閑話 ジェイとジャス 1
しばらくお父様視点となります。
私、ジェイド・ノースマークは、致命的な欠陥を持って生まれてきた。
体内の栄養素が慢性的に不足する。特にカロリーの欠乏は深刻で、食事量を増やしても一日の活動量を確保できなかった。
食事からの栄養摂取効率が極端に低い。
そのせいで、幼少期のほとんどをベッドの上で過ごした。
家を継ぐ義務を負う貴族の長子としては、あってはならない欠点と言えた。
当時の侯爵であった祖父はそんな私に厳しく、精神と身体を鍛えれば疾患も治ると、6歳になってすぐ訓練場へ駆り出された。倒れて搬送されるまでが常だったけれど。
走れば息が切れる前に気を失って、体操の後は残りの一日を寝て過ごした。
当時の私には拷問に等しくて、どうあっても祖父を好きになれなかった。両親はそんな祖父を止めようとはしたものの、家長で侯爵の発言権は強かった。私にとってつらい幼少期はしばらく続く。
しかし、祖父が私を見切るのも早かった。
執務に忙しい中、時間を見繕って私を鍛えようとしたのは祖父なりの気遣いだったのかもしれない。それでも一向に望む結果へ繋がらない様子に、落胆を隠そうとはしなかった。
「どうしてこんな出来損ないを生んだんだ?」
そして私と母を前にして堂々放ったこの一言で、私達家族は壊れた。
母は3つになる前の弟を連れて別棟へ移り、顔を見せなくなった。
子を育む事は貴族にとって重要な仕事でもある。家の存続に欠かせない。その意味では、私と母は義務を果たせていないと言えるのかもしれない。だからと言って、何を言ってもいい訳ではない。
決して祖父と顔を合わせようとせず、弟のジャスだけを育てようとする母は頑なだった。
父は母を気遣いながらも、祖父へ苦情をぶつけるでもなく顔色を窺い、母と祖父の両方にいい顔をしながら波風を立てまいと過ごした。
私としては、驚きも悲しみもない。
言葉にしたのは初めてでも、苛立ちは伝わっていた。訓練場へ誘いに来るのが不承不承となり、嫌そうな顔を隠さなくなった頃から、いつか見限られるだろうと予想していた。
むしろ、将来に対して不安を覚えてしまう身体に生まれてきた事へ申し訳なさがある。
ベッドから起き上がれなくても、座学は可能だった。本も読める。その中で、ノースマークの子として生まれた以上、貴族の範垂れと学んだ。民あって生活が成り立つのだから、顧みる事がないようではいけないとも。
非常に身に染みる話だった。
何しろ、私が平民であったなら生きている事すら難しい。もしも農村に生まれたとしたら、労働力として期待できないばかりか足手まといにしかならなかっただろう。多少裕福な商家の出だったとしても、部屋に籠りきりでは役に立たない。
国で最高の医師を招いて原因を探って、最先端の薬で体調を整えられた。成果には上手く繋がらなかったとは言え、どちらもノースマークに生まれたからこそ得られた恩恵に違いない。
母が引き籠った事で私は放っておかれた訳だったが、それで一緒になって放置する使用人はノースマークに勤めていない。侯爵家の長子として不足ないだけの生活は保障されていた。身体は障害を抱えていても、生活で支障を感じた覚えはない。
それだけ、周囲に支えられて生きてきた。
祖父は弟の教育に関われない事に不服そうではあったけれど、ジャスは私と違って健康上の問題を抱えていない為、不満は飲み込む事にしたらしい。
ジャスがきちんと育ちさえすれば、血脈が途絶える心配はなくなる。
「ジェイ、お前がどこまで生きていられるかは分からんが、ジャスを支えられるようにできる限りを尽くせ」
「はい」
事あるごとに、祖父は私をそう諭した。
侯爵家の当主は勤められなくても、1年の半分は寝たきりでも、力を尽くせる場所はある。期待外れであっても、怠惰が許される訳ではないらしい。
家族に対する姿勢には問題を抱えていても、ノースマークとしては祖父も誠実にあろうとしていた。
「ノースマークは国の根幹、貴族を束ね、王へ忠誠を示し続ける者でなくてはならない。我らがいるから、他の貴族も後に続くのだ。その責任は重い。お前もノースマークに名を連ねる以上、研鑽を怠ってはならない。身体の弱いお前には酷な事かもしれないが、当主になれないならジャスを支えられるだけの知識を身につけるのだ」
「はい、お爺様」
私はいつだってそれを肯定する。
ただし、そこに祖父の期待に応えようと言う意思はない。私の動機はいつだって、この土地で暮らす民や領地を支える役人、厳しい訓練を課して有事に備える騎士や兵士、屋敷を切り盛りしてくれる使用人、ノースマークを構築する彼等へ向いていた。
ところで、この頃の私とジャスはと言うと、そう仲が悪い訳でもなかった。
母が祖父を拒絶するので、祖父に対しては苦手意識があったようだけれど、私とジャスの間にわだかまりはない。
住む屋敷を隔てて、私がベッドから起き上がる時間が少ないものだから、どうしても接点は少なかった。それでも6歳になったジャスが貴族としての基礎を学び始めると机を並べる事もあったし、図書館で顔を合わせて一緒に本を読んだ事もあった。
生活が重なっていない事もあって、偶に顔を合わせると話も弾んだ。
更に1年後、私が魔法を学び始めると会う機会がまた増えた。
ジャスは騎士の訓練場で武芸を学ぶ。私はそちらへ参加できないけれど、訓練場の端で魔法の実践を行った。
慢性的に栄養の不足した身体には魔力の放出すら負担で、私は何度も倒れた。それでも、運動と違って無理した分だけ技術は身に付いた。体力づくりのように無駄ではなかった。
「ジェイ兄さん、大丈夫?」
「うん。少し休む必要はあるけど、まだ頑張れるよ」
無理を重ねる私が倒れると、心配そうに駆け寄ってきたジャスは決まって私へ飴玉を差し出した。
糖分を摂取すると、少しだけ体力を回復できる。
しかも、その飴はジャスが考案した特注品で、少しでも吸収を早める目的でブドウ糖を使っていた。その代わり甘みが足りなくてあんまり美味しくない。
それでもジャスは同じ飴玉を自分の口にも放り込むと、更にやる気を漲らせてみせた。
「うん、これで俺も兄さんと同じくらい頑張れる。今日こそ見習いから1本取って見せるね。行ってくる!」
「ああ、応援してる」
そして私も、弟に負けまいと糖分を魔力に変換するのだった。
身体の欠陥がある以上、私は家を継げない事実に不満を抱いていない。弟が継ぐのは自然な事だと受け入れていた。
逆にジャスは、そんな私の分まで両親の期待に応えようと奮起している様子だった。
その姿勢は私から見ても好ましいものであり、将来的にジャスを支えるのに相応しく在ろうと己を鼓舞できた。そして、何より民へ恩を返せる自分でならないと、真剣に魔法を修め、貪欲に本を読みふけるのだった―――
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




