家族の結末 2
「侯爵家から除名されようと、私はまだ貴族です。お兄様が見捨てる筈ありませんもの」
「国家反逆に加担しておいてですか? 貴女が自己正当化を拗らせるのは勝手ですけど、それを周囲にまで期待しないでください。王族が出征するほどの事態になったのです。当然、血族なら関与の有無を調べるに決まっています。チオルディ伯爵がこの件に手を貸したかどうかに関わらず、今頃は貴女との繋がりを消す事で必死でしょうね」
あの家は婚姻で家を繋ぐ事で影響力を強めてきた。貴族ならどこにでもある話ではあるけれど、派閥を考慮しないで血縁範囲を広げる家は珍しい。お婆さんのノースマーク入りもその例に漏れず、何代か前には王族へ迎えられた人もいる。
かなり遠縁でも貴族籍に残すのが特徴で、商家や著名人といった下手な貴族より影響力を持つ人物であっても結婚相手としては選ばず、爵位のある相手を優先する。
零細男爵家だったキャシーのウォルフ家と、派閥違いで爵位に差があるマーシャのキッシュナー伯爵家が親戚同士だったのは、この家が間に挟まっていたからだね。叔父さんとガウディエス・ラミナの繋がりも似たきっかけになる。
そう言った特色のせいか、特権意識の高さも目立つのだけども。
当主や領地で重要役職に就く人物を狙って発言力を高めるのが目的なので、不倫、性加害といった非難されやすい不祥事を起こしたり、継承者争いに敗れて失脚した場合はドラスティックに切る傾向にある。
その点からすると、スクノ島に幽閉となったフクスィア・ノースマークとチオルディ伯爵家との繋がりが続いているとは思えない。
「まったく……、父親と同じでつくづくノースマークらしい小娘ですね」
「どういう意味です?」
貴族である事を自覚して、他者より多くの義務を進んで背負う。
それがノースマークらしいって事だと私は学んだ。でも、祖母の口から漏れ出るノースマークって言葉には侮蔑の感情が漂う。
「正しい事を口にするだけで、人の気持ちを理解しようともしない! そう言っているのですよ」
「はあ?」
「考えた事がありますか? 嫁としての役割を全否定された女の気持ちを! 父親怖さで妻の悲嘆に寄り添えない男を夫に迎えた気持ちを! 侯爵夫人となって僅か数年で息子に追い落とされた私の気持ちを!」
「だから領地を抜け出し、国への造反に手を貸したと? まるで言い訳になっていませんね」
「そうして、正しさだけを盾に他者を追い詰めるところがノースマークだと言っているのです! 少し功績を上げたからと思い上がって他者を貶める事に躊躇しないその様子、お前の父親にそっくりです」
ムカッ……。
「お前の父親もそうだったのですよ。引き籠って本を読む時間が長かったおかげで少し成績がいいからと、私のジャスを貶めたのです。弟を補佐するのだと殊勝な事を言いながら、将来仕える事になる弟を立てようともしない……。それはそうですよね、口先だけ私達の希望に沿うような事を言って、健康に恵まれたジャスを排除する機会を窺っていたのですから!」
どこからともなく湧いてきた記憶と随分違うね。
「かわいそうなジャス、性格の悪い兄を持ったせいで劣っているのだと周囲から笑い者にされて……。おまけに、まんまと家督を手に入れたと思ったら、心のさもしさそのままに醜く太って、見苦しいったらないでしょう? そして今度は娘が爵位を得るよう仕向けて、功名心を満たす道具ですか?」
とは言え、出所不明の記憶な訳だから、真偽のほどは分からない。なので、いちいち訂正しようとか思っていない。
と言うか、そんな事、今はどうでもいい。
「私のお父様を、馬鹿にするな!」
吠えた。
黙っていられなかった。
魔力枯渇状態で目が覚めると同時に、何故だかノースマーク侯爵家の昔の事情が頭に入っていて以来、胸の内に燻り続けていた感情が爆発した。
激昂と同時にお婆さんが立つ露台の真横から先が斬れ、大きな音を立てて地面へ落ちた。お守りの防壁とか物ともしない。
「お父様は子供らしくなかった私に不審な目を向けたりしなかった! 才能の違いで姉弟の扱いを変えたりしなかった! 立場が足枷にならないように礼節と教養を与えて、私に選択肢を用意してくれた! お父様はいつだって私達に精一杯の愛情を注いでくれた!」
「ヒッ……!」
今思えば突然“ビー玉”を作った時、脅威を覚えなかった筈がない。
それでも私に向けられた愛情は変わらなかった。
政治や経済の授業で良い成績を納める一方で魔法に興味を示す私へ、侯爵家を継ぐように強制した事は一度だってなかった。
聖女だ、大魔導士だなんて呼ばれて、国を揺るがす発明を次々世に送り出す。そんな私に対してお父様が選んだ選択は、利用するんじゃなくて支える事だった。
そんなお父様が虐げられていた事。
出来損ないなんて呼ばれたのに、お父様が傷付いた事実に誰も目を向けようとしなかった事。
私達へ向いた溢れるくらいの愛情が、望んではいけないのだと諦めていた過去の裏返しだった事。
私はそんな記憶にずっと苛立っていた。
「“私のジャス”なんて言いながら、叔父さんを自分の虚栄心を満たすための道具としか思えなかった貴女が、私のお父様を語るな!」
「…………(カタカタ、カタカタ)」
心が訴えるままに叫んだものの、お婆さんに届くだなんて期待していない。
直撃スレスレに斬撃を飛ばした時点でへたり込んで震えているし、私の憤りをぶつけたくらいで悔い改めるなら、30年以上前の悲嘆を未だに引き摺っていない。実家の教育方針も大きく影響を及ぼしてそうだけど。
それに、あれだけ強気に全てお父様が悪いんだって妄言を垂れ流しておきながら、魔法を向けられた途端に我が身可愛さで震えている様子を見てると、怒りを持続させるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
吐き出すだけ吐き出したからってのもある。
ちなみに、激昂したと言ってもお父様の前で母親を傷付ける気はないから、威嚇以上の意図は初めからなかった。
「……其方、今、何をしたのだ?」
「はい?」
「いや、お守りの防護ごと斬ったように見えたのだが、そんな事が可能なものなのか?」
それ、今聞く事かな?
ノースマーク家の時間だって察して黙っていてくれたのはありがたいから、もう少し継続してほしかった。
「煌剣と同じですよ。超絶圧縮した魔力の刃なら、魔法も斬り裂けます」
「随分易々と使っているように見えたが、聖剣に並ぶような切れ味をそれほど簡単に再現できるものなのか?」
「……時と場合によります」
気分じゃないので雑に答えて会話を終わらせた。
実際のところ、ラバースーツ魔法の延長なので私はいつでも使える攻撃方法だったりする。
私が纏う魔力の被膜は、魔力出力を上げると強化外骨格となる。この点は通常の強化魔法と大きく違うところで、身体能力向上と同時に物理的、魔法的な防御機能を備えた鎧として機能する。
その一部を薄く延ばせば刃だって作れてしまう。イメージで魔力を操作するだけなので、長さも大きさも形状も自由自在、高圧の魔力を通せば凶悪武器が出来上がる。オーレリアの極限突破風刃魔法、その無属性版だね。
「レティ、私の代わりに怒ってくれてありがとう」
お父様の手が優しく私の頭の上に乗る。
カッとなったからって赤裸々にしゃべり過ぎたと、ちょっとばつが悪い。思いの丈を吐き出した事自体に後悔はないけれど。
「あの人達は犯罪者、お父様が気遣うような価値はないよ……」
「うん、そうだね。あのままレティが断罪の刃を振るわなくて良かった。君が手を汚すほどの価値もなかったよ」
曾祖父から突きつけられた言い草には同情もする。だからって、お父様を蔑ろにした事は許せない。
血縁は確かにある。でも、あの人は家族じゃない。
そんな私の訴えが伝わったのか、改めて母弟と向き合ったお父様の姿勢は毅然としたものだった。
「母様、そしてジャス。レティの魔法は今見た通り、抵抗は無意味だ。どんな手札を隠していたとしても、今更逆転の可能性はない。投降しろ」
「うん。想像以上……というか、想定できる範囲にいないと分かったよ。そのノースマークらしい気質もね」
漸くジャスパー・ノースマークが口を開く。けれど、平静が崩れた様子は未だなかった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
申し訳ありませんが仕事の方が忙しくなりまして、更新が不定期になるかもしれません。できる限り早く元のペースに戻せるように頑張ります。