因縁集う
ソールを領主邸上空へ移動させた時点で、第9騎士隊と諜報部による包囲は完了していた。門の前に集まった領民達を解散させながらも警戒の網は解いていない。
アウルセル氏からの情報で非常用の極秘逃走経路も押さえてあるし、上空から出入りを監視している部隊もいる。ノーラがいるから魔法による隠遁の可能性は潰せて、騒動に紛れて脱出するのは不可能だった。
奪取した飛行列車が動かせなくて、旗色が悪くなったからと早々に離脱した人くらいはいたかもしれないけど、捕縛した連中を尋問して全員捕まえるつもりでいる。
その尋問結果によると、ガウディエス・ラミナをはじめとした主だった指示役はアウルセル氏が領地を発った時点で伯爵邸へ移動して、それきり外へ出ていないらしい。どうも発着場を襲ってただで済むと思うほど楽天家ではなかったみたいで、奪取した飛行列車を利用できないと判明した後は屋敷で私達を迎撃する方向へ切り替えたとの事だった。
「それでは殿下、後は宜しくお願い致します」
領民を解散させる役目を終えたアウルセル氏は深く頭を下げると、騎士達に連行されていった。先代伯爵の断罪まで付き合いたいところかもしれないけど、咎人でもある彼をこれ以上同行させる訳にはいかない。それでも、諦観に塗れた人質だった時点と比べて、いくらか満たされて見えた。彼は間違いなく、戦闘に巻き込まれる筈だった領民を救った訳だからね。
彼は発着場で拘束されたままの襲撃犯達と違って、対策本部として接収した領主邸傍の文化会館での勾留となる。
ちなみに、救出した人質達もそこにいる。一時的な保護ならともかく、王族専用車両に一般人をいつまでも留めておけなかった。
捕縛者からの情報に嘘はなく、敷地内へ踏み込んだ傍から騎士モドキや冒険者崩れが次々と襲ってきた。覚悟が決まっているのか、退く様子はない。
それらを迎撃するのは第9騎士隊と諜報部の戦闘部隊に任せて、私の役割は殿下を含めた後方の防護。キリト隊長達が確保したお屋敷の廊下を警戒しながら歩く。景気付けの為に門は派手に壊したけども。
殿下は勿論、流れで同行してきたお父様やノーラを守らなきゃって理由に加えて、大規模魔法に備える為って意義が大きい。
戦争利用を目的に発展してきた魔法だから、スクノ島のような精神に干渉する使用法の他、生命力を徐々に減衰させて最終的に死に至らしめるなんて効果も確認されている。
ノーラによると今は発動していないって話だけど、後手に回ると想定外の損害を受けかねない。だから、私の魔力で広く覆って壁にしてある。
尚、突入と同時に風となったオーレリアは守る対象に数えていない。
「死ね! スカーレット・ノースマーク!!」
「―――させません!」
キリト隊長に急所を撃ち抜かれたって言うのに、最期の力を振り絞って私へ一矢報いようと武器を向けた騎士をオーレリアが斬り伏せた。
「ぐ……! おのれ、無念だ……」
事切れる直前まで憎悪が滲む。どうにも妄信や金銭欲では説明できない気迫を感じるよね。
「其方に随分と恨みがある様子だったが、知り合いか?」
「いえ、全く」
「……あの様子で無関係という事はないと思うのだけれど、レティ、本当に心当たりはないのかい?」
アドラクシア殿下に続いてお父様にまで釈然としてなさそうな視線を向けられた。
まさか、無自覚に恨みを買ったとか思われてる? 酷い!
でも確かに、発着場にいた騎士とは毛色が違う。
正誤はともかく騒動を最小限で収めようとしてたらしい彼等と違って、ここの騎士はなりふり構って見られない。しかも、一部の憤怒や憎悪の矛先は揃って私へ向いている。
なんでだろうと首を傾げていたら、オーレリアが答えをくれた。
「先程の男は再編成まで騎士団にいた人物ですよ。適性が不適格だと判断されて騎士団を除名となったのでしょう。そのきっかけを作ったレティを逆恨みしているのではないですか?」
「もしかして騎士団本部を襲撃した時、私が張り倒した中にいたのかな?」
「王国軍と騎士団の合同訓練で見た顔と言うだけで、私もそこまで把握している訳ではありません。でも、十分にあり得るのではないですか?」
それだけ告げると、オーレリアはまた前線へ消えた。
発着場突入前に推測した通り、テロ事件の最終目標が南ノースマーク領だって証言は得ている。並外れた風評をいくつも積み重ねている私を敵に回すには妄信だけじゃ足りなくて、私と因縁のある人物を集めたのかな。
「適性を評価して残留の可否を決めたのは私と父上なのだが、恨みの対象はノースマーク子爵へ向くのか?」
「そこは理屈ではないって事じゃないですか? 騎士団を襲撃したのは私で、ついでに除名するよう唆したのも私だってこじつけたとか、本人の思い込み次第でいくらでも飛躍させられそうな気がします」
「……うん、王族が自分達を切り捨てたのだとは思いたくない。だから、誰かに嵌められたのだと自分達の怠慢を棚上げして、他へ原因を求める者は多いだろうね。正道を歩んでいても、理不尽な恨みは買うものだよ」
お父様も同意してくれた。反スカーレット派なんて派閥ができるくらいだし、お父様と叔父さんの確執にしても不条理は満ちている。
などと話している間に、ノーラが氷漬けにした騎士には見覚えがあった。彼もまた、致命傷を負わせたノーラより奥にいる私へ憎悪を向ける。
どうもラミナ領の騎士でも特に妄信の強い者と私と因縁のある相手、同じ格好はしていても2種類の人間がこのお屋敷に詰めているみたいだね。
「彼は元軍属で、オブシウスの集いに参加していた人ですね。ダンジョン化の騒動にも関わっていた筈です」
犠牲者も多く出た騒動だったから、何とか生き延びた人達については印象が強い。それなのに、こんな事件に関与したのは残念に思うけど。
「あの団体とは和解したのではなかったか? ……あ、いや、一部の者の悔恨に同調しただけで、わだかまりを残した者がいても不思議はないのか」
「それもありますし、一時は反省しても軍を離れて生活が困窮していくうちに再び恨みを募らせる場合もあるのではないですか?」
そうだとしても、取り合ってあげるつもりはない。どんな巧言で引き込まれたのか知らないけど、国への造反に加担しておいて、その選択に同情の余地が残る筈もない。
「なるほど……、便利に頼る一方で、評判の操作にも労力を割いておかなければならないのだな。頼りになると同時に反発も生む、か……」
首謀者と対面するまでは役割もないとあって、戦闘とは関係ないところで何やら殿下が学びを得ていた。意外と余裕があるのかな。
多少の情報操作くらいで反感が消えるとは思っていないものの、扱き使われた対価に面倒事が減るなら少しくらいは期待しておこう。そう言った調整はジローシア様の得意分野だったから、今の王家に不足している部分ではあるんだよね。
「ジャスと母はともかく、ラミナ夫妻に元教皇、そしてレティを切っ掛けに立場を失くした者達……か」
「お父様?」
「レティ、君に悪感情を抱く人間を集めてある。これだけの事、準備期間や費やした労力も並大抵ではなかった筈だ」
そうだね。首謀一派は割と所在が明らかだったとして、オブシウスの集いや元王国騎士は国中へ散っている。大々的に呼びかけられる訳もないんだから、捜索も接触も楽じゃない。
どう考えても割に合わなさそうなその備えから、スクノ島に通じるものを感じてしまう。つくづく厄介な人だよね。
「そして、爵位剥奪騒動は全て君に嵌められた結果だと、元伯爵を傾慕する者達を上手く誘導しているのだとしたら……?」
「意図して私へ憎悪を集められる?」
「うん、どう考えても狙いは君だ。警戒は怠らないようにしなさい」
「はい」
戦争にまで行った私だけど、お父様と一緒に面倒事に巻き込まれた経験はない。心配してくれるのと同時に、警戒を促すくらいしかできない状況は不服そうに見えた。
今の時点で大規模魔法を発動させる気配がない訳だから、そのタイミングは私達と接触した後って魂胆なんだろうね。それだけ取って置きって事でもある。
「ノーラ、どう?」
「……いいえ、呪詛の気配は確認できませんわ」
念の為ノーラに確認してみたところ、回答は否定だった。憎悪と聞けば呪詛、その理論展開は外れていたみたい。呪詛探知の魔法に引っ掛かるものもない。近くに呪詛魔石の備えはないと思っていい。
そうなると、私へ向けた憎悪は何に使うのか?
ノーラが感情を部分的に読み取れると言っても、魔法に関連していない事象については当て嵌まらない。これ以上判断に使える材料もないから答えも出ない。
「できるなら全員を捕らえて公の場で裁きを下したいところだが、最悪の場合は殺害も許可しよう」
「ありがとうございます」
アドラクシア殿下も状況を重く捉えて、特例を許してくれた。こんなふうに虚名を捨てて実利を取ると言うか、面子に拘る王太子じゃなくて助かるよね。
それでも、ここに居る全員の命を背負った魔導士の責任は重い訳だけど。
お屋敷の制圧は順調に進んでいた。余程私が憎いのか抵抗が激しいとは言え、キリト隊長達や諜報部、オーレリアを止められるほどじゃない。一部が負傷しても、補充戦力や回復薬の用意には大きな差がある。対面の時は近い。
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