エッケンシュタイン暫定子爵
ダンジョンを丸ごと実験材料にしようなんて提案に、私が乗らない訳がない。国の管轄、他領の管理だからと諦めていたあれもこれも試す機会になる。ダンジョン自体、分かっていない事の方が多いくらいだから解明の機会を逃したくはない。
私達はまず、不在のオーレリアとキャシーにメッセージを送った。
こんな面白そうなことを勝手に進めていると、間違いなく恨まれるだろうからね。特にオーレリアはフラッス山のダンジョンに同行できなかったのを未だに引き摺っている。誰の手も入っていないダンジョンの探索には浪漫がある。
『あと10日……、いえ、7日でそちらへ向かいますから、絶対に抜け駆けはなしですよ!』
『あたしが戻るまで待ってください! お願いですから。絶対ですからね!』
返信が戻ってくるのは早かった。2人共念押しが凄い。
このやり取りは魔力波通信機の新機能の実験でもある。紙面で届いた。
ちなみに、私が送った文章はこんな感じ。
『ノーラの領地で新ダンジョン発見! 私達で心行くまま探索するよ。戻って来られる?』
声を送るのも、文章データを送るのも、魔力波信号に変換して送るって機構的には変わらない。違いは出力方法になる。
音声データの場合は、送信と逆の手順で再び音として再現すればいい。
一方で文章や絵図となると、表示の為に出力装置が必要にある。電気を用いた仕掛けが一般化していないので、前世のようにディスプレイ表示って訳にもいかない。似た用途の魔道具が映写晶だけど、規格が違い過ぎて代用にならない。
映写晶は魔力を籠めた鏡面の記憶を投射する記録媒体だから、“記憶”って曖昧なものの解明が必要になる。現状で着手できる技術じゃなかった。色んな情報を読み取れるノーラも、人とはまるで違う仕掛けで記憶する無機物の原理を解析できるほど万能でもない。
そこで光学的な表示は諦めて、受信側で印字する機構を作った。FAX方式と言っていい。
ただし、携帯運用を目標としているので紙束の持ち運びはそぐわない。現状はウェルキンやコントレイルに積載しての運用だからと言って、妥協はしない。
印刷機部分へ繊維状に加工したキミア巨樹素材を仕込んで、印刷と同時に紙を生み出す。建物構築の魔法陣を応用した。巨樹素材の変換先は何も樹脂でなくても構わないからね。
今のところは魔法陣に用いる素材を消費するから、紙を別途用意する方がずっと安く済む。まだまだ試作の域を出ていない。だから身内だけで運用している。
けれど将来的には、頭で構築したイメージを書面として生み出すなんて発展も面白い。
動画の送受信だって成し遂げたい。
フィルムに連続して露光すればアナログ動画を作れるってくらいは知っているものの、動画の送信には向いていない。映写晶が普及しているから、この世界で必要な技術でもないと思う。かと言って、映写晶の解明は壁が厚い。
画像を信号へ変換する撮像素子の開発が必須だね。
そんな異世界版FAXには、オーレリア達の筆跡に切実さも滲む。
無下にしようとは思っていない。そもそも、色々な手続きや準備を熟していれば、十分にオーレリアが戻って来られるだけの時間は稼げる。
それに、実験にはオーレリアの煌剣も必要だからね。
そして資材の準備と人の手配をウォズに任せて、私とノーラは王城へ飛んだ。ダンジョン発見と先日の確認までの経緯を記した報告書と、今回のダンジョン探索における企画書は既にディーデリック陛下宛てに送ってある。
報告が遅れた不備を邪推する貴族に事実が知れ渡る前に、偉い人の言質を貰っておいた方がいい。エッケンシュタイン旧伯爵の罪状が増えたところでこれ以上罰を与えようがないけれど、その責任がノーラにまで波及する事態は許容できない。最上位者をメリットで釣っておく。
好奇心旺盛な王様はこういう時にすごく便利で、面会依頼はすぐに通った。
「ノースマーク子爵、また興味深い事を始めるつもりのようだな」
「期待していただけるのは嬉しいですが、今回の発案は私ではありません」
「ふむ、エッケンシュタイン暫定子爵か。其方の鑑定で多くの業務が捗る中、ダンジョン探索の改革を提唱してくれるとは有り難い」
ノーラの叙爵はエッケンシュタイン領統治の状況を見て判断を下す事になっていた。前伯爵の悪事から冷却期間を置くと言う意図もある。
けれど、現状で実績は十分と結論が出ている。後は彼女の成人を待つだけで、それに見合うだけの権限も貰っている。陛下が暫定子爵と呼ぶのはそう言う意味だね。以前は令嬢扱いだった。
そしてこの場で暫定子爵と呼んだ以上、ダンジョン報告遅延の影響で覆るって話もないみたい。
「ディーデリック陛下にエレオノーラ・エッケンシュタインがご挨拶申し上げます。この度は陛下の信頼を裏切るような報告をしなければならなかった事、とても心苦しく思っております」
「……良い。先だって報告書には目を通させてもらった。あくまでも以前の統治者が犯した罪、これまで其方が積み上げた信頼を損なうようなものではない。幸いにも報告の遅れが致命的な事件を引き起こす事はなかった。これからも良政に励んでほしい」
「寛大なる賢慮、御礼申し上げます」
放置したせいで魔物が氾濫したなんて事態だったならこうも言っていられなかっただろうけど、因果関係を結び付けられるほどの事件はない。
「それより、見つかったダンジョンを其方達がどう運用したいのかについて詳しく聞かせてくれ」
陛下は旧伯爵の愚行なんてどうでもいいとぶん投げた。
うん、想定した通りだね。
「はい、ご説明させていただきます。提唱する試行事項は3点、ダンジョンから魔物が生まれた時点で殲滅する機構の確立、ダンジョン構造への干渉実験、ダンジョン壁破砕による成形の試みとなります。更に副次目標として、昇降機を用いた素材運搬機構の確立を考えております」
私と違って陛下と接した経験の少ないノーラに緊張は見られない。内心はともかく、彼女は必要な場で感情を切り離して適切な振る舞いを選択できる。
未だ緊張と戸惑いでガチガチになるオーレリアやキャシーではこうはいかない。
「魔物の殲滅機構と言うと、ダンジョンで生まれた魔物が外部へ出ない為のものか?」
「はい、それも含みますが、魔物素材の回収を目的とした討伐も考えています。ダンジョンへ死骸が吸収されてしまう前に、昇降機へ運搬できる構造を考える予定ですわ」
「それは素晴らしいですな。兵士や冒険者を投入して討伐する手間を省けるのなら、素材の回収効率が上がると言うものです」
この場には、魔導技術省の大臣も立ち会っていた。新しいダンジョンが発見されたばかりか、ダンジョン素材を効率的に採取しようって試みに強い関心を示している。
「危険を減らして、低ランクの冒険者でも役割を限定して探索に加われればと思っています」
「なるほど、一般の作業員を雇うより万一の可能性は少ないでしょうな」
この辺りには、エッケンシュタインの冒険者があまり育っていないと言う事情も関わってくる。新ダンジョンが公表されれば他領を拠点としている冒険者が移動してくるって期待が望めるとしても、底上げを考えるのは悪い事じゃない。
「では暫定子爵、このダンジョンへの干渉……と言うのはどういう事だろう?」
「魔法による干渉を考えています」
「うん? ダンジョンは魔力をほぼ無尽蔵に呑み込む為、魔法の作用は働かないのではなかったか?」
「それは間違いではありません。けれど、スカーレット様ならもしかしてと期待しております」
「…………ふむ」
陛下と魔導技術大臣は私を何とも言えない顔で見てから頷いて見せた。
何だろうね、その常識外れに期待していると言いたげに納得した様子は……。
「当然、上手くいく保証はございません。けれど、何もできなかったという事例も、ダンジョンの謎を解き明かす大切な一助となると思っております」
「確かに、これまでは希少なダンジョンが失われては困ると大掛かりな研究を行えていなかったからな。ダンジョン壁の破砕が困難だった事もあるが、整地すら控えてきた。優秀な其方等の助力が得られる今は、いい機会ではあるのだろう」
研究が捗っていない原因には、危険を伴うせいで研究者がダンジョンへ足を踏み入れるのが難しかったという事情もある。
「あえて厳しい事を言わせていただきますと、現状は未解明のままダンジョンを運用しているに過ぎません。これまで問題がなかったからと言って、明日にも希少金属が採掘できなくなる可能性は否定できません。突然魔物が増殖すると言った最悪も排除しきれません。少しでも解明を進めておくべきだと具申いたします」
「ふむ。ダンジョンは資源だ。我が国にとっての大切な財産だ。ノースマーク子爵が様々な新しい技術を生み出している今、その発展を支える礎を不確かなままにしておくべきではないのだろうな」
「……共感していただき、ありがたく思います」
ノーラが話を上手く運ぶ様子を、私は落ち着いて眺めていた。口を挟む必要を感じない。
利点を誇張して相手を釣る私の交渉とは違う。
正論を述べつつ周囲を細かく観察して、陛下や大臣が望んでいる言葉を選んで話の方向性を誘導する。陛下は新しい発見と国の発展を望んでいる。大臣はダンジョン素材の量産を望んでいるものの、リスクを負う事には慎重な姿勢を見せる。そこを上手く噛み合わせた。
あくまでもできる事しかしない。けれど見返りは期待できる、と。
多分、魔眼から得られる情報もある程度活用しているんだと思う。何処までが意図したもので、どこからが無意識によるものかは判別できない。その境界はノーラも自覚が薄い可能性もあるかな。
「改めて命じる。提案してもらった意見書通り、新規発見ダンジョンの探索と研究を進めて欲しい。良い報告を楽しみにしている」
「期待しているのは私も同様だ。朗報を待っているよ」
こうして、私なら強引に陛下の許可を取り付けて話を進めていただろうところ、ノーラは魔導技術大臣の言質まで得てしまった。
しかも、陛下から下されたのは研究の許可じゃなくて王命。最高権力者の後ろ盾を得て、ダンジョンを私達の遊び場にできる事が確定した。やったね。
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