人質救出作戦
ラミナ伯爵領発着場の上空、ディサピーアは存在を隠す魔道具を発動させたまま止まる。警戒の為に騎士らしい人間を施設の周辺に配置してはいるものの、彼等が私達に気付いた様子はなかった。
「人質は車内に閉じ込められているんだよね」
「はい、間違いありませんわ」
彼等が移動させられた痕跡がない事は現地入りした諜報部が調査済みだった。ノーラも保証してくれる。
連結を外せばそのまま密室となる。大人数を移動させて逃走を図られるリスクを負うより、1カ所に押し込める方を選択したらしい。人質を分散させていないなら私達にとっても都合がいい。
救出作戦はシンプルに構成した。
私達はこのまま降下。空間断絶の魔法を車両上部に挿し込み、アイテムボックス魔法を展開して天井部分を収納する。
いくら存在を隠す魔法を発動させていても頭上に突然青空が広がれば連中も異常に気付くだろうから、キリト隊長達第9騎士隊が速攻で発着場を解放、私、オーレリア、ノーラは人質の安全を確保する。諜報部はディサピーアに残って想定外の事態に備えてもらう。
懸念点として、飛行列車は既に空間魔法を発動して外観以上の客席を確保している。そこへ空間の断絶を挿し込んでアイテムボックス魔法を重ねられるのか。
その事象をこれまで試した事がなかった。
分からないなら実験してみればいい。
ソーヤ山脈の尾根の陰を飛行中、しっかり検証してある。面倒事ではあったけど、こうして想定外の事態で考察が捗るのは悪くない。
結論から言えば問題なかった。既に空間を歪曲させた場所へ断絶の境界を干渉させるには、懸念通りの抵抗が発生した。内部空間を拡張した列車の上部を切り取ろうって話、外部の切断箇所と内部の断面に矛盾が生じるのだから無理もない。
でもそこは私の魔法、干渉の時点で他者が仕掛けた空間魔法を私が上書きする。何もない空間、それだってこの世界では無属性に分類される物質となる。それを魔力でもって歪曲させるのが空間魔法。より強い魔力で干渉するなら更に空間が歪んだとしてもコントロールはできる。当然、桁外れの魔力で抑え込む事になる訳だけど。
これは魔導士の任務、私以外に不可能な手段を行使するのは自然な事だよね。
「ラミナ伯爵をはじめ、首謀者がいるとするなら貴族用の待合室でしょうか?」
「うん。それか、屋敷でのうのうとしてるってところかな」
事件発生から1日以上が過ぎている。騎士や冒険者崩れに混じって貴族が夜を明かせる筈がない。騎士としての教練を受けた叔父ならともかく、ラミナ伯爵や先代夫人が耐えられるとは思えない。
必然的に滞在場所は限定される。
「貴族の拘束は後回しでいいです。その代わり、逃げ場を塞ぐ事、伝令に走る騎士を止める事を徹底してください、キリト隊長」
「はい。発着場の構造はすべて頭に入っています。誰1人逃がすつもりはありませんよ。こんな馬鹿な事を仕出かした愚か者、残らず拘束して裁きの場に引き摺り出してやります」
第9騎士隊の士気も高い。ここまで明確な“国の敵”を相手にできる事ってなかなかないから、入れ込みようが違うね。
「ノーラ、大規模魔法の痕跡は?」
「……ありますわ。それがどういった効果をもたらすものかまでは読み取れませんが、領都中に広く展開しています」
「迎え討つ事態も念頭にあったって事か……。用意周到だね。他にも罠があるかもしれないから、警戒は任せるよ」
「はい、絶対に皆さんを守って見せますわ」
スクノ等の件から大規模魔法を用意している可能性は予想できた。
とは言え、いろいろ便利なノーラであっても発動前の魔法は属性くらいしか読み取れない。そこは私がフォローするしかないね。
私が守勢に回れば、たとえ発着場を巻き込んで自爆する魔法を用意していたのだとしても、突入部隊と人質の安全くらいは確保できる。最悪、領都スケイラのインフラが止まってもいいから大規模魔法自体を無効化かな。
「それじゃ、行くよ」
「「「はい!!!」」」
最後に頷き合って作戦開始、揃って中空へ身を躍らせた。
今更飛び降りるくらいで竦む人員はここに居ない。オーレリアとノーラは勿論、第9騎士隊にもいろいろ無茶を強いてきたからね。
突入後の邪魔になるからって飛行ボードは装備していない。着地は私の飛行魔法任せ。
でもって私は空間魔法も使わないといけないからそっちは後回し。重力に引かれるまま紐無しバンジージャンプ。
「スカーレット・ノースマークです! 抵抗するなら容赦はしません! 命が惜しいなら武器を捨てて今すぐ投降しなさい!!」
形式上、警告だけはしておく。
それで大人しく捕まってくれるなんて思ってないし、初めから私達も加減するつもりもない。
第9騎士隊の面々は発着場制圧の為に散っていく。着地地点はあらかじめ打ち合わせてあるから、制圧に有利な場所へと騎士をそれぞれ降ろす。すぐに随所で銃声が上がり始めた。敵側にも騎士が混じっているだけあってか、混乱からの立ち直りが意外と早い。
ただ、私はそれどころじゃなかった。
列車内部に降り立った瞬間、暴漢に組み伏せられた女性が目に入った。
―――何をしてる?
暴徒に身柄を拘束されて、無秩序下の現場で女性がどんな目に遭うかは想像できた。でも、実際に目の当たりにして感情が一瞬で沸騰する。
助けなきゃ、と考えるよりも早く魔法を発動させた。
マジックハンドで髭面の汚い男を握り潰す。女性を巻き込む心配はない。特別対象を絞る必要もない。マジックハンド魔法は私がイメージしたそのままを現実にする。どれだけ女性に密着していようと、たとえ女性を前面に押し出して盾替わりにしたとしても、掴むのは対象だけとなる。
ぐぇって醜い断末魔を上げる男を雑に放り投げると、オーレリアが見張りの排除を終えていた。
騎士3人と冒険者風の男4人が両手足を刺し貫かれて身を横たえている。ついでに流れた血を凍らせてあるから立ち上がることもできそうにない。
「レティ、私達の任務は人質の確保と実行犯の拘束ですよ。やり過ぎです」
「ごめん、ごめん。カッとなって加減できなかったよ」
切り替える事を覚えただけで、私は人死にが平気になった訳じゃない。
特に一般人が理不尽な暴力に晒されるのは我慢がならない。この世界の人間の命は割と軽い。どんなに対策に力を入れても魔物に殺される領民の話は常に上がるし、冒険者はいつだって命を張っている。銃や魔法、手段が容易に手に入るものだから犯罪も凶悪化しやすい。
だからこそ、私は彼等を庇護する立場を選択した。守る責任を負った。
偶々飛行列車に乗り合わせた人々を人質にするとか、許せる範囲にない。事件のあらましを聞いた時点で犯人達は切り捨てる側だと塗り分けた。こんな犯罪に乗った時点で自業自得だったと諦めてもらおう。
それと個人的な事情ではあるけれど、単純にイライラが抑えられなかったってのもある。タイミングが悪かった。これも仕方ない。同情しない。
「まだ息はあるようですからいいのではありませんか? スカーレット様がもう少し動くのが遅ければ、わたくしが氷漬けにしていたところです。命拾いしたと言っていいでしょう」
「……ノーラも随分怒っているのですね」
「ええ、彼女はわたくしの司書ですから」
ああ、不幸にも巻き込まれた身内だった訳だ。言われてみれば、なんとなく見覚えもあるかな。
ノーラの大事な図書館の職員、手厚く守るに決まっている。彼女に何かあったなら、激怒の余波で私達も極寒体験をするところだったよ。間に合って良かった。
ありがとうございますと泣く女性へ、本は無事ですかと声をかけるノーラ達の関係に首を傾げながら、私は車内の様子を確認する。
精神的には追い詰められていた様子はうかがえるものの、危害が加えられた気配は少ない。人質を交渉に使う可能性も考えて、粗雑に扱う選択は避けたらしい。エッケンシュタイン、ガノーアの顛末が暴虐を控えさせたのかもしれない。
何故かガーベイジ準男爵が転がっているけど、あれの治療は後でいいよね。
「現在、飛行列車の発着場を制圧中です。不自由を強いてしまって申し訳ありませんが、彼等の邪魔にならない為にも、もうしばらくここで待機をお願いします。それに万が一の場合にはこの列車ごと避難もできますから、ここに居た方が安全だと思います」
ならず者は片付けた。
ここに居るのは明確に味方だけだと伝わって安堵が広がる。
―――パチ、パチ、パチ、パチ、パチ、パチ……。
キリト隊長達の助力に行った方がいいかと考えを巡らせた時、柏手がその思考を遮った。
「いや、見事なものだね。誰の予想もできない奇襲に、正気を取り戻す前の電撃速攻、おまけに犯罪者達に対する容赦もない。最初に名乗った効果も大きかったね。大魔導士スカーレット・ノースマーク殿を知らない者などこの国にいない。あれで連中は完全に浮足立った」
称賛の言葉も上手く頭に浸透しない。
なんで?
油断してはいけない、警戒しないといけないと分かっているのに、疑問が頭を占領して思うように機能してくれない。
「おかげで我々はもう大丈夫なのだと嫌でも実感できたよ。私としても、助けてもらって感謝している。本当にありがとう、ノースマーク子爵」
「…………どうして貴方がここに? ラミナ伯爵!?」
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