おめでたいだけではいられない
城での手続きを終えて戻ると、中央公園の様相が変わっていた。
お酒が入ってお祭り騒ぎになっている。カミン達を祝う事より騒ぐ方が目的に掏り替わってるね。
おめでとうに加えて、一部からかうような口笛や品のない冷やかしも混じる。婚約と結婚を混同した野次も所々で上がった。初夜とか新婚生活とかまだまだ先の話なのにね。
これだけ派手に婚約を知らしめるのは上級貴族特有の慣例だから理解が浅いのも仕方ない。限度を超えた場合は騎士団に連行されてゆくので、それほど混沌とした状況にはならないのだけども。流石に同情しない。
そんな喧騒も貴族街に踏み入れるまでだった。
ここからは貴族同士の時間となる。私達は王城へ移動用のいくらか動きやすい服からドレスに着替えて、来賓を迎えないといけない。主役のカミンとオーレリアは勿論、親族の私達へも大勢が挨拶に押し寄せる。
正直なところ、ここが今日一番の難所と言っていい。心からお祝いの言葉を掛けてくれた市民と違って、ここからは腹の探り合いになる。
全ての派閥と接触しつつ王位争いはいずれの王子へも支持を表明しなかったノースマークと、当主が軍を統括して騎士にも強い影響力を持つ事から各派閥と距離を置いていたカロネイア。その両家を結び付ける婚約が今後中立派をどう動かすのか、ほとんどの貴族が注視している。
当然、私の方針にも注目が集まる。次期侯爵の姉で、その夫人に内定したオーレリアの友人、更に多くの新技術を牽引する私は派閥の中核になれる立場にいる。
王位争いには関わらなかったけれど、今後最大派閥として国政に干渉してくるのではないか。
ノースマーク侯爵家と南ノースマーク子爵家、南北に離れたそれぞれの領地から新技術を発信して王都を空洞化させるつもりなのではないか。
侯爵家の働きかけで軋轢ある貴族へ圧力をかけ、その反発に対して国軍を動員して他派閥の影響力を削ぐ気なのではないか。
王家を見限って新政府を樹立する策謀の一端なのではないか。
様々な疑いが渦巻く。
政治、武力、技術、これらを掌握できる新派閥はそれだけの危険性も秘めている。
だから私は、カミンとオーレリアは恋愛結婚なのだと強調しないといけない。
これからもカロネイアは王国の剣であり続け、ノースマークは地方貴族を牽引して距離を保ったまま王家を支え続けるのだと示さないといけない。
技術提供の調整は行っても、独占するつもりはないのだとしっかり主張しないといけない。
間違っても誤解を与える訳にはいかない。不審を燻らせるのも拙い。野心なんてないと明確に伝える必要がある。
実際のところ、空論の域を出ていない開戦派なんかよりよっぽど危険視されているんだよね。
「おめでとう、スカーレット様。優秀な貴女が独立しても、あのカロネイアの御令嬢を捕まえられる弟さんがいるなら、侯爵家も安泰ね」
「ありがとうございます、テーグラー伯爵夫人。お祝いに来てくださって嬉しいです」
招待状は国中の貴族へ出した。
とは言え、ノースマークやカロネイアと関わりを持ちたくない貴族は来ないし、距離的に来られる貴族も限られる。都市間交通網が機能し始めたとは言え、ウェルキンタイプの飛行列車を所持している貴族はまだ多くないから、移動用に手配するとなると手続きに時間がかかる。
必然、出席は王都周辺の貴族か、在駐していた貴族に限られる。
テーグラー夫人は後者だね。普段は侯爵家と繋がりが浅いから、今日は情報収集に来たみたい。
「御二人の恋物語を題材とした公演も観劇させてもらったわ。初恋を叶えるために努力を重ねるなんて、カーマイン様は情熱家なのね」
「弟の恋心は知っていたのですけれど、実は決闘については後になって知って吃驚したのです。私に仲を取り持ってもらったのでは、オーレリアの隣に並ぶのに相応しくないと思っていたのかもしれません」
「まあ、微笑ましい事」
これはお母様のアイディアで、政略を主眼に置いた婚約ではないと示す為に物語として広く喧伝している。
作中では模擬戦じゃなくて、婚約を賭けて決闘した事になっているんだよね。その勇ましさにオーレリアは心を打たれたって流れになる。魔法の詳細とか明かせないから、心が揺れた彼女の隙を突いてカミンが勝利したって決着だった。最後はお互いに愛の言葉をささやき合いながらキスシーンで終わる。
オーレリアは真っ赤になって耳を塞いだけども、聖女物語で鍛えられた私の心は動かなかった。きっとすぐに慣れるよね。
「そう言えば、素晴らしい威力の新兵器を納品したそうですわね」
―――来た。
流石第1王子派の中核、耳が早い。
「カーマイン様の婚約に合わせて強力な兵器を公開したのは、これからスカーレット様が兵器開発を牽引すると言うノースマークとカロネイアの意思表明ではないかと噂になるのではないかしら?」
それ、回答次第ではテーグラー夫人が撒こうとしている噂じゃないですか?
かと言って、王都へ来たタイミングに合わせただけだ、なんて言っても聞き入れてくれる筈がないよね。
「まさか。ダンジョン攻略は国の方針、私はそれに従っただけですよ」
「本当にそれだけ?」
「攻略に貢献して素材を優先的に譲ってほしいと言うのも本音ですね。これからの発展にはダンジョン素材が必須だと思っていますから」
「あら、ちゃっかりしている事」
「…………」
「…………」
テーグラー夫人と私の視線が絡み合う。
彼女とはジローシア様を通じてそれなりに交流があったけれど、損得無しに付き合えるほど踏み込んでもいない。
「私も聞いたのですけれど、テーグラー領の開拓は思ったほど捗っていないそうですね」
伯爵夫妻が今日来ると掴んだ時点で、このくらいは調べてある。
「そう……、ね。オーガやリザードマン、強力な魔物が多いせいで、困った事に掃討が進んでいないわ」
「少しはお力になれるかもしれません。希少素材の関係上、軍へ納品したものと同じとはいきませんが、その技術を応用して強化型の魔法籠手を開発しています。試用知見採取に協力していただけるなら融通できますよ?」
咆哮臓のブレス増幅効果を解析して威力を向上させた。実際のところは試用実験も終わっているのだけれど、そこまで伝える必要もない。
「それから、魔剣もまとまった数を提供できます。魔物の分布で開拓進度に差ができてしまうのを見落としたのは私ですから、穴埋めさせていただけませんか?」
「それは助かるのだけれど、良いのかしら?」
「勿論です。私達が望むのは国の発展ですから、必要ならノースマークより優先するのも止む無しでしょう。弟のお祝いに駆け付けてくださったお礼でもあります」
ノースマーク侯爵領の開拓は順調だし、南ノースマークでの配備は完了している。カロネイアは後回しでも差し支えない。あそこの武力は突き抜けているからね。
「今日は来て良かったわ。聖女と名高いスカーレット様の公平さを確認できたもの」
「こちらこそ、王太子殿下を支えるテーグラー伯爵家とは良い関係を築いていきたいと思っていますから」
「ええ、これからも宜しくね」
アハハ、ウフフと互いの利を称え合う。
これで不審の全てを払拭できたとは思わないけれど、おかしな噂は食い止められたと思う。
この後も、私は同じように餌を撒いたり、逆にそれとなく脅迫したりと挨拶に来た貴族へ対応していった。教国の解体に携わった私は、あの国への不正なお金の流れを把握しているからね。
私を標的にする貴族は、この機会に技術のおこぼれに預かろうと目論んでいるから分かりやすい。おめでたい場だから、多少の大盤振る舞いくらいはするよ。
「本日はおめでとうございます、スカーレット様」
何人かの貴族を捌いた後、列が途切れたところへやって来たのはウォズだった。彼は友人枠でお祝いに来てくれている。
「そしてお疲れ様です。御祝い事だけで終われない対応は大変でしょう?」
「……まあね。でも忙しいのはウォズも一緒じゃない? この機会に貴族へ売り込みをかけているんだよね」
「ええ。大口の契約が3つも取れました。おめでたい席だけあって、財布の紐も緩みますね」
「順調そうで何よりだよ。……あ、貰うね」
私はウォズが持って来たお皿からクッキーを摘まむ。
お行儀は悪いけれど、今は糖分が欲しい。と言うか、私の為に確保してくれていたみたいで、お皿には好みのお菓子が並ぶ。一緒に渡してくれたお茶はそれに合わせて少し渋めだった。
んー、気が利いてるね。
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