ダンジョン拡張
翌日、自動採取の試験場所へ行ってみると、いくつもの魔物の死骸が転がっていた。昨日見た具足蛭に加えて、屍喰い蝙蝠、岩百足、牙鼠と幅広い。
昇降機で降りてきて、惨状を目の当たりにした冒険者がそれらを微妙な顔したまま解体してゆく。どうも、彼等の想定していたダンジョンでの活動と食い違いがあったみたいだね。
ちなみに解体して得た素材は全て彼等の取り分となる。呆然とした状態から回復した順に、有用そうな個体を確保していった。中にはゴブリンとか、魔石が砕けた時点で得る素材が存在しない魔物もいるからね。
「検知熱射砲も、壊されそうになった痕跡は見られませんね」
丹念に確認していたキャシーが安心した様子で言う。
「射程範囲内の魔物は近付く事すらなかっただろうし、魔素を検知しなければ魔力の励起がないただの物質でしかないからね。想定通り、魔物が襲う対象にならないって事じゃない?」
「それが正しいなら、魔物が接近した状態と作動が重ならなければ問題なさそうですね。まだ1日目ですから、様子見は必要ですけど」
「少なくともケツァルコアトルスはいたって話だから、それなりの魔物が接触してしまう可能性は考慮しておかないとね」
「発射の瞬間以外、防護壁で覆う設計も考えておきましょうか……」
今は実験中なので採算は考えていないとは言え、あまり想定外は嬉しくない。火炎竜をはじめとして希少な素材をふんだんに使った熱射砲は、今日採取した素材くらいではまるで釣り合わない。
自動討伐は成功と言えるけど、まだまだ課題も多い。
それからしばらくは、各階に自動採取地を設置しつつ、経過観察に徹する日々が続いた。地下1階層と2階層の魔物分布に違いは見られないものの、3階層以降となると強力な魔物が増えてゆく。解体に参加する下級冒険者の遣り甲斐も上がってみえた。
「こうなると、浅層ダンジョンなのが惜しいですね。階層が更に続いていたなら、もっといろんな素材が手に入ったんですけど……」
「ないものねだりしても仕方がないよ。浅層ダンジョンだから、実験の許可が下りたって一面もあるんだし」
ダンジョンは10層を越えると価値が大きく変わる。重鉄や尖魔鉛鋼と言った低魔力含有金属は10~20層構成の中規模ダンジョンから、ミスリルやダマスカス鋼と言った希少金属は30階層を越える深層ダンジョンから産出されるって事実は歴史が証明している。
もっとも、ダンジョン規模と産出傾向が一致しているだけで、採取箇所は階層に左右されない。ウェスタダンジョン29層でオリハルコンが見つかったように、深層ダンジョンの比較的上部で希少金属が見つかる例は珍しくない。そのあたりが余計にダンジョンの謎を深めているのだけども。
つまり、5階層までしかないエッケンシュタインダンジョンは国からすると、そう価値の高いものじゃなかった。
「でも、ボーキサイトにウルツ鉱、イルメナイトの採取量は多いですわ。一般金属ではありますが、輝水鉛鉱の産出もありました。この規模のダンジョンとしては産出量が多く、種類も豊富なのではないでしょうか」
「うん、それは嬉しい誤算で、よく分からない点でもあるよね」
ダンジョンの産出金属を何が決定するのか、実は判明していない。
それでも、傾向をまとめていたノーラの声は明るい。
ボーキサイトはアルミ、ウルツ鉱は亜鉛、イルメナイトからはチタンが主成分となる。どれもこの世界で活用されている金属なので、しかも産出量が多いとなれば領地の発展が期待できる。
輝水鉛鉱に主に含まれているのはモリブデン、合金の硬化性能を高める性質を持つ。植物の必須元素でもあるから、モリブデン塩は肥料にも使える。巨樹枝肥料に必要だから、私が高値で買っても良い。
「ダンジョン核が見つかれば、そうした分からない点も紐解けるかもしれないんですけどね」
「うーん、5階層の探索組に期待したいところではあるかな」
「オーレリア様達が探してくれてはいますが、未だ見つかっていませんからね。こうなると、表面に露出していない可能性が高そうですわ」
5層しかないと言うのは拍子抜けであるのと同時に、ダンジョンの中枢へ迫れる機会だとも思っていた。狭い分、探索は容易になる。けれど5層を探索しても見つかるのは魔物と金属ばかり、期待は達成できていない。
最奥で階層主が守っているとか、都合の良い展開もなかった。
「そもそもダンジョン核自体、存在するだろうってだけで実物を確認したって記録はないからね」
「過去に消滅したダンジョンがある。それはダンジョン核を破壊、或いは取り外した事が原因だろうって説が有力ってだけなんですよね」
記録が古いので、どうしても根拠が不確かになる。
とは言え、有用な素材を次々生み出すダンジョンを消滅させる動機が人類にない。何かの事故で中枢を破壊、産出物と間違えて持ち帰ってしまった、なんて可能性が高いのではないかと思っている。
「ま、ダンジョン核については後で考えようか。オーレリアが探しているから、何かの拍子に見つかるかもしれない」
入り組んだ洞窟を走破しただけでは見つからないのだと判明したので、違和感を探す方法へ切り替えている。別のアイディアを試すのはその結果を待ってからでいい。
「そうですわね。こちらで予定している実験を終わらせた後なら、わたくしも探索に加われますわ」
「うん、ノーラでないと見つけられない何かはあるかもしれない。その為にも、私達は次の検証に移ろうか」
「次……と言うと、ダンジョンへの干渉ですね?」
地属性魔法でダンジョン構造へ干渉できない事は誰でも知っている。けれど私は全属性で、虚属性まで網羅してある。魔力量も並外れているから、強引に制御を奪い取れるかもしれない。
強力な魔物を次々生み出す広大な迷宮ならともかく、エッケンシュタインダンジョンの規模なら私の魔力量を越えるって事はないと思う。
そして性質的に干渉できなかったとしても、膨大な魔力を吸収させる事で希少金属を生んでくれるんじゃないかって目論見もあった。どちらに転んでも私が疲れるだけで、大きな損はきっとない。
「それじゃ、始めるよ」
『はい、こちらの準備も万端です』
「何ができるでしょう? ミスリルかな? レティ様なら、オリハルコンだって夢じゃないかもしれません」
『キャシー、皮算用は止めておきましょう』
「はーい」
5層で待機するオーレリアとも通信で繋がる。希少金属じゃなくて強力な魔物が生まれるって可能性もゼロじゃないから、実験中は特に警戒してもらう。
壁に手をついて魔力を流すと、何の抵抗もなく吸い込まれてゆく感覚があった。制御に干渉できる気はしない。
「何か変化はある?」
「いいえ、目視じゃ何も確認できないですよ」
「特定の魔力の流れが見えると言う事もありません。ダンジョン全体へ広がっているようですわ」
残念ながら、多少魔力を流したところで、ダンジョン解明のヒントが得られるって甘い事態もないらしい。
特定の箇所へ魔力が流れないなら、不思議鉱石が得られる可能性も低そうに思えてきた。
だからと言って、実験を止めるつもりはない。
ダンジョン全体を包み込むイメージで魔力を拡散させる。吸収される魔力量がどっと増えた。掌握魔法同様、全体を私の魔力で塗り潰す。
にも関わらず、手応えは得られない。
「あ」
そして、それは唐突に訪れた。
急に身体から力が抜ける。立っていられなくなってフランに支えられた。
「レティ様!?」
「スカーレット様! 大丈夫ですか?」
キャシーとノーラも悲鳴を上げて私を窺う。
「あー、大丈夫。魔力が枯渇しただけだから、しばらく休めば元に戻るよ」
ワーフェル山や墳炎龍討伐でも魔力を使い切ったけど、あの時はモヤモヤさんをすぐに補給できる環境があった。ダンジョンの中でそれは叶わないから、初めての脱力感に身を委ねる以外ない。
「無茶をしないでください、スカーレット様。心配しますわ」
「ごめん、ごめん。魔力を使い果たすって経験があまりなかったから、加減が分からなかったよ」
「えーと、つまり?」
「うん、干渉実験は失敗かな。もっと魔素を貯め込んでくるって方法はあるけど、掌握できる気がしないよ」
底無しに呑まれていった。
どうも規模に関わらず、ダンジョンはほぼ無尽蔵に魔力を呑み込めるらしい。これはこれで興味深い。
そして、これだけの魔力を何で消費するかも気にかかる。即時の変化は見られないようだけど、鉱石を生むのか、魔物を生むのか……。
しばらく観察が必要だなとぼんやり考えていたら、再び通信機が鳴った。
無理した私へのオーレリアのお小言かなと思っていたけれど、通信内容は別の事だった。
『大変です! ダンジョンの一部が突然陥没、下の階層が現れました!』
「「「え!?」」」
あ~~、そっちかぁ……。
どうやら私、ダンジョンを拡張できるみたいです。面白技能が増えました。
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