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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
新時代のダンジョン編

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伯爵邸の門前にて

 ラミア領の伯爵邸には大勢の領民が詰めかけていた。

 発着場が突然立ち入り禁止となって周辺を騎士が取り囲んだのにはじまって、銃声を含む戦闘音、その後は騎士や不審人物達が拘束されて警戒する人員が王国所属の騎士へと変わった。更に王族専用車両がスケイラ上空を旋回し始める。

 一体何が起こっているのかと領主邸に説明を求めるのは自然な流れだと思う。


 私達はこの事態を避けたかった。屋敷の制圧に事件へ関わりのない一般人を巻き込んでしまう。

 反旗を翻した領地の人間へ配慮はできない。かと言って、扇動する人間が紛れている可能性もあるから説得も難しい。先代が下手に人望を集めているものだから、国家側の横暴を訴えられて暴動に発展する危険があった。


 そこで、アウルセル氏の出番となる。


『皆、落ち着いて聞いてほしい』


 ソールを低空位置で固定して、演説用に謁見車両の屋根と側壁部を展開してアウルセル氏が姿を晒した。その後方にはひと目で王族だと分かるレベルに着飾ったアドラクシア殿下が鎮座する。

 謁見車両なので、殿下が座る場所とアウルセル氏には明らかな高低があり、立場の違いも見せつけていた。


 領主邸でなく飛行列車から姿を現した彼を確認して、押し寄せた人民には僅かな戸惑いが混じった。


『既に私はラミナ伯じゃない。爵位は国王陛下の意向によって剥奪された。だから、本来ならこうして皆に語り掛けられる立場ではなくなった』


 突然の告白に集った民衆に驚愕が広がる。無能だと噂していても、爵位を取り上げられるだけの事態が尋常じゃないってくらいは伝わる。これからのラミナ領がどうなるのかと、不安を抱いた人間も多かったと思う。


『無能の言い分など聞く耳持たない。領主でなくなったなら、尚更聞く価値はない。声を聞かせて欲しい相手は私ではない。そう考える者は多いと思う。だが、どうかただのアウルセルへと堕ちた私の言葉に耳を傾けて欲しい』


 アウルセル氏は領民の反応を確認しながら言葉を繋げる。

 そしてその声は領主邸の前に集まった人々へ向けてだけでなく、私の拡声魔法で領都中へ届く。

 ただ声を大きくするんじゃなくて、音量を保ったまま広範囲へと声を広げる。

 私達の目的は彼等を穏便に解散させる事。でも、アウルセル氏の目的は領主としての使命を全うする事。だから、彼の意思をできる限りの範囲へ伝えるべきだと思った。

 その甲斐あって、アウルセル氏の演説に関心を抱いて新しく顔を覗かせる姿がちらほら見えた。


『何が起きているのか知らないまま、騒動が過ぎ去るのを待つ他ない状況に耐えられず、こうして集まった皆に経緯を説明しておこうと思う。先程告げた通り、私は爵位を失い、ラミナ伯爵領もまた取り潰しとなった』

「「「―――!!!」」」


 告げられた事実に、眼下の人々は騒然となった。

 廃領の決定は彼等の生活に直結する。国の管理下に置かれるのだけれど、鉱山も枯れて、取り潰しとなるような領地が優遇される筈もない。

 暗い未来を突きつけられた民衆は、ふざけるなと怒りを滲ませるのが分かった。現状、その矛先はアウルセル氏へと向いている。辛うじて非難の声が上がらないのは、彼が王太子殿下と一緒にいるからってだけなんじゃないかな。

 彼等が祭り上げる“英雄”様が暴走した結果だなんて、考えもしないのだとよく分かる。アウルセル氏の後ろでアドラクシア殿下がこっそり顔をしかめたほどだった。一方でアウルセル氏は平然として見える。彼にとってこの程度の理不尽は日常だったんだろうね。


『昨日、飛行列車の発着場がとある武装集団に占拠され、乗客を人質に立てこもると言う事件が起きた』


 民衆の反応は全く取り合わずに話を進める。


『乗客の中には降車予定だったラミナの民もいた。予定の時間を過ぎても家族が帰らず、不審に思っていた者もいると思う。……まずは彼等の安否について報告しておこう。無謀にも武装集団へ反抗した1人の貴族を除き、全員が無傷だ。一昼夜、極度の緊張状態に晒され続けた精神的な負担に懸念は残るけれど、誰一人害される事無く済んだと、折悪く共に監禁されていた私が保証しよう』

「「「…………」」」

『そして現時点では、大魔導士ノースマーク子爵を含む強襲部隊が全員を解放、保護している状態にある。心労を重ねていた親族、友人達は安心してほしい』

「「「お、おおぉ……」」」


 身内について情報が得られず、事情説明を領主へ縋るしかなくここへ詰め寄せて、嘆きを周囲へ漏らしてた人もいたんだと思う。安堵の声がこぼれた。


『だが、考えてみてほしい。都市間交通網は国の利便性向上を目的に作られたもので、発着場がラミナ領内にあっても管轄は国にある。そこを襲う行為は国家への反逆に他ならない。ラミナの発展を願って発着場を作った国王陛下の恩情へ泥を塗るものだ』

「え?」

「いや、そんな……」

「まさか……」


 ざわざわと、戸惑いが広がってゆく。事態の深刻さが浸透していく。


『占拠に関わった武装集団の中に、我が領地の騎士の姿を確認している。上から命じられ、更に自らの意思で事件に関与したのだと既に吐かせた。領地の治安維持に従事する筈の一部が、自己判断で造反に加担したのだと確定した。そして、大逆を未然に防げなかった私に為政者の資格はないとして、既に伯爵位は剥奪された。王都での裁きを受けた後、ほぼ確実に私は処刑されるだろう』


 ざわめきは徐々に大きくなっていく。

 人々へ与えた衝撃はおそらく2種類を挙げられる。1つは爵位剥奪の要因が無能だからなんて生易しい判断からのものではなかった事。もう1つは不審に思えていた発着場の異常が想定していた以上に拙い事態だったって事。

 経緯を知ってみると、廃領もやむを得ないのだと理解できてしまう。


『先にも言ったけれど、私は事件勃発の時点で領地を離れていた。運悪く襲撃された飛行列車に乗り合わせたせいで巻き込まれ、騎士達は私を解放する意思を見せなかった。王太子殿下率いる救出部隊が到着しなければ、私は未だ囚われのままだったに違いない。そこで考えてみてほしい。領主であった私以外に、騎士へ命令を下せる立場にいるのは誰だろう? 大逆へ手を貸してしまうほど、この領地で妄信を引き寄せているのは?』

「―――嘘だ!!!」


 人物の特定の前に耐えかねて、誰かが否定の言葉を叫んだ。

 アウルセル氏の演説を遮ったその一言を呼び水に、罵声、非難、癇癪の声が飛び交った。

 とても収拾がつきそうにない中、アウルセル氏は民衆の熱が冷めるのを静かに待つ。


『そんな筈はない。あの人はそんな真似をしない。あの人が我々を裏切るなんてあり得ない。今、君達は口を揃えるようにそう言った。君達のその盲目さこそが、かつての領主ガウディエス・ラミナの暴走を許容した証明ではないのかい?』


 図星を突かれたのを認めるように熱が引く。

 けれど、決して受け入れられないと果敢に食って掛かる者もいた。


「お前が陥れたんだろう!? 無能扱いが気に入らなくて、優秀だった先代を見返したくて! 王子にある事ない事吹き込んだんだ!」


 既に爵位がないから不敬には当たらないとは言え、堂々中傷する様にもアウルセル氏は動じない。ただし今度は民の訴えに応えた。


『私が無能であった事は否定しない。領地を立て直せなかったのは私の不甲斐なさに違いない。内心、見返したいと思っていたのも確かだ。けれど、国の管轄施設で事件が起きた事実は覆せない』


 ここに殿下がいる事自体が貴族の関与の証明でもある。陛下は事件発生を知った時点で諜報部を動かした。緊急であっても、真偽を見定める為の材料を集める時間は確保した。

 もっとも、領地の騎士が与していたのに領主が人質の中に紛れていたとか、想定できない事態もあったけど。


『そして、虚偽の報告で王族は動かない。人質がいたとは言え、魔導士殿まで動員したんだ。ラミナを粛正するだけの証拠も集めてある。前代、ガウディエスの関与は否定できないよ』

「そ、それなら、他の誰かに騙されたんだ! あの人はいつも俺達の味方だった。あの人が領地を潰すような真似をする筈がない!!!」

『そうだろうか?』

「え……?」


 領民と征伐部隊が向き合って、未だ姿を現さない人物が彼等の味方だなんてあり得ない。


『先の戦争で功績を上げた事は間違いない。しかし、出兵した死傷者家族への十分な見舞金は支払われていない。当然の流れさ、戦費が嵩んで財政が苦しくなっていたところへ大幅な減税なんて行ったものだから、領地の余力は完全に尽きた』

「で、でも、それは俺達の生活を思って……」

『税を取らない事が、本当に君達の為になったのかな? 資金が尽きたと言う事は、他の施策を行う余裕も無くなったって事でもある。道路や公共施設は劣化したまま放置され、魔物の討伐に兵士を動員する余裕もないから地方で魔物が活性化した。年々冒険者も減っていたのだと、気付かなかったかな?』

「代わりに領主様が騎士を率いて魔物狩りに乗り出してくれた……!」

『そうだね、そんなふうに自分の活躍を誇張して伝える手管だけは上手かった。十数人の騎士と一緒に魔物領域へ入って、どれだけの魔物を間引ける? 魔物の分布にどれだけ影響するのかな?』

「そ、そうやってガウディエス様を貶めて楽しいか? お前が領主になってから俺達の生活が苦しくなった事実を棚に上げて、俺達の領主様を否定するなよ!」

『……随分と都合のいい思い違いをしているものだな』


 あんまりな妄信に私も黙って聞いていられなくなった時、先に動いたのはアドラクシア殿下だった。


『国にはそれぞれの領地の情勢について詳しく報告が入る。城には100年以上前からの記録が保存してある。それを確認したなら、領地が立ちいかなくなったのが代替わりの時点でないのは明らかだ。ラミナ領は20年近くに渡って傾き続けてきた』

「ま、まさか……」


 流石に王族は非難できないのか、声を震わせて慄いている。他の賛同者達の消沈も酷い。


『ラミナ領の統治が曲がりなりにも成り立っていたのは、一部の資産家からの献金で賄っていたに過ぎない。一部だけの勢力を優遇するものだから統治の歪みは更に広がった。しかも、そうして得た資産すら、ほとんどを神頼みとばかりに教国へ贈ってしまう有様だ。今回の事で詳しく調べて、よくこれで領地が倒れなかったと感心したぞ?』


 神頼みの効果はあったって事なのかな。おかげで余計に他力本願に傾倒したって気もする。


『それでも領地の状況がますます悪くなっていくものだから、便宜を図っていた連中にまで見捨てられ、王都で起きた令息の暴行事件を隠蔽したのが決定打となった。周辺領地との繋がりを断たれたなら、ほとんどの商人は業務に支障が出る。損害が大きくなる前に逃げ出すのは当然の流れだろう。代替わりがその時期に重なったに過ぎん』

『だからと言って、領地を上向かせられなかった私の非力から目を背けようとは思わない。これまで通り、私を非難してくれていい。その代わり、私の先代を妄信するのは終わりにしてほしい』


 殿下に信奉の意義を否定されて、ここへ集まった人々の心は完全に折れた様子だった。

 今の時点で偶像は砕いておかないといけない。国の管理がはじまってから、“英雄”の治世の方が良かっただなんて非難しようものなら処罰対象になる。ここで彼等の幻想を壊しておかないと、余計な血が未来で流れる。


『衰退を助長するような統治は行わないとは思うけれど、反抗的な態度を見せるなら容赦できる状況にない。悪逆の地となったラミナの民を慮る道理が国側にはないんだ。それでも王太子殿下は仰ってくださった、無駄な血を流したくはないと。だから、実行犯達を庇ってこれ以上ラミナから反逆者を増やすような真似は避けてほしい』


 アウルセル氏に賛同するような声は上がらない。それでも、頭から彼を否定しなければならないような空気は消えた。彼等が記憶する最後のラミナ伯爵が、“英雄(笑)”様って事態は免れたと思う。

 この様子なら、ここに集まらなかった人達や領都外へも偶像を否定する噂が流れてくれるんじゃないかな。


『これから私達は屋敷に立てこもったガウディエス・ラミナ及び、その協力者達を制圧する。現時点で姿を現さない以上、戦闘になる事態が予想される。それに巻き込まれないように皆は家に戻り、騒動が落着するまで待機していてほしい。ここがラミナ領でなくなったとしても、君達の住む土地である事実まで消える訳じゃない。私は、ここで君達が新しい生活を築いていく未来を望んでいる』


 アウルセル氏の最後の勧告に応えて、屋敷前に集合した人々は消沈したまま散って行った。そもそも発着場の騒動について情報を得たくて集まった人々がほとんどだから、心折られてまで残る理由もないと思う。


 第9騎士隊の誘導で領民達がいなくなった後、私達はソールを降下させて伯爵邸と改めて向き合った。

 領民達へ語りかけた時と違って、アドラクシア殿下の容貌には怒りが漲る。エッケンシュタイン元伯爵みたいな直接的な加害でなくても、ラミナ元伯爵が彼の国民を傷付けた事実に変わりはない。


『ガウディエス・ラミナよ、僅かにでも良心が残っているのなら投降せよ! 人質は解放した。大魔導士が事態解決の為に赴き、鎮圧を目的とした王国軍もこちらへ向かっている! 既に貴様の目論見が成就する目はない!』


 殿下の怒声と同時に、私も魔力を周囲へ広げる。ここから先にいるのは事件に加担した罪人、加減の必要はないからね。

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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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[一言] 大魔導士砲発射準備。 魔導エンジン始動、魔導砲身内にエネルギー注入。 魔導砲身内圧力上昇中、エネルギー充填90%、電影クロスゲージ明度50、 魔導砲エネルギー充填100%、対衝撃、対閃光防御…
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