遠足
王都の南へ車を走らせる。
農村地帯広がる平野部を越え、侯爵領へ続く主要街道を外れ、一路山岳部へ。
メンバーは、オーレリアに、キャシー、マーシャに、ウォズ、つまりは研究室の主要メンバー。アルドール先生も誘ったけれど、流石に学院を離れられなかった。
目的は、掃除機の試作品改め、小型魔導変換器の試運転及び、環境作用調査。要するに、完成した魔導変換器が、周囲にどう影響を与えるかを確認する。
調査場所に山岳地方を選んだのは、人口が少なく、悪影響が出ても被害が少ない為。そして、街に比べて魔素が濃くて差を確認しやすい為。学院での試験は重ねたから、悪い事が起きる心配はほとんどしていない。それより、濃い魔素を吸収する事で、周辺の魔物分布に変化が出ないものかと期待している。
先日アドラクシア殿下に大見栄を張った手前、魔物の森を切り開く手がかりになれば、儲けものだよね。
私、貴族だから、国民が安心して暮らせる環境整備、怠りません。
遊びに来た訳じゃ、ないんだよ?
私とオーレリアはともかく、キャシー達を連れて、令嬢達だけで遠出ができる筈もない。それぞれの家の世話係や護衛の皆さんが、私達の車の前後を固めているよ。大名行列再びです。
あと、環境作用調査は長期に亘るので、測定を依頼する冒険者も一団にいる。
パーティー名、烏木の牙。初期メンバー3人の髪が黒い事からの由来なんだって。元日本人としては、紅一点、狙撃手の長くて綺麗な髪は、ちょっとうらやましい。
最初はパーティー所有の魔物運搬用軽トラックで付いて来ようとしたんだけど、貴族行列に加えられる車じゃなかったから、彼等にも私達と同型の車両を用意したよ。
貴族と一緒に旅したら、心臓が止まってしまいそうなくらい恐縮してたけど、生きてるかな?
彼らを紹介してくれたのは、オーレリア。
最近ぐんぐん実績を上げているBランクパーティーらしい。今回は調査の為に、山の奥まで踏み込んでもらうから、実力ある冒険者と繋ぎをつけられたのはありがたい。普通に窓口行くと、貴族だからと敬遠されるか、侯爵家との繋がり目当てにピンキリで集まってしまうからね。
何より、人生2周で初めての冒険者との接触に、かなりテンションが上がっている。ファンタジーの定番に、一度は会ってみたかったんだよね。
ウォズが全面的に協力してくれるようになって、冒険者への用事、無くなってたからね。
パーティーリーダーはグリットさん。
強化魔法で扱うのか、身の丈近い大剣を背負ってた。顔つきも精悍、短髪で、頼れる先輩冒険者イメージそのままの人。きっと新人に頼られているに違いない。貴族を相手にした経験はないのか、しどろもどろになってたけども。
リーダーの古馴染みで、相棒ポジがグラーさん。
小柄で斥候役らしいけど、ぽっちゃりずんぐりで、素早く動く姿を想像できない。性格は陽気で、パーティーのムードメーカーらしいけど、今は緊張で青白い。嘘をつかれたと思ってる訳じゃないけど、前情報と現状が、一つも一致していない人。
もう一人の古参メンバーがヴァイオレットさん。
現状、使い物にならない男達をフォローしてる。狙撃銃だけじゃなくて、小銃、短機関銃、更には魔法用の杖も抱えてた。重量的にどう考えても強化の使い手だけど、万能タイプで魔法援護もするみたい。
聞いた話だけど、高ランク冒険者は強化魔法がほぼ必須らしい。足場のない難所や、不意打ちを受けても十全に動けるくらいじゃないと、森林の奥地へは入れないとか。
ここでも強化魔法練習着の需要は見込めそうだね。
それから、古参じゃないから貴族の相手は任せたとばかりに後方にいるのが、巨漢のニュードさんと、ひょろりと背が高くて手足も長いクラリックさん。
この2人が元軍属で、カロネイア家と繋がりがあったらしい。
で、この5人、休憩で外に出る度に、何故か顔色が悪くなってゆく。
酔ったようには見えないけど、車内でゆっくりできなかったのかな? 空間魔法を使ってなくても、5人が乗ってゆったりできるだけのスペースがある筈だけど。
「まだ目的地には着かないんスか?」
「バカ、まだ3日も先だ」
「でも、移動中、身動ぎもできない状態は、もう限界っス。後で追いかけますから、置いて行ってくれません?」
「車の中で、ずっと石像みたいになってると思ったら、何を無理してるのよ。落ち着けなくて景色を楽しむ余裕も無いけど、折角の機会だと思って、腹括りなさいよ」
「でも、動いたら綺麗なシートカバーを汚しそうで、怖いじゃないスか」
「お前、まさか昨日、風呂入ってないのか!?」
「はあ!? お貴族様とご一緒するのに、身嗜みも整えないなんて、何考えてるのよ?」
「だって、あんな広くて立派な風呂があるなんて、思わないじゃないっスか。汚したら宿の人に怒られそうで怖かったんスよ」
「そういう時は、桶に湯を汲んで戻って、部屋で汚れを落とすんだよ。今晩は、俺の桶を貸してやる」
「……俺、湯屋まで、走った」
「このバカども!! 宿の亭主とお貴族様、どっちが怖いか考えなさいよ! ニュードも、それで汗かいて帰ったら、意味ないでしょうが!」
「「「あ」」」
あの人達、本気で言ってるのかな?
「それより、俺は腹が減ったな。何か持ってねーか?」
「朝はがっつり用意してくれてたじゃないっスか。もう腹空いたんスか?」
「だって、あんな豪華な飯、胃が受け付けねーよ」
「クラリック、お前もか!? お貴族様の護衛はいるけど、何かあったら、私達は最前線に立たなくちゃいけないのよ。体調管理は必須でしょうが」
「それに、飯はちゃんと食っとかないと、いつ最期になるか分かんなさそうっスよ」
「そうだな、大貴族との接点を作れて、儲けも大きいと軽々しく受けちまったけど、大き過ぎる宿に、豪華な飯。何か裏があると思った方がいいかもしれん」
「考え過ぎ……と言いたいところだけど、警戒はしておいた方がいいでしょうね。騙されて売られる、なんて事にはならないでしょうけど、人に言えないような面倒事を押し付けられるくらいは覚悟しておきましょう」
「……オーレリア様、信じたい」
「俺だってそーだが、今回は侯爵家のお嬢様が一緒だ。身分的に断れない事もあるかもしれねーよ」
「あんな豪勢な飯、初めて食わせてもらったんだから、オレはもう覚悟を決めたっスよ」
えーと……。
折角依頼を受けてくれたんだから、冒険者さん達にもきちんとした宿と食事を用意しようと思っただけ、だったんだけどね。
ごめん、ここまで価値観が違うと思いませんでした。
まさか罠の可能性まで考えてるとは。
そりゃ、顔色も悪くなるよね。
私が行くと、事態をさらに悪化させそうだから、後でウォズにフォローを頼もう。
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