ラミナ伯爵領の内情
一応連続暴行事件の被害者でもあったから、代替わりした新伯爵へ私から接触する事は避けていた。きちんと罰を受けたなら、無闇に刺激する必要もないからね。
負い目の為か、伯爵から私への接触もなかった。
それでも、社交で同席した事くらいはある。式典や会議の席で見かけた事もあった。だから顔くらいは知っている。
アウルセル・ラミナ伯爵。
なぜか今、その顔が私の目の前にあった。
え? なんで?
ここはラミナ伯爵領で、飛行列車の発着場を占拠するって大反乱が起きた。そこには騎士の姿も確認されていて、さっきオーレリアが無力化した騎士の出で立ちは恰好を似せただけの偽者って訳でもない。
だから、彼等への命令権を持つラミナ伯爵自身が主犯の1人だと目していた。
なのに、どうしてその本人が人質と一緒にいるの?
「ふむ、随分混乱しているようだが、罠や何かの見せかけと言う訳ではないよ。私も事件に巻き込まれた側だったと言うだけさ」
「はい?」
「オクスタイゼンへ魔物間伐の部隊の借り入れを申し込みに行ってね。色よい返事を貰えなくてどうしようかと戻ったところ、この事態と言う訳さ。私の顔を知っている騎士達は一応の待遇を考えてくれていたようだが、ここから出してくれるつもりはなかったらしい。留守中に反乱を起こされた間抜けな領主と言う訳さ」
「だから自分は関係ないとでも?」
他人事みたいに喋る様子に気が障った。
「そこまで厚顔な事は言わないよ。貴族には臣下と民を統括する義務がある。彼等が国へ損害をもたらしたなら、それは領主である私の責任さ。飢えた民が食料を求めて隣領を襲ったってくらいならともかく、明確に国へ牙を剥いたなら酌量の余地はない」
「それが分かって、どうしてそこまで落ち着いていられるのですか?」
「落ち着いている訳ではないよ。諦めているだけかな。怪しい動きは知っていた……けど、まさか私の不在を狙ってここまでするとまでは読み切れていなかった。知らないところで帰る場所も強奪された領主としては、呆れる他ないだろう?」
叔父と祖母が首謀者の中にいるなら、私がスクノ島へ行くのにタイミングを合わせたとも考えられる。その場合は彼の在不在に関わらず占拠事件は起きたんじゃないかな。
そうなると、監禁じゃなくて殺害による排除だったかもしれない。間が悪かったのか運が良かったのか、判断に迷うね。
「伯爵……と、既に呼ぶ訳にはいきませんが、指示を出しているのが貴方でないなら、一体誰が彼等を率いたと言うのです?」
「ああ、既に爵位は剥奪となっているのか。その様子だと、発着場の襲撃事件は私が計画したものだと思われていそうだね。無理もないが」
「その通りです。発着場を見張る人員の中に騎士が確認された時点でそう判断されました」
今も半分疑っている。
これがただの兵士なら、伯爵領軍の暴走とも考えられた。軍の指揮官は将軍で、構成員は徴兵の場合が多い。貴族に良い印象を持っているとも限らない。でも、騎士は領主に従う。勝手な行動とは考えにくい。
彼が顔半分を腫らしていなければ私も話を聞こうと思わなかった。諜報部に預けて情報を引き出してもらっているところだよね。
不審はあっても、偽装を疑うには腫れ具合がちょっとどころじゃなく痛々しい。
ちなみに、飛行列車の外ではまだ戦闘が続いている。
なんて言っても、人質さえ救出してしまえばあとは練度が違う。落ち目の伯爵領騎士とお金で雇われた冒険者崩れ、連携できる筈もない。
索敵に優れたオーズさんが隠れた荒くれを次々焙り出し、一流の狙撃手であるガイムさんは飛行ボードから指示役を順に撃ち抜く。それで相手側は大混乱だった。
あれ、新型の飛行ボードだよね。
中空での停止性能に優れていて、照準をブレさせることなく射撃体勢を整えられる。反重力魔法の制御部分を最適化させたみたい。軍の技術ではあるけれど、あれを利用すれば飛行列車の騒音を抑えて今以上にスムーズに走れそうだから、帰ったらキャシーに教えてあげよう。多分振動による速度の低下も抑えられるから、省魔力にも繋げられる。
でもってキリト隊長ときたら、発着場を全力で走り回って戦況を掻き乱してる。
どう見ても狙いを定める余裕なんてない筈なのに、二丁拳銃が正確に相手側の手足を貫通してる。向こうは強化魔法で疾走するキリト隊長を捉えられる筈もなく、ほぼ一方的な蹂躙だね。
部隊の結束力どころか、個人の能力まで大きく差が見えた。
私の出る幕はどう見てもなさそうだから、元伯爵の尋問に集中できる。
「うん、そこに異論を挟むつもりはないよ。これだけの大事件を未然に防げなかった間抜けに爵位を預けておく必要もない。実際、私は伯爵家当主であっても、再従兄に多くの実権が残ったままだったのだよ」
「再従兄?」
「ああ、ラミナの続柄に詳しくないなら、先代伯爵と言えば伝わるかな?」
なるほど、先々代で分岐した一族が襲爵していたんだったね。先代と比べてここまで血統が離れた継承はあまり聞かない。それだけ王都での暴行事件を重く見たって訳だ。
「どうも分からないのですが、あれだけ大きな事件を隠蔽していた先代に、それほど大きな影響力が残っているものなのですか?」
「うーん、それは領地の外から見た見解だね。ラミナ領では認識が異なる。何しろ、先代は“英雄”だからね」
「……もしかしてメイトの防衛ですか?」
「そう、それだ」
戦時中、リデュース辺境伯領の大部分が帝国の占領下にあった頃、反攻作戦に向けて領地からの増援を指揮していた先代伯爵が帝国の略奪部隊と接敵、これを撃退した。
それによってメイトという町が略奪から救われた事、小規模の戦闘ではあっても帝国の謀略を挫いて反攻軍の士気を高めた事から、戦功者として褒章を受けている。
もっとも、前伯爵は軍属じゃないからカロネイア将軍ほどの知名度はない。指揮していたと言っても、ラミナ領の貢献を喧伝する為に軍勢に同行していただけで、偶々の要素が強い。
「その経緯を、華々しい活躍だったと領地で吹聴した訳ですか」
「それだけじゃないさ。戦果は臣下や民の協力あってのものだと報奨金を功労者へ分配、更に税率を一時的に下げて人気を集めた」
「……大した演出ぶりですね」
「鉱山が枯渇した事で先々代のあたりから領地の情勢は下降していたからね。支持回復も必要な政策ではあったのだろう。今でも先代を称える声は大きいよ」
自領へ向けての発表を誇張するくらいなら、嘘ってほどでもなければ周囲も否定し難い。飛行列車の開通で交通の便が良くなった今でも、領地だけで生活を完結する人々は多い。それ以前となれば尚更だから、領主が公表する以上の事実を知る術はほとんどなかったと言っていい。
商人や冒険者の出入りはあったとしても、わざわざ否定して回るメリットも彼等になかっただろうしね。
とは言え、鉱山が枯れてこれまでのような収益が望めないなら、人気取りなんて一過性のものにしかならなかった筈なんだけどね。それより、新しい産業を生み出す為に投資するのが最善だったんじゃないかな。どうも手腕に疑問が残る。
化けの皮が剥がれるのは時間の問題だった筈なのに、それが表面化する前に領主の交代騒動が起きた。
「おかげで、私は何をやっても上手くいかない無能扱いでしたよ。既に領地自体が限界まで傾いていたって事情は誰も汲んじゃくれない」
「確か、貴族院卒業後は貴族籍から離れていたのでしたよね」
「そうそう。もしもの為にと貴族院に通っただけで、既に平民として気儘に生活していたところを呼び戻された訳だよ。だから、能力が低かったのも事実ではあるだろうけどね」
彼の父親も存命ではある。血統としては主流に近い。けれど既に平民としての生活の方が長くなっていたものだから、せめて学んだ時期からそう離れていない彼に白羽の矢が立ったのだろうってくらいは想像できる。
「荒れ果てた寒村に魔物の群れが襲い掛かれば私のせい、鉱石の替わりがないものだから商人が訪れなくなっても私のせい、おまけにノースマーク子爵と繋がりが持てないのも私のせいときたものだ」
「どう考えても先代とその馬鹿息子のせいでしょうに……」
ラミナ領が行き詰った原因の一つに、魔物生息圏狭域化技術から始まった自領開拓の流れに乗れなかったって事情がある。
私は一方的に殴った記憶しかないから気にしていないのだけれど、世間は連続暴行事件の被害者として私を見る。加害者側のラミア伯爵が私に接近すると、厚顔無恥、反省の色が無いと捉えられてしまう。
彼は時流から外れた状態で領地の立て直しを強いられていた。
「手詰まりになった私は救いを教国へ求めた。ソーヤ山脈を越えると言う危険に目を瞑れば、行き来が迅速な立地条件だったからね。教皇の即位を支援して恩を売れば、私は教国に対して影響力を持てる。王国の意向に対して便宜を図らせたなら、教国に対する窓口として発言権が得られると思った……」
「ところが私が教国を滅ぼしてしまった、と」
「別にそれに関して恨んではいないよ。私の手段より国に貢献したと思っている。不正は不正、正道には敵わなかったと言う事さ。それに今となっては、心付けを当然だと思うようなあの男が、私の望む便宜を図っていたとはとても考えられないからね」
うん、前教皇にはそう言うところがあった。
神様の威光と自分のそれを混同していたものだから、お金を送られるのは当然で、裏金に対して見返りを用意するって考え方が欠落して見えた。
教国でラミナ伯爵の威光を振りかざしていたけど、勝手に名前を使った可能性まであるよね。
「そう言えば、その教皇もこのラミナ領にいるのですよね。そう言った経緯で受け入れざるを得なかったのですか?」
「あれは先代の判断だよ。私としては追い出したかったのだけど、先代は偶然から“英雄”だなどと呼ばれた事から、あれで信心深いんだ。神に仕えた者を放逐するなどあり得ないそうだよ。もっとも、彼の神様は善悪については教えてくれないようだが」
うーん……。
彼が上手くいかなかった理由の多くに私がいる。
私が責任を感じる必要はないとは言え、私の無関心が彼を追い詰めた。もう少し配慮していれば、周囲の貴族の反応も違ったかもしれない。
同情する気持ちもあるけど、その前に彼の言い分が本当に信じられるのか明らかにしておかないといけない。私、この場の責任者だからね。信不信が曖昧って訳にはいかない。
だから、見極める為の質問を更にぶつけた。
「貴方が武器を買い集めていたと言う情報があります。それはこの事件を目論んでいたからではなかったのですか?」
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