盗賊情報
烏木の牙に任せたのが山奥の実験担当なら、私達は村とその周辺が担当となる。村長に許可をもらった上で、小型魔導変換器を設置する。
変換器の魔素吸収範囲は広くない。直径100メートル程度のほぼ円型。今回の実験では村全体をカバーできるほど試作品を揃えていないので、崖をペケ字に敷いた橋桁の端にそれぞれと、中央部分、崖下の温泉近くの4カ所を選んだ。
最後の一つは、温泉の景観を楽しみたい私の都合だけども。
川なので延々モヤモヤさんが流れてくるから、私の掃除魔法じゃ追いつかなかったんだよね。流水の魔素吸収状況を調べると言って、1台確保した。常時発動となると、人力より魔道具が便利だからね。
魔力充填量の記録。誤作動がないかの確認。魔素の変換を阻害しかねない要因の探索。皆魔素測定器片手に、私は測定しているふうを装って目視でモヤモヤさんを確認しつつ、慌ただしい日々を過ごしてます。
崖下に設置した変換器のチェックが特に大変で、崖の内部に彫られた階段を1日に何度も往復したよ。ラバースーツ魔法がなかったら、私間違いなく行き倒れてました。
頑張った分温泉があるから、遣り甲斐はあったけどね。
すっかり私専用になった湯舟が癒してくれる。
貴族の実験なんて、村にメリットが少なくて嫌がられるかと思ったけれど、打診の時点で割と快諾してくれた。温泉目的で訪れる平民と比べて、私達は桁の違うお金を落とす。さらに、実験の為に高ランク冒険者が長期滞在して近隣の山々を見回ってくれるのが大きいみたい。烏木の牙、様々だね。
なのに、今日の村長は浮かない顔。
「盗賊?」
弱り切った様子の村長に事情を訊いてみると、そんな答えが返ってきた。
考えもしなかった返答に、一緒に事情を訊いたオーレリアと、思わず顔を見合わせたよ。
「1か月ほど前と10日前の2回、銃を持った男達10人ばかりが乗り込んできまして、金を出すよう脅されました」
えー、これは困った。
「領主、エイシュバレー子爵への連絡は?」
「2回目の襲撃があった時点で入れました。ただ、すぐに領軍を向かわせるのは難しい、と」
……頭痛い。
村長が困っているのは本当だろうね。
多分、領主が動いてくれないから、方々への影響力が強いノースマークとカロネイアに事情を話して助けてもらおうとしてるんだと思う。
もしかしたらだけど、私達からの打診を受けた時点でそのつもりだったのかも。
でもこの人、事態の深刻さをまるで分かっていない。
長年平穏に地方村落の長をやってきて危機感が足りないのか、初めてのトラブルでどう対応したらいいのか分からないのか、どちらにしても最悪の状況になっている。
「村長、念のためにお聞きしますが、村に現れた集団は、2回とも全員が武装していましたか?」
「はい、この村で想定しているのは少数の魔物侵入くらいです。武装した複数人に対抗できる戦力はありませんから、避難を優先しました」
状況が読めていない村長に、質問の意図は伝わらなかった。
烏木の牙の滞在を喜んだのは、これが理由だったのかな。
もしかしたら、キャシーとマーシャの護衛も戦力として当てにしてるかもだけど、彼等が村を守る義理はないし、それをするだけの備えもないよ。
盗賊と言っても、農民が剣や槍を手にして暴徒化したり、冒険者崩れや軍役脱落者が徒党を組んだ程度ならまだマシだった。
武器が全員に行き渡るほど充足しているなら、犯罪組織や後ろ暗い手段に手を染めた貴族に支援されて、暴行や略奪を行う連中である可能性が高い。銃火器の調達には資金力がいるからね。それに、魔物領域広がるこの世界で、犯罪者達だけで隠れ潜むのは難しい。
「―――そんな状況で、お嬢様方を受け入れたのですか?」
堪えきれなかったらしいフランが低い声で問い質す。
「その手合いがお嬢様方の存在を知れば、身代金を要求する拉致される可能性が高い。そうでなくとも、3度目の襲撃があれば、お嬢様方の無事は保証できない。それを知りながら、貴方は碌な対応もせず、お嬢様方を受け入れたのですか?」
「え―――!?」
村長の顔は、そんなつもりは無かったと語ってるけど、到着から4日も経っている以上、問題の表面化を恐れて隠していたとしか受け取れない。
悪人ではないのだろうけど、見通しが甘過ぎる。
盗賊の件を伝える機会は今まで何度もあった。領主に助けてほしかったんだろうけれど、返答が今になって届く時点で対応が遅すぎる。1回目の襲撃の後に報告していないなんてあり得ない。私達の受け入れが予定にある以上、非常用の連絡員を走らせる事態の筈だけど、その形跡もない。
エイシュバレー子爵の対応も拙い。
実験の一環として、私達が滞在する事は伝えてある。なのに軍を動かせないなんて、共犯すら疑われる失点だよ。
私達が子供だからと軽く見てるんだろうね。
滞在許可を得るのに、ビーゲール商会の使者を使ったのも良くなかったかもしれない。人によっては、ただの平民扱いだからね。
「申し訳ありません、本当に、申し訳ございません。ですが、私共にはどうしようもなかったのです」
漸く事態の拙さに気付いた村長は頭を下げ始めた。
きちんとしたマナーを学んでないから、謝罪礼というよりほとんど前傾姿勢だけど。
「何とか助けていただけませんか?」
それはどういう意味だろうね。
この村を助けてほしいと願っているのだとしても、私達にその責任は無い。ニュースナカを守るのは領主の仕事だから、領や国軍に私達が救援を依頼すると越権行為になってしまう。
使える権限内で守ろうと思ったら、私達が前面に出なきゃいけない。困った事に、貴族と一村落の価値は一緒じゃないから、私達の安全より村を優先にはできないよ。もし毛筋一つでも傷を負ったなら、責任問題になって、村もただでは済まないからね。
村長としての失態を許してほしいって意味なら、それは無理。
失点の証拠が多過ぎてとても隠せないし、村長が責任取ってくれなきゃ、村に損害が及ぶよ。
「どうなさいますか、お嬢様? すぐに村を離れますか?」
村長を相手にしても仕方ないと悟ったのか、フランが私の指示を仰ぐ。
「万が一、村に内通者がいた場合、村を出ても追われるかもしれない。だから、護衛を任せられる冒険者の皆さんを待ちましょう」
私が車に防御付与すれば、まず危害を加えられないだろうけど、あんまり公にしたくないんだよね。
10人くらいなら、私とオーレリアで制圧できるかもだけど、相手の装備次第で無理はできない。
剣と拳銃しか持ってなかったガーベイジ子爵騎士の時とは訳が違うだろうし。ここは魔物被害の多い地域だから、そのくらいの装備なら村人でも対処できたろうしね。
とりあえずは籠城です。
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