目標は南ノースマーク?
ラミナ伯爵領へは王族車両のソールで向かう。王族が誅罰に乗り出した事を知らしめなければならない。
人質がいる関係上、事件自体は広く公表していないものの、王族が動いた事実は印象付けておく必要がある。飛行速度はあえて抑えた。
事件発生からすでに1日、予定していた飛行列車の到着がないものだから発着場に問い合わせが殺到している。いつまでも隠しておけるとも思えない。
明日、伯爵領占拠の為に軍用飛行列車ウェイルが出撃するタイミングに合わせて公表する事になると思う。ソールにウェイル、特殊車両が続けて同じ航路を走ったなら大勢が異常を察知するだろうね。
それまでに、私達は人質を救出して首謀者を拘束、或いは包囲しておかないといけない。事件の発表が緊迫と憂慮を告げるより、応報と安堵を届けられるものとしたい。
そこで私達は、王都から伯爵領へと直線進路を飛ぶソールと途中で別れて小型艇に乗った。コントレイルより小型で走行性能、隠遁技術に秀でていて、ソーヤ山脈の尾根の陰を迂回しても目的地への到着はこちらの方が早い。
ソーヤ山脈を越えると小国家群領内に入る。前世なら領空侵犯になるんだろうけど、この世界には上空の国境についての規定がない。苦情くらいは届くとしても、それより反乱分子からの隠密行動が肝要なので遠慮なく通らせてもらう。
「と言うか、私の知らないところでこんな車両、用意してたんだね」
「諜報部の特別仕様らしいですよ。私達のところまで情報が降りてこないのも仕方がありません」
同行するキリト隊長達第9騎士隊は余計なものを見ないように大人しく待機してるんだけど、私は独自開発された車体に興味津々だったりする。
機体の呼称はディサピーアって言うらしい。
「飛行列車より挑戦的な流線型と、車体の小型化・軽量化でより高速性能を実現してる。そこへ存在を隠す魔道具を常時発動させて、おまけに魔力波の対象特定を掻い潜れるように虚属性で魔力を吸収する構造みたい。属性を調整して光や音も逃がさないのかな。電波も魔力波も反射がなければ探知の網にかからないって訳だね」
言ってみれば、異世界版ステルス機。
技術自体は私が提唱した理論の応用だけど、こうして私が想定していなかった活用例を見るのは気分が上がる。
私が想像できる範囲内だけでの利用なんて面白くない。技術は発展させてこそだよね。
「レティ、レティ……、観察はそのあたりにしてあげましょう。諜報部の顔が引き攣っていますよ」
「まあ、機密だろうから無理もないね」
機体の操縦も諜報部の随行員が担当している。私達に触らせてくれる筈もない。
「でもさ、オーレリア。あの加速器ってキャシーが戦士国で試作してた複合属性型の燃焼装置じゃない?」
「言われてみれば……。いつ売却したんです?」
「そんな話、聞いてないよ。もしかして、私達の研究室に諜報部員が潜り込んでない?」
「「「…………」」」
返答は沈黙だった。事実だったとして、白状する訳もないけれど。
今度、王城宛てに請求書を送っておこう。
「ですが、未発表の研究成果の口外については魔導契約で禁じていませんでしたか? 諜報部の人間が忍び込んでいたとして、レティの魔力で交わした契約に違反するのは無理なのではないですか?」
「魔力量的に私を超えられるとは思えないからね。無効化した訳じゃないのは間違いないと思う。でも、それならそれで抜け道があるんじゃない? 例えば、契約した人物に変装して入れ替わるとか」
「「「…………」」」
「私達には見分けがつかないでしょうけど、それならノーラが気付きませんか?」
「…………」
それもそうだと思ってノーラを確認すると、彼女は気まずそうに視線を逸らせていた。あれ?
「ノーラ?」
「申し訳ありません。見つけても気付かなかった振りをするようにと、命じられていまして……」
ふーん。
それってつまり、諜報部の上にいる人からだよね。ノーラが抗えないのは仕方がない。
相談してくれれば世間には内緒でこっそり融通くらいするのに、黙って持って行くのはいただけない。これはしっかり取り立てないとだね。盗用の賠償分含めてきっちりと。
配備されたディサピーアを使っているだけなのに青くなっている諜報部員さんには申し訳ないけど、事件を片付けた後で履行する事柄が増えたよね。
「と、ところでスカーレット様。スクノ島で確認した大規模魔法と繋がる術者の痕跡が進行方向から見受けられるのですが……」
「え、ホント?」
ノーラが話題を逸らしたかったからか、後に回した筈の案件が突然浮上してきた。
最初に術者の居場所として候補に挙がったのはノースマークから西方、潜伏先の候補の中にはラミナ伯爵領もあった。そして今、北からラミアの領都スケイラへ南下する先に叔父さんがいると言う。
その2つの情報が重なる点って1箇所しかないよね。
「都市間交通網で移動中、偶々事件に巻き込まれたって可能性は否定できないけど……」
「それで事件が片付くなら話は早いです。しかし、状況が出来過ぎていませんか?」
「まあね。偶然で片付けるには時機が合い過ぎる。それに、叔父さんが連絡を取り合っていた学院生時代の友人の中に伯爵家の名前もあったよ」
現当主じゃなくて、先代との間に交友があった。
更に言うなら、お婆さんの実方であるチオルディ伯爵家とラミナ伯爵家は元同派閥で繋がりがあった。
身を寄せる先に交流のあった貴族を選ぶ選択は十分に考えられる。むしろ、一般人としての生活能力は皆無なんだから貴族を頼るのは当然かもね。
「つまりレティ、幽閉を余儀なくされたジャスパー・ノースマークと貴族籍剥奪騒動で損害を被った伯爵家が手を組んだと言う訳ですか?」
「うん。叔父さんが私を狙う理由はよく分かんないけど、ラミナ伯爵家はあの騒動でかなり傾いたって話だからね」
「でも、悪いのは女生徒を何人も襲っていた子息とそれを隠蔽した先代で、スカーレット様を恨むなんて筋違いですわ」
「……とは言え、そう理性的に判断できる人ばかりでもないからね」
実際、私は叔父さんから理不尽に命を狙われている訳だし。
「その件で少し宜しいでしょうか、スカーレット様。暴行を繰り返していた子息が既に亡くなっているのは御存知ですか?」
事件の背景について話し合っていたら、基本は沈黙を保っている筈のキリト隊長が加わってきた。私の知らない情報をくれる。
「え!? そうなんですか?」
「はい。貴族籍を失い、生家から追放されたと言っても十分な資金援助をしてもらってしばらくは遊び歩いていたようです」
「まあ、両親は当主から退いただけでまだ貴族扱いですからね。甘やかそうと思えば可能でしょう。あの時点で大量の事件を隠蔽していた程ですし」
何の為の追放か、なんて言っても始まらない。
先代に良心があったなら、あんな大事にはなっていない訳だし。
「平民に堕ちた後も女癖の悪さは相変わらずだったようですが、ある日襲った女性に返り討ちに遭って命を落としました。大火で王都が騒がしくなっていた頃ですから、スカーレット様が把握されていなくても仕方ありません」
「なんというか、らしい最期ですね。でも、どうして騎士のキリト隊長があの男の末路についてそんなに詳しいんです?」
「被害女性の親族が糸を引いている可能性がありましたから、背後関係の調査が騎士団へ回ってきたのです。返り討ちにした女性は母親が感情的になって処断してしまった為、真偽は不明のままですが」
騎士に冒険者、多少心得のあるくらいのボンボンを捻り殺せるくらいの女性ならこの世界にはゴロゴロいる。
依頼を実行した後に確実な処刑が待っているのだとしても、残される大切な誰かの為に命を掛けられる女性も、中にはいておかしくない。
「貴族のままでいられたなら、護衛が守ってくれたかもしれない。死に至る前に治療が間に合ったかもしれない。そもそも一般人を襲って返り討ちに遭う事自体がなかった筈ってところかな」
「それで、貴族籍剥奪の原因となったレティを恨んでいるのでしょうか」
「爵位を継げなかった憤りを娘の私に向けたかもしれない叔父さん、没落への道筋を作ったと逆恨みする伯爵家の一族、神殿を放逐になった元教皇もあそこにいるなら、私へ恨みを向ける人間が随分いっぱい集まったものだね」
「……もしかして、飛行列車の発着場を襲ったのは南ノースマークまでの移動手段を手に入れる為でしょうか? 侵攻目標は王都ではなく、スカーレット様の領地とは考えられませんか!?」
「十分にあり得るね。陸路で向かおうとしたところで、その前に国軍に鎮圧される。ラミアは内陸の領地だから、南ノースを襲撃するなら空路しかないよね」
「それでも私達のする事は変わりませんよ、レティ。発着場を襲った時点で国家反逆罪に違いはないのですから。私達は人質を救出して関係者を全員拘束する、それだけです」
「そうだね。変わるとしても、犯人達の締め上げ方くらいかな」
私のせい、だなんて怯んだりしない。
叔父さんの理論展開は理解できないし、暴行犯撃退も教国解体も間違っていない。私がどれだけ正しいと思っていたって万人に受け入れられるなんてないんだから、批判は真っ向から跳ね除けると決めてある。
勝手に暴発しただけ。周囲を巻き込んで私へ私怨を向けるなら、大義をもって鎮圧する。言い分に耳を貸す必要性も感じない。
これは貴族として生きると決めた私の責任。
貴族が負うべき義務の1つ。
むしろ、不穏分子がまとまって片付けやすくなったと言える。
テロ事件の衝撃でノースマークの失態は印象が霞む。脱走も伯爵家の関与があったのだと責任を擦り付けられる。お婆さんとは既に無関係だとチオルディ伯爵家も動くだろうから、それに乗じてノースマークも被害者面できる。
うん、事態終息の目途が見えた。
それなら後は、反論の意思が残らないくらいに叩き潰せばいい。分かりやすくなったね。
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