アウルセル・ラミナ
「貴方が武器を買い集めていたと言う情報があります。それはこの事件を目論んでいたからではなかったのですか?」
この情報に嘘はない。
あのお茶会の大勢が知っている噂話だったし、派閥外のキトリート伯爵夫人、シャピロ伯爵夫人からもたらされた情報だから、きちんと裏も取った。
何か目的あって武器を集めていたのは紛れもなく事実で、その指示は伯爵、アウルセル氏本人からって確証も得ていた。目的の内容までは洗えなかったけれど。
「決起した連中が私の用意した武器を使っているのは事実だよ。だから私を疑うのが悪いとは言わない。だが、先程言った筈だよ、私はオクスタイゼン領へ魔物間伐の部隊借り入れを申し込みに行って来た、と。集めた武器は彼等に使ってもらう予定だったものだ」
彼自身も簡単に信用が得られるとは思っていないらしく、それほど不快感を表に出さずに答えてくれた。
「これも私の失敗の話だけれど、1年前に魔物の間引きを指示した際、繁殖状況を見誤って軍部に多大な被害を出してしまったのさ。今のラミナは自領の戦力だけで魔物数を減らせる状況にないんだ」
「国軍の地方守護師団を頼る訳にはいかないのですか?」
「勿論任せたさ。だが、彼等はラミナ領ばかりを担当している訳じゃない。かと言って、再編成した領地軍の訓練不足は否めない。外部からの助力を頼る他なかったんだ。オクスタイゼンだけじゃない、周辺領地には一通り要請した。……好ましい回答はなかったがね」
私やノースマークの不興を買うかもしれない。私の知らないところで勝手な忖度が働いてそうだね。
暴行事件の被害に遭った令嬢の一族はともかく、特定の領地とこんなに協調しない状態は国としても望ましくない。
「とは言え、断られたのは結果論だよ。助力を請うのだから、せめて武装と滞在環境だけは整えようと腐心していた。部隊貸与の返事が貰えないなら、自軍に無理を強いらなければならない。特に武器が十分でなければ1年前の繰り返しになる。だから、武器の収集には力を入れていた」
「その行動が周囲からどう映るかについて、考えなかったのですか?」
「うーん……、申し訳ないがそこまで考えが及ばなかったなぁ……。貴族との交流の機会が少ないのもあって、そう言った捉え方に疎いんだ」
普通は留守を任せられる人材がいる。貴族にとっては領地の運営と同時に社交だって重要な職務だからね。
私にとってはベネットがそうだし、今みたいに単独で行動する場合にはフランだって頼りになる。彼女の場合は能力が十分過ぎるくらいあるのに、私の傍を離れようとしないだけだね。私も離したくない。私が研究にのめり込んでいる場合には領主業務を代行してくれる。
でも彼の場合はそんな部下にすら恵まれなかった。
平民として暮らしていた筈の遠縁の一族が突然上に立つ。領主の傍を固めるのは血の近い一族だから、アウルセル氏も同列に感じられて謙る必要性を感じなかったのかもしれない。自分達が担ぐ先代の招いた結果だとは受け入れられなかったってところかな。
「つまり、貴方は役人や騎士をまるで掌握しきれていなかった訳ですね? だから、魔物討伐の為に集めた武器をまんまと反乱の為に使われてしまったと」
同情する部分がなくもない。貴族からは縁遠い生活をする筈が、突然呼び戻されたばかりか、先代の後始末を押し付けられた。伯爵家の状況はかなり悪い。にも関わらず、伯爵家の臣下達に危機感は乏しく、アウルセル氏を主として認めようともしない。
これで領地を立て直せたなら奇跡だと思う。
かと言って、先代を含めた不穏分子による国家への反逆行為を見逃してしまった以上、斟酌の余地はない。
「ああ、その通りさ。実際、発着場を囲んだ騎士は年嵩の者が多かったろう?」
「言われてみれば……」
「若い連中も実績のない私を軽く扱う事には違いないが、あいつ等はもっと酷い。今でもこの領地を治めるのは“英雄”が相応しいと信じて疑わない」
「それで改革が進む筈もありませんね」
「少しでも変更を口にすれば伝統と違うと反発される。何とか修正を受け入れさせたかと思えば、私が不在の間に元に戻る有様だよ。おかげで、王都への滞在も最低限にする他なかった」
それだと悪循環に陥る。
部下に任せきりで領地へ帰ろうとしない場合も問題だけど、彼みたいに極端な場合もトラブルが増える。
私だって領地から出るのは面倒だと思ってる。できるなら研究三昧の日々でいたい。それでも王都に顔を出すのは、領地で問題が起こった際に助けてもらえる人脈構築って側面がある。直接会って信頼関係を築いておかないと、肝心な時に頼れない。
世間の情報も適度に仕入れておかないと有事の際に動けない。それを怠ったせいで、私もこの間恥を掻いたばかりだしね。
そう言った用向きでそれぞれの領地を訪れるのは効率が悪いから、まとめて王都で交流しておく。だから貴族は王都へ集う。
でも彼の場合、領地を離れられない事情があった。何しろ、不在時に“英雄”をどう担ぎ上げるか分からないから目が離せない。
そのせいで、暴行事件の隠蔽で失った信頼を取り戻せなかったのだと思う。
「連中としては、王家が私の無能を知って失脚したなら、爵位が先代に戻るものだと頭から信じている次第さ」
「……そんな事、経緯を考えればあり得ないでしょう?」
「当然だね。けれど、彼等は疑わないらしい。事件を引き起こしたのはあくまで息子で、“英雄”はけじめを付けただけってね。先代なんてこの状況を招いたばかりか、息子が死んで以来、狂人と呼んでもいいくらいに恨みを募らせているだけだと言うのに……!」
で、その狂人の思惑に乗って国家への反逆に大勢が手を貸した訳だ。領地にある施設なので“英雄” の意向次第でどうとでもできると吹き込まれたのかもしれない。
“英雄”が言うなら正しいと妄信して……。
「それで、貴方はこれからどうするつもりですか?」
事情は分かった。経緯も理解できたし、事件の流れを知る為に必要だったピースもある程度埋まった。
全てを真に受ける訳にはいかないから、内容に関する嘘の有無は諜報部がすぐに調べてくれる。信用するかどうかはその結果を基に判断すればいい。
その上で、これまで伯爵の立場にいた人間が責任とどう向き合うつもりなのか見極めないといけない。
「昨日までの私なら、私は関わっていない、どうしようもなかったのだと、みっともなく言い訳を重ねたのだろうね……」
「どれだけ言い募ったところで、考慮する必要性は感じなかったでしょうけれど。その言い方からすると、今の心情は違うのですか?」
「ああ、全ての裁量を陛下に委ねようと思う。私は咎人だ。不審に気付いていながら、私は何もしなかった。何もできなかった。そんな愚か者が今更、悪足掻きはしないさ、……彼女に倣ってね」
「……?」
元伯爵の視線の先には古本を抱きしめるノーラと、褒められて幸せそうな彼女の部下がいた。
監禁されていた間のやり取りで、何か心境の変化があったのかな?
「先代や部下達に対して、ずっと不満が燻っていた。何とか一矢報いたいと思っていた。領地の状況を上向かせて、見返したいと思っていた。“英雄” を否定したかった」
「まあ、普通の憤りではないですか?」
「ああ、私が領主である事にしがみ付いた動機なんて、その程度のものだった。……だけどね、羨ましいと思ったんだ」
「羨ましい?」
「ああ、彼女はギリギリの状況で、エレオノーラ・エッケンシュタインの臣下だと胸を張ったんだ……! 私はその気構えに目を奪われた」
突然話題に上った女性は慌てふためき、そんな彼女をノーラは誇らしそうに撫でる。
ノーラってば、私の良くないところまで真似するよね。
つい年頃の男の子を撫でがちな私の言う事じゃないけど、部下とは言え年上の女性を撫でるのはあんまり印象が良くないよ?
「羨ましかった、妬ましかった。何より……、何もない自分が虚しかった。今更私にそんな信頼関係を手に入れられる筈もないが、領民の記憶に残る最後の姿は領主としてのものでありたいと思う」
周囲に無能だと蔑まれ、自分でも諦めていた元伯爵が意思を固める。
「大魔導士殿がここへ来ていると言う事は、部隊を率いているのは王族……アドラクシア殿下だろう? どうか、殿下に取り次いでもらえないだろうか? 領主として君臨した者の責任として、ラミナに幕を下ろす為に助力したい」
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