売るとかしていたならその最悪は免れていたと思う。命が助かるとまでは言わないけれど。
「殿下と無関係の乗客を巻き込んでしまった事は申し訳なく思いますが、私の挑戦は今をおいてなかったのです。姪御を殺害しようとして領地へも不利益をもたらした俺を、この期に及んで庇うほど兄も甘くないでしょう」
「……」
「それに、これだけ条件の整った場は二度と再現できるものではありません」
「ジャス、君はどうあっても大規模魔法を発動させると? 何がそこまで君を動かす?」
大規模魔法を支える媒介はスケイラ中へ散っている。それらは入念に偽装してある上、魔法の発動前はノーラでも探せない。
どんな効果があるにせよ、私がいるなら伯爵邸突入メンバーくらいは守れるだろうと攻略を決定した。とは言え、発動したなら媒介の1つ2つ壊すくらいでは効果が薄い。殿下達を確実に守ろうと思えば、術者である叔父さんを攻撃する他ない。
しかも、さっきの防護壁の事を考えると、その場合は加減できると思えない。
つまり、叔父さんが毒杯を呷るとするなら目的を達した後、失敗したなら命はここで消える。
叔父さんの余裕はそこに起因しているのかもしれないね。そして当然、用意した手段の自信も窺える。
「俺は兄さんに次期侯爵の立場を追われた。その事自体が間違っているとは思わない」
「そうなのですか? 一緒に逃亡したものですから、てっきり同調したものと思っていたのですけれど」
「俺は母とは違うよ。この人を連れてきたのは、上手く誘導したなら条件に合致させられるかと思ったからだ。思い込みの激しい人だからね。さっき言った通り、君の気質のおかげで俺にとって都合のいい方向へ流れてくれた」
執着していた次男からは道具扱いだったらしい。当の本人は震えて蹲りながら、「あの子の娘らしい野蛮人」だとか、「人でなしどころか人じゃないなんて……」とか、殆ど聞き取れない音量で恨み言を垂れ流し続けている。
「事実として兄さんの統治下で領地は栄え、かつての侯爵家の威厳を取り戻し、戦時中にあった俺の失敗でノースマークを貶める声も今はない。俺には決して成し遂げられなかった事だ。素直に称賛するよ」
「それなら、何故……?」
「俺が愚かだった事は間違いない。領主として、兄さんの方が優れていた事も確かだ。だからと言って、俺が無能だった訳じゃない。方向性が違っていただけで、才能が劣っていた訳じゃない。俺は、それを証明したかった!」
「え?」
「兄さんはスクノの統治に携わらせて挽回の機会をくれたみたいだったけど、俺にそれを物にする才覚はなかった。だから、代わりに俺が得意とする分野を磨いた」
その結実が大規模魔法。
複数人が寄り集まって発動させる技術を個人の技巧に変えた。
「あの日話した通りだよ。多大な成果を示して俺に向いた周囲の認識を覆す。初めは、兄さんとノースマークの人間に見直してもらえるだけの成果を見せれば良かった。……でも、魔導士が生まれて目標が変わった!」
王国史上17人しかいない埒外の魔法使い。
魔法を志すなら誰もが憧れ、自分もそうなれたらと夢を見る。しかも叔父にとって、それは兄の血を継ぐ身近な少女だった。そこへ執着が生まれたのかもね。
「彼女を打倒すれば、誰もが俺の名を知る! 俺を無能だなんて蔑む声は何処からも聞こえなくなる! それは、全てを捨ててでも挑む価値がある!」
「ジャス……」
「スカーレット様、来ます!」
ノーラに警告されるまでもなく、大規模魔法が発動するのだと分かった。お父様は私を庇うように前に出る。私はそんなお父様ごと全員を守れるようにウィッチを抜いた。
「スカーレット・ノースマーク! 俺は君に恨みはない。俺が間違っている事は百も承知だ! それでも俺は頂に挑む! ここまでの奮励が無為に帰すのか、実を結ぶのか、君が魔導士ならその答えを見せてくれ!」
あ、拙い。
そう思ったのは直後の事だった。
てっきり広範囲へ影響を及ぼすと思っていた大規模魔法の効果が私のみを襲う。当然、魔力を集束させた分だけ効力は跳ね上がる。
私の視界が一瞬で黒く染まった。
誘導された。
スクノへ呼び寄せたのは大規模魔法を見せつける為じゃない。効果が広範囲に及んで、私なら対処可能だと油断を誘う為だった。まんまと罠に嵌まった。
目標が私だけなのだと宣言された時点で、もっと警戒するべきだった。
効果は瞭然、力が突然抜けて、立っているのも難しくなる。
魔力の減衰。
大規模魔法の実例で知られる作用を束ねて私を狙う。想定外の事態に混乱しそうになる中、叔父さんのいた筈の位置から銃声が聞こえた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
申し訳ありませんが仕事の方が忙しくなりまして、更新が不定期になるかもしれません。できる限り早く元のペースに戻せるように頑張ります。