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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
新時代のダンジョン編

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被疑者の名はノースマーク

 領地に戻ってから3日が過ぎた。

 残念ながら新しい情報はない。調査員からの報告書も届き始めたので、私はその選別で忙しい。


 殺害依頼を請け負った冒険者と依頼人が国内で接触した痕跡がない以上、接触は国外だった可能性が高い。怪しいお金の動きも見つかっていない。

 ウォズに国外を飛び回ってもらっているものの、商人の情報網に引っ掛からなければ追跡は難しい。


 幸い、小国家群へ抜けるルートはほぼノースマークからと限定できる。そこで出国者リストをお父様に送ってもらって、候補者と照らし合わせている。基本的にソーヤ山脈を越える人間も、私みたいにウェルキンで自由に行き来できる貴族もいない。

 貴族当人の出入国は国王陛下の許可が必要となるから悪事に手を染める為に堂々国境を通るとかあり得ない。許可が貰えるのは特殊な役割を命じられた場合だけだと考えれば、悪巧みに割く時間もない。


 そもそも貴族が冒険者と会う為に直接赴くとも考えにくいので、必然、注目するのは貴族の関係者となる。

 家人や専属の商人、ラミナ伯爵家やローマン伯爵家みたいな私へ恨みを抱いていそうな領地を主な活動拠点としている冒険者の動向を追う。


 先日は大火やワーフェル山の犠牲者の逆恨みも可能性の一例として挙げたけど、一般市民の追跡は簡単じゃない。優先順位は下げざるを得なかった。

 可能性を否定できないと言っても、流石に限りなく低いと思っているから後回しも止むを得ない。


「呪詛の探知機みたいに、誰かに恨みを抱いている人に対して警告してくれたらいいんですけどね」


 知己の貴族へ情報提供を呼び掛ける書状を送る以外は手隙のキャシーが、魔導織の為の素材を選別しながら気楽に言う。

 私だって研究に戻りたいから羨ましいとは思うけど、実家から取り寄せた機密書類には触れさせられない。必然的に彼女は本来の職務へ戻る。情報提供を依頼するだけで、十分に助力してもらっているとも言えるしね。


「それってつまり、感情を定量化しないといけないって事だよね。ちょっと現実的じゃない気がするよ」

「でも、ノーラが感情も読み取っていますよね。鑑定魔法の延長でどうにかできませんかね?」

「あれって、かなり感覚的なものみたいだよ。共感できない複雑な感情は分からないみたいだし……。そもそもとして、ノーラの魔眼は鑑定と同じものかどうかも分からないからね」


 呪詛をはじめとして悍ましくは感じるものの、どういった感情かまでは理解が追い付かないらしい。絶望を知る機会とか、普通はない。


「確かに取っ掛かりは思い付きませんけど、魔法と感情って無関係じゃないと思うんですよ。だって、魔法の強弱は精神状態に左右されるでしょう?」


 根拠なく妄想を口にした訳ではないらしい。


「言われてみれば、呪詛って特殊な感情で引力と斥力を歪めている訳だよね。そんな特別な例でなくても、気持ちが沈んでいると強い魔法は発動できない訳だ」

「でしょう? 逆に集中力が高まれば、いつも以上の威力を発揮する場合もあります。魔法を構築する過程で、関わってくる要素がある筈なんですよ。感情を伴わないもの、魔道具なんかは常に一定の魔法を発動する訳だから、発動に関わらない未知の部分があるんじゃないですか?」


 魔道具は鑑定で魔法式を読み解いて再現を目指す。難解な魔法は付与を組み合わせて疑似的に現象を模倣する。

 つまり、鑑定魔法で読み取れない事象については再現できない。


「面白い仮説だね。上手く利用すれば魔力消費を抑えて魔法効果だけを高められるかもしれない」

「はい! 呪詛みたいに絶望や憎悪で現象を歪めるんじゃなくて、前向きな感情は魔法の可能性を広げると思うんです」


 あり得ない話じゃない。

 魔法はイメージを形にする。願いを現実にすると言っていい。


 腕力が欲しい、より速く走りたいと、強い自分を鮮烈に思い描いて強化魔法が生まれた。

 物事を詳しく知りたい、真贋を明らかにしたいって思いが鑑定魔法を生んだ。

 風属性保有者に限られるとは言え、空を飛びたいって真摯な願いが飛行魔法を可能にした。


 最初は強い願望から魔法が生まれて、大勢が同様に扱えるようにと体系化していった歴史がある。


「何かになりたいって思いを募らせれば、変身魔法とか生まれたりするのかな?」

「面白そうですね。単純に想像すればいいってだけじゃないでしょうから、余程の才能に恵まれているのでもない限り、理論に沿って魔法を構築する必要があるんでしょうけど」


 才能、クリスティナ様みたいに固有魔法を無意識に発現させる人の事を言うんだろうね。


「もしかして、レティ様なら発動できませんか、変身魔法?」

「無茶言わないで。幻覚で上辺だけ見せるならともかく、別人に代わるとか意味わかんないでしょう」


 イメージできないんだから、魔法が構築できる筈もない。


 この世界の魔法使いは感覚派と理論派に大別できる。

 例えば火魔法を使う場合、前者は火属性ってだけで炎を生み出せる。後者は物が燃える現象を理解した上で魔力を燃料に火を灯す。

 イメージで炎を構築するのは同じだとしても、課程には差が生まれる。

 私が練習着を生み出す以前、強化魔法の修得は感覚頼りだった。偏りがあった筈だよね。


 私の場合、モヤモヤさんのお掃除魔法とか、ラバースーツ魔法みたいに、魔法について詳しく知る前に発現させたものは前者だけれど、それ以外は後者となる。思い付きで習得した魔法についても、いつでも使えるように理論を紐解くって手順を踏んだ。

 理屈が通らない現象って落ち着かないんだよね。


「私、属性の縛りがないからどんな魔法も使えるように見えるかもしれないけど、何でもって訳じゃないよ」

「そう言えば、鑑定魔法とか苦手でしたよね」

「うん。だって、魔力を流すと対象の情報が拾えるとかよく分かんないし」

「あー、あたしもその気持ちは何となく理解できます」


 そうは言っても、鑑定魔法は理論派の術師が扱える場合が圧倒的に多い。そのあたりの線引きはどうも理解が及ばない。


「もっとも、そんな想像を働かせたところで、今の私を助けてもらえる訳じゃないけどね」

「まー、……そうですね。あくまでも仮定の話でしかないです」


 そもそも、恨みの感情を追えたところで、私への恨みだけを抽出する方法が皆目見当もつかない。

 それに、ひと口に恨みと言っても、そこにはいろいろな感情を含んでいる。

 いつまでも忘れられず、事あるごとに鬱屈させる人もいる。パーッと騒いで、或いは暴れて、その場限りとしてしまう人もいる。一見消化したようで、何かの拍子にフラッシュバックして立ち止まってしまう人もいる。人それぞれで、これって定義もない。


 例えば、ノーラは父親への恨みを忘れられないでいる。

 普段は決して口に出す事はないけれど、元伯爵のようにならない為に善政を志している側面もある。強迫観念と言っていい。この間、ダンジョン発見の報告を放置してあったと苛立ちを滲ませていたのがその証左だよね。

 恨みの矛先が幼少からのノーラへの仕打ちに向くものなのか、領民を省みることなく土地を荒廃させた所業へのものか。詳しいところまでは判別できないけれど、未だ囚われている事は間違いない。


 でも、これは悪感情と言うのかな? 消化は難しくても、向き合い方は弁えている気がする。

 やっぱり心の解明は難しそうだよね。


「お嬢様、書面が届きました」


 ―――なんて思考へ没頭して手が止まっていたところへ、ベネットが手紙を持って来た。無駄になる時間が最低限で済んだとも言える。


 ちなみに、私へ雑談を振ったキャシーは素材の選別作業に戻っていた。これは、作業に対する熱意の違いかな。何となく釈然としない。


 差出人はヴィム・クルチウス。


「もしかして、尋問の結果が出たんでしょうか?」

「……そうみたい。詳しくは会って話したいんだって」

「どうして、報告書って形じゃないんでしょう?」

「文書で残したくないって事じゃない? ただの筆不精って線も捨てきれないけど」


 何にしても、ヴィムさんと会うなら出かけないといけない。裏社会の人間をお屋敷に招いたって事実は残せないんだよね。書状にも立ち寄り先がいくつか綴ってあるだけで、何処かで会おうって誘いは記していない。

 貴族を呼びつけるのも拙いから、偶然予定が噛み合っただけだと建前が用意してある。




 希望先はいつもの鉄板焼き屋じゃなくて、有名な高級レストランだった。私も、接待以外では一、二度しか利用した事がない。

 随分美味しい情報を吐かせたみたいだね。


「楽しみにする用向きじゃないんですけど、期待しちゃいますね」

「すみません、スカーレット様。ご馳走になります」


 なかなか利用できない店だから、キャシーとマーシャも誘った。残念ながら、双子ちゃんはお留守番だね。

 護衛で同席出来ないグラーさんの気落ちも酷いから、お土産を包んでもらおう。


 私は領主なので、前もって連絡すればいくらでも席は空けられる。権力を振りかざすのは好きじゃないけど、こういった店は貴族の無茶に応えられるように予約には余裕を持たせてある。

 私が利用するとか、これ以上ない宣伝になるしね。


 店の入り口をくぐると、陰気な男がチビチビお酒を楽しんでいた。上辺を取り繕っていない様子は、店側が彼の素性を把握していなければ摘まみ出されていたと思う。

 どう見ても迷惑な客だった。そのせいもあって、隣のテーブルが不自然に空いている。随分居座っているのか、ヴィムさんの顔はかなり赤い。店側の配慮と言うより、本当に客をどかしたんだろうね。


「あまり店に迷惑を掛けてほしくないのですけれど」

「スカーレット様が無理を言うよりいいかと思いましてね。評判は下がらないでしょう」


 どうだろう?

 この男との面会にこの店を使ったって時点で信用は下降してる気がする。


「それで? 折角の食事を楽しみたいので、先に話を終えておきたいです」

「構いませんよ。ただ……、このまま話していいんですかい?」


 お酒を口に運んで顔を緩ませるヴィムさんからは、私の反応を楽しんでいる様子が窺える。

 それだけ不穏な情報を拾って来たみたい。


「……」


 私はその態度にイラっとしながら、存在を隠す魔法を発動させた。

 これがあるから、隣のテーブルを陣取る必要はなかったんだけどね。魔法の発動中だけ同席して話を終わらせればいい。


「どうも。……いやはや、話には聞いてやしたが、便利な魔法ですな。是非ともご教授願いたいもんです」

「悪用すると分かっていて提供するとでも?」

「冗談でさぁ……、怖い顔で睨まんでください」

「そうですね、今日のところは冗談にしておきましょう。用途制限技術に指定してありますから、おかしな伝手を使って入手を目論まないでくださいね。もしもの場合は、遠慮なく息の根を止めますから」


 私には、技術を生み出した責任があるからね。その時は容赦しない。


「……肝に銘じておきましょう」

「それより、本題に入りませんか? 前菜が運ばれてくる前に終わらせてしまいたいのですけれど」

「そうしましょうか。短く終わらせられるかどうかは、スカーレット様次第となりますがね」


 何やら含みを持たせて言う。どうも勿体を付けたいらしい。


「騎士団の尋問室に案内しましょうか?」

「そいつぁ、遠慮しておきましょう。帰って来られなくなりそうですからね」


 勿論そのつもりだけどね。


「あー、最初に言っておかなきゃならんのですが、残念ながら情報の裏取りはできていません」

「……真偽不確かな情報で私を呼び出したのですか?」

「そいつは申し訳なく思いやすがね。確認できないっつーか、儂等にゃ無理だったものでね。こっから先は、スカーレット様に任せるしかないんでさぁ」

「貴族の権限が必要と言う事ですか?」

「んー、そうとも言えますかね。あ、たっぷり締め上げましたんで、連中が嘘を吐いている気配がないってこたぁ保証しますぜ」

「……分かりました。聞いてから考えます」


 内容次第では貴方を張り倒します。


 そんな私の苛立ちすら面白がりながら、私の様子を観察する。聞けば私は間違いなく動揺すると確信があるように、口元を吊り上げながらその名を告げた。


「連中に依頼を出した人物が分かりました。素性はスカーレット様の方が御存知でしょう。ジャスパー・ノースマーク、そう名乗ったそうです」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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