混沌とした現場
私達が到着したコントレイルの発着場は、既に騒然とした様子だった。できる限りで急いだ私達だったけれど、騒ぎを未然に食い止めるには遅かったらしい。
ただし、予想していたような状況とは大きく違う。
巡回していたと思われる騎士が先んじて介入していて、一般人の誘導は完了していた。その上で、子爵領の騎士達は不審な人物達を包囲している。緊急事態なので、兵士や身元明らかな冒険者、発着場に詰める警備員も混じる。
囲みの内側にいる連中は一見するとスーツ姿の会社員にも見えるのだけれど、纏っている空気が違う。揃って殺気を隠してすらいなかった。おまけに銃や剣、出で立ちにはまるで似つかわしくないものを所持している。銃はともかく、スーツに剣のミスマッチは酷い。
それらを騎士へ向けているのではないとは言え、施設は緊張状態にあった。
魔物のいるこの世界では、所持しているだけでは銃刀法に抵触しない。手続きさえきちんとしてあれば、自衛の手段として許容される。丸腰でも魔法って凶器の保有が考えられる訳だから、威嚇くらいまでなら罪に問えない。
つまり、緊張状態ではあるものの、制圧を強行するって程の事態じゃなかった。
で、見逃せない対象はスーツ男達の更に奥にあった。
冒険者風の格好をした男女が数人、明らかに暴行を受けた状態で転がっていた。中には血塗れの人物もいて、腕が離れたところに落ちている。
私は表情を凍らせたまま、血生臭い事態でも取り乱さないようにこっそり心のスイッチを切り替えた。今、感情は他所へ置いておく。
普通に考えれば、冒険者数名がスーツ男達に襲われて、騎士が止めに入った状況に見える。凶器は明らかだから、拘束の理由にも足りる。
けれど、切断された腕が握り締めている禍々しい気配を放つ魔道具が事態を更にややこしく捻じ曲げる。ノーラでなくても危険性が見て取れるくらい、質の悪い代物だった。私達がここへ来ることになった原因はあの冒険者達だとしか思えない。
呪詛魔道具を扱う人間独特の症状、モヤモヤさんの異常も私の目に写る。
確認できる魔道具は1つだけみたいだけど、倒れている半数が同じ症状だね。女の人は頬がこけて、別の男性は目の隈が濃い。外観だけでも既に怪しい。
とは言え、強襲したと思われるスーツの人達から、呪詛犯罪を未然に止めようとか義憤に溢れた様子は感じられない。流血沙汰にも一切動じる様子を見せずに騎士と睨み合う様子は、どう見ても一般人じゃないし。
えーと、結局、何があったんだろね?
「一体どうなってるのか、説明してもらっていいですか?」
騒ぎを聞きつけて駆け付けたであろう騎士を率いるウィードさんへ質問を向ける。
事情を知らないと、この場を収められそうにない。
「すみません。俺が到着した時点で戦闘が始まっていましたので、それ以前の状況については把握しておりません」
どうやら、呪詛魔道具の不法所持を現行犯で取り押さえる為だとしても過剰な暴力に、警戒を続けたまま包囲して今に繋がっているらしい。知りたい情報は得られなかった。
「しかし、我々の到着前から一般人を巻き込まない為の配慮は窺えました。方法は感心できるものではありませんでしたが、無駄に騒ぎを大きくしたい訳ではないようです」
要するに、恫喝、威嚇と言った方法で、コントレイルの乗客や野次馬は遠ざけていたってところかな。それを良心と判断するべきかは少し迷う。
ウィードさんが情報を持っていないなら仕方ない。私はスーツの男達へ視線を向けた。
それとは別に、フランとヴァイオレットさんが野次馬から情報を得ようと走る。やむを得ないと言っても、不審者の言い分を鵜呑みにはできない。
「事情聴取に応じるつもりはありますか? 拒否するなら、制圧後にゆっくり話を聞かせてもらう事になりますけど」
下手に出る気はない。
私に抵抗できると考えるほど無知じゃないと良いなぁ……と考えながら投降を促す。面倒というか、大勢の野次馬の前で大立ち回りを演じたくない。また噂が明後日へ飛ぶからね。
「こちらに抵抗の意思はありません。ですが、事情説明の前に、人の目を下がらせていただけますか?」
男の1人が応じる。その受け答えは、手に銃さえなければスーツ姿に相応しい丁寧なものだった。
男の視線は呪詛魔道具にある。
要請がなくても、人前で出来る話じゃないね。
彼の言葉は本当のようで、よくよく見ればスーツ男達の殺気は倒れた冒険者達にのみ向いていた。
私が頷くと、ウィードさんの指示で警備員が野次馬を外へ誘導して行く。その内の何人かには聞き取りを続けてもらった。
貴族が現れた時点で、一般人の手に負える事件ではなくなる。呪詛犯罪だと察した人も多いから、踏みとどまる事なく捌けていった。
貴族の威光を持ち出して解散させる手間が省けて助かるよ。
「ありがとうございやす。彼等は無口なもんで、こっからは儂の方から説明させてもらいましょう」
人気がなくなった後、知った人物が物陰からふらりと現れた。
グラーさんとウィードさんが警戒を外していなかったから私も気付けたけど、そうでなければ完全に野次馬に紛れていたんだから質が悪いよね。
「彼等は貴方の手駒ですか、ヴィム?」
「ええ、普段はクルチウス土建で真面目に働いてくれている社員でさぁ」
なるほど、銃剣と殺気以外でスーツ姿に違和感がない訳だね。
表面と内情は一致しない。
鉄の掟の下に集ったとか、それらしい名前を掲げる裏組織の元締め、ヴィム・クルチウス。信用はしないけど、話は通じる。
「もしかしてこれは、貴方達の内輪揉めですか?」
そうだとしたら、かなりきつめに締め上げないといけない。
「いやいや! 儂等とこいつらは全くの別口、呪詛魔道具をこの領地に持ち込もうなんて愚か者との繋がりは、誓ってありませんとも」
「貴方の誓いが何の保証になるんです?」
「参ったな……、ここは金に誓わせてもらいまさぁ」
……それなら少しは譲歩してもいいかな。
連中の資産は、私の貴族特権でいつでも差し押さえられる。それが分かって話題に乗せるなら、ここで嘘を吐く可能性は低い。決してないとは思わないけど。
「内部抗争でないなら、別組織との対立ですか? 白昼堂々人混みで、しかも呪詛魔道具まで持ち込むなら見過ごせませんが?」
「別組織ってのは当たってますがね。標的は儂等じゃあ、ありやせん」
「へえ……? それなら、反体制組織とでも言うつもりですか?」
「うーん、当たらずも遠からずってぇところでしょうかね。何しろ、こいつらの目的はスカーレット様、アンタの殺害だって話ですからね」
は?
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