閑話 蒼天より来る
昨日はなろうサイトの長時間メンテナンスに加えて、投稿ページが大幅に改変されたせいで使い方が分からず、結局更新できませんでした。
代わりに本日上げておきます。
私にとっての悪夢について話し終えると、空気が少し弛んでいました。高位貴族らしい男性の他にも、耳を傾けていた方はいたようです。こんな事態にまるで明後日の身の上話を始めたものですから、関心を惹いたのかもしれません。
私からすると思い出したくない記憶ですが、気を紛らわして誰かの戒めにできたのなら話した甲斐があります。
私の経験した恐怖が10分の1も伝わってないのだとしても……。
全く理解できない状況で翻弄される恐怖と言うのはどうしようもなく心を震え上がらせるものでしたから。
「それにしても、ノースマーク子爵も捕縛対象者をしっかり絞って検挙すれば余計な恐怖をばら撒かなくても済んだものを……」
「そうでしょうか?」
「うん?」
「私が罪を犯したのは事実です。量刑を決めるのは裁く側の権利ではないでしょうか。それに不満を訴えるくらいなら、初めから不正など働かなければいい話です。少なくとも、私はあの扱いが過分だったとは思いません」
税金は誰かの報酬の一部を徴収するもの、お貴族様に収めて使っていただくものです。もっと貴族の権限が強大だった時代なら、首を斬られてもおかしくなかったかもしれません。誰もが苦しい生活を強いられていたあの頃、真面目に税金を納める人々を否定する行為でもありました。
因果応報、厳しく罰せられて当然ではないでしょうか。
「なるほど、君が今なおエッケンシュタインで働けている訳だね」
「どういう事でしょう?」
「根がまっすぐだと言う事さ。己の罪を後悔して省みる事が出来る人間は信用できる、暫定子爵達もそう思ったからこそ、今も仕事を任せられているんじゃないかな。どちらにせよ、私からすると眩しい事だね」
そうなのでしょうか?
そうなのだとしたら嬉しい事です。同時に、もっと恩を返していかなければならないのだと意気を新たにできました。
今の状況を無事に切り抜けられたらの話ですが。
少しは車両内に蔓延した悲観的な雰囲気が和らいだかと思ったのですけれど、外が騒がしくなって折角の人心地はすぐに霧散してしまいました。
「くそっ! やっぱり動かねぇじゃねぇか!!」
「こんなところで立ち往生したまま、討伐軍が来るのを待てってのか!?」
「落ち着け! まだ人質がいる。交渉は可能な筈だ!」
「本当だろうな? 相手は山ごと消し飛ばしたような女だぞ!」
「だから無駄に傷付けるなと言ったんだ。怒らせたならどんな報復に出るか分からん! 肝に命じろよ? あいつ等は俺達の生命線なんだからな?」
どうやら、思ったように事を運べていないみたいです。荒れる冒険者風の男達と宥める騎士、と言った様相が構築されています。どうやら占拠に取り組む姿勢に違いがあったのでしょう。前者から明らかに余裕をなくした様子が伝わってきました。
だからと言って、私達に都合のいい展開へ流れたとも言えません。後がなくなった彼等が暴発する危険が増えた分、状況は悪くなったとも言えるでしょう。身を寄せ合う同乗者の多くが再び竦み上がりました。
―――バンッ!!!
何が起きても冷静でいようと気を引き締めた時、車両のドアが乱暴に蹴破られました。一体何がと視線を向けると、先程の髭面の男が目を血走らせて車両内を見渡していました。
明らかに正気には見えません。車両内に絶望が広がります。
「くそったれ! 何でこんな事になっちまったんだ?」
「おい、止せ! 何をするつもりだ!?」
「うるせぇ!」
制止しようとした騎士も殴り飛ばして、髭面の男は苛立たしげに車内へ入ってきました。悲鳴が上がり、乗客達はできるだけ離れようと奥へ下がっていきます。
「そもそも俺は、こんな計画に最後まで付き合うつもりはなかったんだよ! 山を吹き飛ばしちまうような化け物女に敵う訳がねぇ! 金さえ貰ったら、補給だとか適当な事言って途中で降りるつもりだったんだ。それが……!」
そんな中途半端な覚悟でこんな大事に加担したのでしょうか。
「このまま捕まって強制労働行きじゃ、まるで割に合わねぇ。せめて少しは楽しませてもらわないとな……」
下卑た視線で震える女性達を舐め回します。誰もが捌け口に選ばれまいと顔を伏せる中、動揺を表に出さない私が気に障ったのか、男の視線は私で止まりました。
「おい、本気かね? どうなるか分からんぞ!?」
「黙れ! 邪魔すんじゃねぇ!!」
止めに入った高位貴族らしい男性も、今度は乱暴に打ち払われました。
一定の敬意が垣間見えた騎士と違って、髭面の男が加減したようには見えません。荒事に対する心得はないらしく、受け身も碌に取れないまま倒れて起き上がれない様子でした。
「おい、女。ちったぁそれらしく振舞ったらどうだ? 怖いんだって泣き叫べよ。許してくださいってお願いして見ろよ、おら! これからどうなるか分かんねぇって訳でもないんだろ!?」
思い通りにならない私が気に入らないらしく、強く肩を掴んで大声で威嚇してきます。
怖いです。身体は震えていますし、これからどうなるかと思うと逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
それでも、醜態を晒して男の嗜虐心を満たすのは嫌でした。なけなしの矜持を振り絞って、男の言うがままになるものかと歯を食い縛ります。
「なんとか言えよ、こらぁ!」
腹を煮やした男は私の胸倉を掴んで激しく揺さぶります。だんまりの私が余程お気に召さないようです。
「無駄です」
「あ?」
「そうして苛立ちのままに喚き散らしても、貴方達の末路は変わりません。国家に対して大逆を起こしたのですから、強制労働なんて甘い罰では済みません。勿論、逃げられる筈もありません。この場から去ったところで、残った者から素性を吐かせて地の果てまでだって追うでしょう」
沈黙がお嫌いなら言いたい事を言っておきましょう。それでこの男が怯んでくれたなら儲けものです。
「知らないのですか? 領民を害されたエレオノーラ様とスカーレット様は命じた貴族を徹底的に断罪しました。当主は首を斬られて家は没落寸前、実行した者達は国外追放となって魔物と戦わされる日々です。あの方達は庇護下の人間を傷つけた者を決して許しません。いいのですか? 私はエレオノーラ・エッケンシュタインの臣下ですよ?」
「な、何?」
「私を嬲りたいなら好きにすればいいでしょう。ですが、その罪過は確実に貴方達へ降りかかるのだと知ってください。貴女が今、化け物と呼んだ大魔導士様が執拗に追うでしょう」
エレオノーラ様とスカーレット様が組んだなら。きっとこの国に隠れられる場所などありません。
「貴方達は知るべきです。この国には新しい理が敷かれたのだと! 悪い事は悪い。それが騎士であろうと、貴族であろうと、堂々正論を口にして断罪の刃を振るう大魔導士様が君臨したのだと! こうしている間にもきっと―――」
「黙れ! 黙れ!! 黙りやがれっ!!!」
「―――!!!」
ますます正気を失った男に殴られて、世界が揺らぎます。これ以上言葉は紡げませんでした。
「俺に先がないってんなら尚更だ。後の事はどうでもいい。代わりにてめぇを存分に甚振り尽くしてやらぁ……!!」
失敗しました。
理性より感情を優先させてしまったようです。先程の高位貴族が言っていたように、こうなれば獣と変わりありません。いえ、邪に顔を歪める分、獣より質が悪いです。
立っている事すらままならない私は簡単に押し倒されてしまいました。息が降りかかるだけで吐き気を催しますし、剥き出しの加虐性に歯が鳴り続けます。力任せに肩を掴まれているだけで怖気が走ると言うのに、とても振りほどける気がしません。
嫌!
嫌っ!!
嫌ぁっ!!!
私の内心は限界でした。
どうか助けて欲しいと、どうして私がと、心は千々に乱れます。
男の怒りが飛び火する事を恐れる乗客達の助けは期待できません。人質を確保しておきたい騎士達にしても、ほとんど正気を失っている男と私の間へ割って入る義理もないでしょう。
どうにもならないならせめて涙だけはこぼすものかと天井を見上げた時―――青空が見えました。
「え?」
遮るものが消えた車内を陽光が照らします。
何が起こったのか、一体どういう訳か、全く理屈は分かりません。
けれど、私はこの現象を知っています―――
因果応報。
正しい鉄槌が下される瞬間が来たようです。
あの日、混乱と恐怖に私を陥れたこの現象は、どうしようもなく追い詰められていた私へ救いの手を差し伸べてくださります。
もう大丈夫―――
身体の震えは止まっていました。代わりに、助かったのだと安堵の涙が溢れます。
「スカーレット・ノースマークです! 抵抗するなら容赦はしません! 命が惜しいなら武器を捨てて今すぐ投降しなさい!!」
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