ダンジョンの外にて……
思いがけない形でエッケンシュタインダンジョンが拡張して、探索すれば希少な素材も獲得できると分かった。
6層へ踏み込んでみたオーレリアの話では、現れた時点で魔物も蔓延っていたと言う話だった。ダンジョンから産出する鉱石類と魔物は対偶なので、広がった規模に伴った見返りが期待できるのも間違いない。
アビスマールでおおよその調査を行ったところ、地下に広がる空間は100層を越えるだろうって結論が出た。現状、最も探索が進んだウェスタダンジョンの到達階層を優に超える。
そして、ダンジョン研究の中止が決まった。
当然の流れではあるよね。
消滅しても構わない浅層ダンジョンだったから許可が下りたのであって、深層があるなら前提条件が違う。国の資源を支えると言っていい最上級ダンジョンを私達の遊び場にはできない。
「実験が始まったばかりだったのに、こうも早く追い出されるとは思いませんでした」
膨れるキャシーの愚痴は、私の代弁だった。少しだけ行った実験結果をまとめるくらいしかできる事は残っていない。これはこれで大切な仕事ではあるけれど、意欲は湧いてきてくれない。
こんな愚痴がこぼれてしまうのも、私の執務室にキャシーとカミンしかいないからってのもある。折角ダンジョン研究だって集まったのに、またバラバラになってしまった。
仕方がないとは言え、友人達との生活規定がずれ始めている。
現在、オーレリアはダンジョンから戻っていない。家の方針的にダンジョン探索が許されている彼女は引き続きエッケンシュタインダンジョンへ潜ってる。ダンジョンが拡張したからって彼女は変わらない。
カミンと一緒じゃなくなったくらいかな。
「カロネイアの御令嬢としては普段通りだけどさ、ノースマークの次期侯爵夫人としては、放っておいていいの?」
「結婚後も……、とは言ってあげられないだろうね。だからって、僕は今から彼女を縛るつもりはないよ。オーレリアが溌剌としていたから、良いんじゃないかな」
義妹の婚約者はとても理解があるらしい。
「それに、探索者の手はいくらあっても足りないくらいだろうから、エレオノーラ様も助かってるんじゃない?」
「うん、それは間違いないね」
ノーラはここに居ない、と言うか、いられない。
何しろ、ダンジョンの等級が上がったせいで仕事が加速度的に増えた。万一の氾濫に備える目的で10層までの魔物について把握しておかないといけないし、産出金属についてもある程度調査して活用手段を構築しないと領民に利益を還元できない。
深層ダンジョン、しかも未探索領域の多いダンジョンでひと山当てようと集まって来る冒険者が見込めるのは良い事だけど、受け入れ態勢を整える必要もある。
要するに、積み上がった課題のせいで研究どころではなくなった。
『折角研究漬けの毎日に戻れると思ったのに』とか、『本を読む時間もないです』とか、不満の文章が毎日届く。今、魔力波通信機のメール機能を誰よりも活用しているのは彼女だと思う。短文でコミュニケーションを持つ文化が異世界に生まれつつある。
「戦士国のおばちゃんにも冒険者の斡旋を頼んだし、潜行エレベータの増産も手配したし、事務的な面で手伝える事はなさそうかな」
「あたし達は探索に役立てられる武器でも開発した方が、力になれそうですよね」
それはそれで開戦派が勢いづきそうって不安はあるけれど、そうも言っていられない。
「ウォズは何処へ行ったんです? あたし、知らないんですけど」
「さあ?」
「……把握、してないんですか?」
「うん。なんだかやらなきゃいけない事が出来たとか言ってたよ」
その先は聞かなかった。
うっかりダンジョンを拡張してからしばらくは事情説明の為に王都へ飛んだり、前例がない事態を今後どう扱うか話し合ったり、出来る限りの冒険者をエッケンシュタインへ送る為の手配に奔走したりとバタバタしていたのもあって気にしなかった。
「いいんですか、それで?」
「だって、ウォズだよ? 私達の迷惑になるような事、すると思う?」
「…………思いませんね」
しばらく見かけないと思ったら、新商会を立ち上げて南ノースマークへ移住してきたウォズへの信頼は厚い。
何か頼みたい事ができたなら、通信機を鳴らせば飛んでくるよね。
「ところで姉様、ちょっとこれを見てくれる?」
そう言ってカミンが持って来たのは、エッケンシュタインダンジョンの鉱石産出量をまとめた一覧。実験中も気になった通り、規模の割には産出量が多い。
「実験を始める前後で鉱石の量が大きく変移してない?」
「あれ?」
実験を始める前に、サンさん達を動員して大規模探索を行った。ダンジョン全てを網羅できなくても、これから研究しようってダンジョンについて詳しく知っておく必要があった。
その時に確認した鉱石量と比較して、実験開始後の方が明らかに多い。
「確かに……、実験前の量なら不自然に産出量が多いって事もないですね」
「え、でも、自動採取地の設置くらいしかしてないよ?」
「うん、それは僕も実験記録を確認した。だけど、日を追うごとに明らかな右肩上がりになっているでしょう? これって、自動採取地を増やしたからじゃないの?」
理由は分からない。
でも、数字は嘘を吐かない。
「自動採取地が鉱石量を増やす? まるで理屈が通ってないよ?」
風が吹けば桶屋が儲かる的なとんでも理論展開に思える。
「樹脂床を設置してダンジョンへ還る魔物は減りましたから、魔力不足で鉱石が減るって言うなら分からなくもないですけど……」
「ダンジョンが含有する魔力は、魔物が100体や200体消えたくらいで影響が出るほど少なくないよ。実際、採取地ごとの討伐量は毎日ほぼ一定だったでしょう?」
「うん、それは確認したよ。平均して20体前後、ダンジョン全体で100体強の魔物を毎日狩っていた事になるね。魔物の数にも種類にも変化はない」
「1日100体ですか、あのダンジョンの規模としては多いですね」
「え?」
瞬間、ふっと閃きが頭を掠めた。
実験を始めた事で増えたもの。
鉱石の産出量と魔物の討伐数。とても因果関係があるようには思えない。
「レティ様、何か気付いたんですか!?」
「姉様、仮定でいいから話して!」
2人の期待が同時にこちらへ向く。
こんなの、荒唐無稽が過ぎる。
でも、直感から目は逸らせない。
「ダンジョンは魔物を生む。それを討伐すれば、時間を置いてまた同じ個体を作り出す。だからダンジョン内で魔物は尽きない、そうだよね?」
「ええ、それは確認されています。ついでに言うなら、同じ種族と言うだけじゃなくて、外観や特徴から、同一個体を複製しているとも判明しています」
うん、それはワーフェル山の疑似ダンジョンでも散々経験した。
「鉱石は外的要因無しで発生しない。その要因については不明なままだった訳だけど、未発見のダンジョンが鉱石で溢れていたって例はないよね」
「そう、だね。魔物領域での事だから、ダンジョン発生の時期はどうしても不明になる。発見までに時間差が大きく生じている筈だけど、初期探索時の状態に差があったと言う話は聞いた事がないよ」
「そして探索開始後、採取した鉱床では徐々に鉱石が再生する。つまり、人が立ち入ることが外的要因って話にならない?」
「え? うーん、そう言えなくもないですけど……」
カミンもキャシーも納得できないと顔を顰める。私だって無茶を言っている自覚はある。
「ダンジョンに入ったなら、必然、魔物との戦闘になる。そうして魔物を討伐する事こそが、鉱石の発生に繋がっているとしたら? 事実として、検知熱射砲の運用で討伐数は増えた。同時に鉱石の量も増えてるのは間違いないよ」
「待って、姉様。魔物は討伐しても、ダンジョン内で再生する筈だよね? 今回は死骸が戻らなかった分、ダンジョンとしては損失があったと言っていい。それなのに、鉱石が増えるの?」
「私達にとって鉱石は有用。でも、ダンジョンにとっては要らないものだとしたら?」
「え? え?」
「ダンジョンが魔物を複製する際に生じる異常の結果だとしたら、どうかな? 何もない状態から魔物を作る訳だから、そこには大量の魔力が集中する。その時、魔力が滞ったり、固着した部分を排出しているとしたら?」
「あー、ダンジョン壁は複数の属性が渦巻いているって話でしたよね? でも採取できる鉱石はその前提から外れてます。言われてみれば、異物と考えても違和感ないかも……」
「勿論、証明なんてできないよ。でも、傾向から事実を導き出す事はできるんじゃない?」
「「!!」」
さっき話に上がった、ダンジョンが同一個体を複製するって言うのも、観察から導き出しただけで実証はされていない。
理屈が不確かであっても、実態が伴っているなら運用に困らない。
「姉様! すぐに各領地へ連絡して検証用の数値を送ってもらうよ」
「あたしは王都のギルドへ飛んできます! 討伐数と採取量、どちらも把握してると思いますから」
2人共、慌ただしく動き始める。
理論の確実性を高めるには、少しでも多くの数字が要る。重ねてきた事実が説得力を生む。ついでに、力説しながら半信半疑だから、私も確信が欲しい。
この件にはグランドマスターのおばちゃんを巻き込むべきだと思うから、私も手続きの為に動き始めた。ダンジョンの価値を上げる為の検証、協力が得られない筈もない。でも内容が内容だから、直接会って話した方がいい。
とは言え、私にできるのは数字をまとめて仮説を公表するところまで。
実際に試して利益を得るのはダンジョンを所有する領地の貴族と国になる。ノーラには手伝ってもらいたいところだけども、今のエッケンシュタインダンジョンは規模が大き過ぎるのと、現状の忙しさがそれを許してくれないかな。
あー、私もダンジョンが欲しいなぁ……。
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