警報鳴り響く
昨日の更新に間に合いませんでしたので、こっそり更新しておきます……
ダンジョン鉱石産出量の精査は漸く終了した。
しばらく数字を見たくないってくらいに疲労してるよね。
その甲斐あって、魔物の討伐数と相関する仮説はほぼ立証できたと言っていい。傾向の外れたダンジョンがなくて安心したよ。手に入った数値だけでも顕著って事でもある。
後は実証実験、意図的に討伐数を増大させたダンジョンの鉱石量を調査する。具体的に言うと、ダンジョンを所有する領主と交渉して、魔物の自動討伐システムを設置しに行く。
「それなら、俺が候補地を見繕っておきました。オクスタイゼンのカスタニダンジョン、エーホルン子爵領のエーホルンダンジョン辺りでどうでしょう?」
「わー、話が早い。助かるよ」
記録の提出をお願いするのと並行して、検証用にダンジョンを借りる交渉もウォズは進めていてくれたみたい。とてもありがたいね。
オクスタイゼン辺境伯領にはダンジョンが2つある。一方が深層まで確認済みのノロウチダンジョン、そしてウォズが話をまとめてきたのが浅層ダンジョンだった。辺境伯領で探索のメインはノロウチダンジョンで、魔物領域を分け入った先にあるカスタニダンジョンはほとんど放置状態にあると言う。
移動の大変さの割に実入りの少ない浅層ダンジョンなら、実験で崩壊しても問題ないって話らしい。
「辺境伯の思惑はともかく、浅層ダンジョンなら結果が分かりやすいね。いっそ、階層丸ごと自動採取地にしてしまおうか?」
「では、その線で話を進めておきますね。現在はノロウチダンジョン攻略で手一杯との話でしたから、ダンジョン拡張の件にもあまり興味を示しませんでした。保有する深層ダンジョンを確実に攻略するつもりのようです」
「それなら有意義に活用させてもらおうか。お礼は武装面の支援の方がいいのかな?」
「はい。火炎竜の魔法籠手と魔剣を提供する予定です。他の属性も欲しいとの事でしたので、旋風竜と岩石竜でも開発を進める予定です」
うん、取引に関しては私が口を出すまでもなかったね。
商談慣れしたウォズは相手の望みを引き出す手腕に長けている。
強化型魔法籠手についても理論は確立してるので、開発はストラタス商会の研究部門に任せればいい。強いて言うなら、設計の時点でキャシーが監修するくらいかな。
「それで、エーホルンダンジョンは中規模だっけ? 子爵の同意は得られそう?」
「おそらく、問題ないかと。歴史のあるダンジョンですから、探索はほぼ行き渡って新しい発見のない状況が長く続いています。子爵は大きな転換を望んでいるようでした」
「それってもしかして、ダンジョンの拡張を期待してる?」
「ええ、その通りです」
あ、やっぱり。
そう考えるだろう貴族が現れる事は予測していた。とは言え、あれは安全面の検証がまるで足りていない。その為、すぐの実用化は難しい。エッケンシュタインダンジョンで異常が確認されないと明らかになってからになる。
それに試すとしても、浅層ダンジョンで変化を細かく把握しながらになるだろうね。
「勿論、そのあたりの事情は把握していますから、ダンジョンの拡張はスカーレット様の負担が大きいと制止してあります」
なるほど、技術的な問題じゃなくて、私個人の障害だって言い換えた訳だね。
領地間の交渉ならダンジョンを保有している分、エーホルン子爵が強気でいられても、侯爵家の後ろ盾を持つ私自身へ無理を強いるのは難しい。
実際、エッケンシュタインダンジョンでは魔力が尽きた。際限なく魔力を吸収するダンジョンへ向けて、切りの良いところで魔力供給を止められるのかと言えば、不安は残る。限界を超えて魔力を搾り取られるって危険も考えられる。そうした懸念点がある以上、ウォズの誘導も嘘にはならない。
「そう言う訳なら、実証実験が落としどころって話かな?」
「はい、そうなります。既にほとんど確証を得ており、実験用の設備は我々が用意すると説明して、納得してもらいました」
つまり、子爵は何もしないままダンジョン鉱石の産出量増加が望める。ダンジョンを拡張するほどの実入りは得られないかもしれないけども、代わりにリスクを背負い込まずに済む。
そして、これがそのまま子爵への返礼になる。
「子爵は産出量増加の聞きかじった知識で冒険者に無理を強いりそうだったからね。その意味でも、実験へ関心を逸らしておいてくれて助かったよ」
「いえ、スカーレット様の意向に沿えたなら何よりです」
あー!
いじらしい事言ってくれるね。
こんなふうに有望さを示してくれると、私はその活躍に見合うだけの何かを返せているのかと不安になる。
ウォズのストラタス商会の国内外への影響力を盤石なものにする為にも、私ももっと頑張らないとね。
ま、それはそれとして―――
「ところで、今日はこれから泳ぎに行くんだけど、ウォズも来る?」
「もしかして、水中適応の魔道具の不備ですか?」
「ううん、今回はただ泳ぎに行きたいだけ」
熱望したのはキャシーになる。
検証作業がひと段落したのだから泳ぎに行きたい。と言うか、私とウォズだけ新しい魔道具で遊んで狡いと、作業中、ずっと文句を垂れ流していた。正気を保つ為に必要な手段だったのかもしれないけれど。
私としても息抜きはしておきたい。延々数字と向き合う日々は、温泉を堪能するだけでは癒し切れていない。
「すみません。今日はこれから、会談の予定が3つも入っているんです」
「そっか、残念。また誘うね」
「はい。次の機会を楽しみにしておきます」
ウォズが来るかどうかで、私の水着が変わる。
何故か、フランが貴族向けの水着を新調していたから丁度いいお披露目の機会になるかと思ってたんだけど、夏はこれからなんだと思えば急ぐ事でもないよね。
子連れのマーシャは双子ちゃん達を抱いて海辺を散歩するらしい。エルプス領には海がないから、傍を歩くだけでも子供達の刺激になる。
発案者のキャシーは海に潜るならついでだからと、小型の推進器をいくつか用意していた。あれ、進水艇の為にと試作してたやつだよね。明らかに遊泳で使う装備じゃない。水圧軽減の限界に挑戦するつもりかな。
そうこう準備を進めていると、グラーさんとヴァイオレットさんが駆けこんできた。
グラーさんが抱えた魔道具の警報がけたたましく鳴っている。
「スカーレット様、大変っス!」
「たった今、呪詛魔石を持った何者かが、コキオに侵入してきました!」
―――!!
研究室に緊張が走る。
泳ぎに行くどころじゃなくなったのは間違いない。深刻な空気を感じ取った双子ちゃん達は泣き出してしまった。
南ノースマークでは呪詛魔石の悪用は勿論、所持自体も固く禁じてある。
禁止するだけで呪詛犯罪が完全に撲滅できるとも思っていないので、領内の主要地区、領境に位置する町村には呪詛探知レーダーが設置してある。
領境からの通信は届いていない。
つまり、コントレイルの発着場って事だね。
「私は現場に向かいます! グラーさんとニュードさん、クラリックさんは私の護衛を、ヴァイオレットさんはグリットさんと協力してお屋敷の防備を固めてください。巡回を強化するようにも指示をお願いします!」
「「「はい(っス)!!」」」
手早く指示を出すと、私は同行する全員を飛行魔法で包んだ。飛行ボードを取りに走ってもらう時間すら惜しい。
呪詛技術の流入は絶対に許容できない。どこの誰だか知らないけれど、どんな手段を使ってでも止める。
王都では徹底した摘発を行って、原理はともかく探知レーダーの存在は明るみになった。それでも呪詛関連の魔道具を私の領地に持ち込めるとか考える馬鹿、容赦する必要性を感じない。
レーダーに引っ掛かった時点で、私へ喧嘩を売った。
誰であろうと、どんな集団だろうと、確実に潰す。呪詛は断じて許さないって見せしめにする。
決意をたぎらせて、私は発着場へ飛んだ。
お読みいただきありがとうございます。
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




