呆気ない凋落
ラミナ伯爵邸はT字型の構造となっており、右翼と左翼の制圧に時間を必要とした。突入の時点で激しい戦闘となり、奥部への侵攻は断念した。かなりの騎士を伏せていて、諜報部と第9騎士隊だけでの侵攻は厳しい。
練度は勝っているだけにちょっと悔しいよね。
そこで、私が魔法で右側への通行口を塞いで、混乱している隙をついて左から順に攻略していくことにした。塞ぐと言っても窓や勝手口、全ての出入りを止められる訳じゃないので素早い作戦遂行が求められる。
おまけに無闇に敵意が高いものだから、できるなら尋問の為に生かして捕縛したいところを、無力化を優先する方針へシフトした。敵側の命と味方の損害、どちらが重いかなんて決まっている。
「どうも時間を稼がれている節があるな」
「大規模魔法の備えがある事を考えれば当然の戦略でしょう。かと言って、後方から襲われる危険を考えれば順次制圧へ戦力を割かない訳にはいきません」
「ふむ、儘ならないものだ」
できるなら、殿下にはお屋敷の外で作戦成功の報告を待っていてほしいところなんだけどね。その方が殿下の守りを固めないで済む。
でも、殿下は首謀者捕縛へ自ら乗り出す事を選択した。
戦闘を後方で見守るか、伯爵邸の外で経過だけ受け取るか、特に役割がない点では変わらない訳だけど、周囲へ与える印象は異なる。
反逆を王族が収めたと知らしめる為にも突入部隊への同行は必須なのだとか。
殿下の安全を優先する立場の近衛からも、反対意見は出なかった。万が一の場合でも、私って超常戦力を当てにしている節が窺える。
ちなみに、今回の私はキリト隊長達と同じで貴族扱いじゃなくて、戦力として数えられている。おかげで、叔父さん達と向き合いたいお父様の同行も許される運びとなった。
「それにしても……」
殿下の向けた視線の先には、ウィードさんが索敵しながら指揮を担当、クラリックさんが縦横無尽にお屋敷を駆けて、グラーさんがどこからともなく、後方から追ってくる騎士へ襲い掛かっている姿がある。彼等を突破してもニュードさんって壁が魔法も銃弾も通さない。
彼等がいるから最後尾にいても不安はないね。
「其方の護衛と聞いていたが、実に頼りになるものだな」
「彼等は元々冒険者ですからね。ああして暴れる方が性に合っているのでしょう」
護衛対象に張り付いて警戒の網を張る、そんな近衛と違って能動的に敵を排除する。私としては頼もしい事に違いないけど、殿下的には衝撃だったらしい。
ちなみにグリットさんはキャシー、ヴァイオレットさんはマーシャに付いていて不在、戦力的に不安のあるフランはお留守番だったりする。殿下も文官寄りの側近、お父様の場合はハイドロを連れていない。
屋敷の制圧は順調だった。
配置戦力数に違いがあると言っても、室内って行動が制限された戦場ではその有利性を活かせない。私が移動経路を限定したのもあって、元伯爵に同調した騎士達を次々と撃破していった。
個人の戦力に差があるのだから、私達が先へ進むほどに敵側は数を減らして戦況が傾く。多少の負傷は端から私が癒し、防御ごと斬り裂く超常戦力までいて、数的有利だけで優勢に運べる筈もない。
抵抗が激しいため、倒れた時点で五体満足な者は少ない。それらへ最低限の拘束だけ施して捨て置いてゆく。事態が収束した後で息があるなら、尋問要員として連れ帰るのだとか。
お屋敷が真っ赤に染まって私の心がくじけそうになる。感情を殺すスイッチを全力で切り替えて平静を保った。
そうこうしている間に戦闘音が止んだ。
位置的には奥へと続く直線部分の中央、アウルセル氏から得た情報によると、この先の階段を登ればバルコニーへ出るらしい。
「最後の防衛部隊を突破したようだな」
殿下の判断に、索敵役のノーラとウィードさんも頷く。
最低限の護衛くらいは残しているかもしれないけど、首謀者はお貴族様らしく騎士達のずっと後方で控えていたらしい。
未だ大規模魔法の発動はない。
罠が残っている事も想定して部隊を再編制して見晴露台へ挑む。
最初に突貫したのはオーレリアだった。警戒する魔法の防護ごと扉を刻む。
「よく来たな、悪魔ども―――」
バババババババババババババ―――!!!
「「「ぐ、ぐふっ!」」」
仰々しく私達を迎えようとした元伯爵だったけれど、銃の斉射で呆気なく沈んだ。恨めしそうに私を睨むけど、指示を出したの私じゃないよ?
「宜しかったのですよね?」
「ああ、反逆者の言い分など耳を傾ける価値はない。国へ牙を剥いた時点で言葉を交わせる立場にいないのだと思い知らせるいい機会だ」
私も発着場では問答無用でゴロツキを握りつぶしたから、特に異論は挟まない。とは言え、最期は盛り上がりに欠ける結末だったね。
「どうしてこんな真似をした!」とか、「我々は悪くない!」とか、論争を交わす展開は待っていなかった。向こう側はそれなりに主張を用意している様子だったのに、その間もなく元伯爵らしい夫妻と元教皇は銃弾に倒れた。
“らしい”って言うのは、私と彼等に面識がないから。
研究室が軌道に乗ってからならともかく、事件が起きたのは入学間もない頃だったから、貴族と面会する機会はほとんどなかったんだよね。侯爵令嬢的には、同じ立場の子息令嬢を相手に社交を学ぶ筈の時期だったので。
元教皇には一応見覚えがある。強制的なダイエットに成功したみたいで見る影もないけど。
ちなみに彼は教国を放逐されている。追放で罪を雪いだ代わりに、元教皇って立場は意味を成さない。王国的には流着した一般人でしかないから、彼が握っている情報以外に価値はない。容赦する筈もないよね。
「おのれ、おのれ、おのれ、おのれ……!」
「敢え無い幕切れだな。かつては大領地であったラミナもこれで終わりか」
未だ私へ呪いの言葉を吐き出すガウディエス・ラミナを殿下は冷たく見下ろす。貴族であったことを放棄して恨みだけを滾らせる様子に、怒りを通り越して侮蔑を向けた。
個人で報復を目論んだならその罪は周囲へ波及しなかったのに、彼等は民を巻き込む事を選んだ。
「偶然得た戦功すら泥に塗れさせるとはな。領地で英雄扱いを満喫していた貴様に残るのは、エッケンシュタイン元伯爵に並ぶ悪名だ」
「そもそも、一緒にしないでいただきたいです。父は戦功を誇った事などありません」
「違いない。アルケイオス殿は自ら活躍を吹聴しないからこその英雄だ。頼り甲斐が違う。“英雄”などと持て囃されながらも、決して王国軍へ招聘される事のなかった事実に、ラミナの民も気付けていればこんな事態を避けられたものを……」
ガウディエスのラミナ領での扱いを聞いた時点から思うところがあったのか、オーレリアも不快感を露にしていた。
積極的に戦闘へ加わったのも、苛立ち故だったのかもしれないね。
「あの女が、あの女が、あの女が、あの女がぁ……っ!」
そうして侮辱されて尚、ガウディエスとの会話は成立しない。
「どうして私達がこんな目に遭うのです? 悪いのは息子を殺したあの女ではないですか!? 息子が、あの子が生きてさえいれば、私達もこんな暴挙に出ずに済んだのです……!」
夫人の方はいくらか正気が残っているように見えるけど、感情的になるばかりで対話できる様子はない。追い詰められた今は揃ってこんな状態でも、発着場襲撃の時点では指示を出せる余裕があったのかもしれない。
「これは……、突入時の銃撃は余計だったか?」
「かも知れませんね。窮地で心が脆くなっていたところにあれで止めを刺したとは、十分に考えられます」
「これは、尋問が大変かもしれんな」
「魔塔の虚属性研究で精神的な治療がどれだけ可能になっているかに期待、と言ったところでしょうか」
その分野は完全に任せてあるので私は現状を把握していない。回復は無理でも、都合のいい実験材料が手に入ったとでも思っておけばいいんじゃない?
そうなると事情が聞けそうな人物は2人しかいない。辛うじて銃撃から身を守った血縁ある2人へ、私は視線を向けた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




