ダンジョン改装
ダンジョンの発見から10日、私達はノーラの領地に集結した。
最低限の探索は終えてある。エッケンシュタインの冒険者に加えて、金剛十字他、専属として抱えた冒険者パーティーを動員して調査を強行した。流石に未知の場所へ貴族が立ち入る許可は下りない。
全ての分岐を調査し終えた訳ではないけれど、最深部は5層。浅層ダンジョンに分類別けされる。
それより下に空間が広がっていない事は潜航艇で確認した。
「と言うか、カミンも来たの?」
可愛い弟に呼んでないから帰れなんて酷い事を言う気はないけども、王都で研究を抱えたカミンがこちらへ来るとは考えていなかった。
「これも研究の一環だよ。ダンジョンが領地へ与える影響について押さえておきたいんだ」
「あー、ノースマークにダンジョンはないもんね。だからって希少なダンジョンの運用について他の領地が詳細を漏らしてくれる筈もないから、良い機会だった訳だね」
「そういう事」
きちんと勉強に来たなら協力するのもやぶさかじゃない。
「オーレリアと離れ難かったからって動機じゃないなら、歓迎するよ。その代わり、こっちの作業にも付き合ってもらえるよね?」
「レティ!? からかわないでください! そんな筈ないじゃないですか」
「……そのつもりがないとは言わないけど、研究の為って言うのは嘘じゃないよ。勿論、僕も手伝うのは問題ない」
腕を組んだまま意味のない否定を口にするオーレリアに対して、カミンからは余裕が窺える。婚約式を経て仲はさらに深まったみたいだね。
「じゃ、オーレリア。カミンを貸すから、煌剣でダンジョンの突起を斬って来て」
「分かりました。壁面もなるべく尖った部分がないようにしておきます」
「うん、お願い」
属性に関わらず魔力を吸収するって特性上、ダンジョンの構造物に魔法は通用しない。更に極めて強固で、砕くのも簡単じゃない。それで足場の確保が難しく、探索の難易度を上げてきた一因でもある。
だけど、鋭さを極めた煌剣ならダンジョン壁であっても斬れる。硬いってだけでオーレリアは阻めない。ついでに、オリハルコンでコーティングした刃は、壁を斬ったくらいで欠けも曲がりもしない。
「それじゃあ、ノーラ。その間に私達も準備を進めておこうか」
「はい。キミア樹脂は揃えてありますから、並べるだけですけどね」
オーレリアがダンジョン内を均してくれたなら、樹脂で地面と壁の一部を覆う話になっている。
目的は2つ。
1つは探索する冒険者の足場をより確保する為。オーレリアが突起物を斬った上で、更に凹凸を埋める。これで探索時の危険を大きく下げられる。
もう1つは討伐した魔物の死骸をダンジョン壁に触れさせない為。ダンジョンで死んだ個体はダンジョンに吸収される。放っておくと素材を回収できないまま消えてしまう。それを防ぐ目的で、死骸とダンジョン構造物の接触を遮る。
ちなみに、破砕したダンジョン壁もこれと同じ扱いなのか、放っておくといつの間にか消えている。ダンジョンデートに行ったオーレリアとカミンが斬り取った後の突起物を片付ける必要はない。
「レティ様、検知器の調整、終了しましたよ」
「ありがとう、キャシー。早速、ダンジョンで動作を確認してみようか」
「作成した地図によると、入って右へ行ったところに開けた空間があるそうですわ。そこで実験してみましょう」
キャシーが組み立ててくれた魔道具を持って、ダンジョンの奥へ移動する。
三脚の上部には魔素検知器を備えた魔道具が据え付けてあって、360度回転する砲身が伸びる。自動で魔物を討伐する為の用意だった。
空洞の中央に魔道具を置いて待つこと数分。視界の端でモヤモヤさんが蠢くのを感じ取った。気付いたのはノーラも同じで、少し遅れてキャシーやグリットさん達護衛も天井付近へ視線を向ける。
動いたのはもう1つ、設置した魔道具も同様だった。
私がモヤモヤさんを視認したのと同じに、魔道具のセンサーが魔素を検知してそちらへ砲身を向ける。
『SET! ファイアレーザー! 魔力装填』
この機械音声は、魔道具設置に気付かなかった冒険者がいた場合、発射前の警告を与える目的で実装した。魔道具は火炎竜素材を用いた熱閃砲なので、射線に割り込むと標的諸共撃ち貫いてしまう。
モヤモヤさん噴出から魔物の実体化、魔道具の警告音から発射まではそれなりにタイムラグが発生するので、うっかり立ち入っても回避は可能だと思っている。エッケンシュタインダンジョンではこの魔道具設置場所の周辺は立ち入り禁止にする予定だし、注意事項の周知も徹底するつもりではある。
『3、2、1……、発射!』
噴出するモヤモヤさんと魔道具を見比べること数秒、天井近くの壁に具足蛭の出現と同時に、発射された熱閃が魔物を貫いた。
「「「おおっ!」」」
綺麗にタイミングが合った事に歓声が上がる。
微調整が必要かもと思っていたけれど、キャシーのチューニングはバッチリだったみたいだね。魔物は魔石があったであろう場所に大穴を空けて動かなくなった。
魔石が回収できないのは少し勿体ない気もするけれど、種別を問わず一撃で仕留めるなら、どうしても魔石が狙う急所となる。モヤモヤさんが蠢いた中心に照準を合わせると、自然と魔石の位置に合う。
判別するのは魔素なので、ダンジョン内で冒険者を狙ってしまう心配はない。
「今日はまだ樹脂の床を設置していませんけど、計画ではこのまま放っておいても魔物の甲殻が残っている筈なんですよね」
「うん、放っておけば魔物が次々出現するから、あちこち魔物素材が積み上がっている予定だよ」
「そうは言っても、この魔道具が反応するのは索敵範囲内で魔物が生まれた場合だけですわ。外部から接近してきた魔物に魔道具が壊される事がないか、観察する必要はありますわね」
想定が上手く嵌まっているようでも初めての試みなので、慎重に経過を見定めないといけない。何なら、自走式の発射台……なんて案もある。
「でもノーラ、ここを自動採取地の試験場所にするのには違いないでしょう? 樹脂床や昇降機の設置も進めてしまう?」
「そう……ですわね。お願い致します」
「それじゃ、あたしは樹脂を敷いてしまいますね。レティ様達は昇降機の方をお願いします」
そう言ってキャシーは樹脂を抱えて私達から離れる。
細かい工作なら構築の魔法陣が必須となるけれど、薄く敷き詰めるだけなら頭の中だけのイメージで足りる。キャシーが魔力を籠めると、樹脂がみるみる広がっているのが見えた。
加工のしやすさがキミア樹脂の売りだからね。
「よし、私達も始めようか」
ノーラが地図と照らし合わせながら設置場所を決める。私はそれに従って魔力を集束させた。
ここまでの工程は、先日陛下達に報告した内容から外れていない。
魔導技術大臣が過度な実験でダンジョンが失われる事態を望んでいないようだったから、詳細の説明をノーラが避けた。当たり障りのない内容しか口にしていない。
そのせいで私達の目論見を想像できなかったからと言って、王命は覆らない。苦言を呈するタイミングは既に過ぎた。あの場にいたなら、全面的に賛同者側として扱われる。
私は収束させる魔力を徐々に高めてゆく。ノーラは眩しいからと、最近手に入れた魔力を通さない素材の眼鏡を掛けた。
ダンジョンに対して魔法は通用しない。けれど、例外もある。
臨界に達した魔力はあらゆるものを魔素に分解する。
「収縮完了、―――投射」
私は構築した臨界魔法を天井めがけて打ち上げた。
虚属性を反転させないままの魔法はダンジョン壁を呑み込み、更に上昇を続ける。続けて地面も掻き消して、私が魔法を止めた頃にはダンジョンの天井にぽっかり穴を開けて、先から空が覗いていた。
昇降機は潜行エレベーターじゃなくて、物理的に繋ぐ。
「この状況を大臣が見ると、卒倒してしまうかもしれませんわね」
「大丈夫、大丈夫。陛下なら面白そうだって笑ってくれるよ」
ダンジョン壁破砕による成形、計画についてはしっかり報告してある。試みを隠した訳じゃなくて、説明から想定できる規模と違ったってだけだからね。
多分、オーレリアにお願いしているみたいな突起物を除去して整地するってくらいの印象だったんだろうね。臨界魔法の出力を調整してダンジョンに穴を開けるのを察しろって言うのは無茶だったかもしれないけど。
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