婚約式
開戦派の動向は気になるけれど、私が王都に来た目的はそれじゃない。お見合いパーティーへの出席も、軍施設への納品も、実のところついででしかない。
普段、領地でしか顔を揃えない私の家族が王都に集まったのは、カミンとオーレリアの婚約式へ出席する為だった。余程の場合を除いて領地を離れないお母様も、まだお屋敷へ招いた貴族以外と顔を合わせる機会のないヴァンも、こればかりは外せない。
カロネイアの王都邸にも親族が集まっている。オーレリアのお兄さんとか、筋肉満載の親戚へも挨拶へ行った。
婚約自体は所定の用紙一枚、王城へ提出すれば手続きが終わる。
でも、貴族の慶事を身内だけで済ませるなんてあり得ない。特に上級貴族は大々的に発表して市民も一緒に祝ってもらう。次期侯爵候補の婚約となれば、ほとんどお祭り状態となる。
オーレリアが嫁入りになるので、まずはノースマークの王都邸に両家が集まって書類へ必要事項を記入する。そして婚約するカミンとオーレリアの2人が紙面を王城へ届ける流れとなる。今日は天気もいいので歩いて向かう。
そして貴族街から中央公園、更に王城へ向かう道で人々が迎えてくれる。
「おめでとうございます、オーレリア様!」
「ノースマーク次期侯爵万歳!」
「わー! オーレリア様綺麗……!」
「ああ……、オーレリア様、あんなに美人だったんだな」
「あれ? そう言えばスカーレット様って婚約してたっけ?」
王城への婚約報告でここを通るって告知しただけで、特に招集はしていない。彼等の意思でお祝いに駆け付けてくれた。当然、お祝いに来たなら食事とお酒、記念品を渡して感謝を伝える。
王都では時々行われる行事なので、仕事で貴族と接触する関係上義務的に参加している人、騒ぎに参加したいだけの人もいるかもしれないけども。
警備隊どころか騎士まで動員して参列者を誘導しているあたり、王都でもなかなかないくらいの規模になっているのだと思う。
周知の度合いは様々で、婚約する両家の格や財政状態で決まる。お屋敷の前で祝いの言葉を受け取るだけの場合もあれば、有力者だけを招待して祝辞を貰うって事もある。
今回は有力貴族同士の結び付きで、カミンの姉がやたらと有名なものだから、異例の規模と言っていい。これ以上となると、王族の婚約発表くらいじゃないのかな。
お祝いの声がオーレリアに偏っているのは仕方がない。ノースマークは大貴族でも、夫婦揃って英雄で基本常駐しているカロネイア将軍と比べれば、王都での知名度はどうしても劣っている。オーレリア自身も軍施設への道を歩いたり街を見回ったりと市井へ顔を見せる事も多いから、それなりに顔が知れ渡っている。
カミンは王都に来てまだ半年、私の弟って以上の浸透は難しいかな。
あと今日はどうでもいい事だから、私については放っておいてほしい……。
お祝いの場で光芒の魔道具を使う文化はすっかり普及したみたいで、光で彩られた道を2人の後から続く。昼間だと光の粒が見え難いから、ビーゲール商会が赤や青と言った色付きの魔道具を開発してくれたんだね。
こうして生活に溶け込んでいる状況が開発者としては嬉しい。
「姉様、オーレリア義姉様とっ……ても綺麗だね!」
大勢からの祝福ムードにヴァンも機嫌がいい。
騎士志望のこの子は武門カロネイアとの縁を殊の外歓迎している。時々私の実家に遊びに来ると鍛錬の指導をしてくれていたオーレリアに懐いてはいたけれど、今では義姉様呼びで慕うようになった。
じっとしていられないくらいに朝から興奮してる。私はそんなヴァンを抑えつつ、兄弟仲が良好な様子を示す目的で手をつないで歩く。
「今日の為に誂えた衣装も似合っているし、綺麗にお化粧したオーレリアはすっごく素敵だよね」
「うん! 兄様が少し見惚れてたくらいだもんね」
カミンってば、いつもと印象の違うオーレリアに惚れ直したみたい。
濃い青のワンピースドレスで、足が見えないくらいに裾が長い。腰に巻いた白金色のリボンがアクセントとして際立つ。いつもの活発さは鳴りを潜めてお淑やかに見えるよね。カミンの隣で幸せそうに微笑む様子がそれをますます加速させる。いつもは後ろで2つに結んだ髪を下ろしているから、尚更そう見えるのかも。
普段の見回りスタイルしか知らない市民からは歓声に戸惑いも混じる。勇ましさを称える噂が先行するけど、私の友達はとっても美人さんなんだよ。
その隣に白銀の礼服を纏ったカミンが寄り添う。タイは藍紫、エスコートする様子は誇らしそうに見える。
オーレリアを射止める為に重ねた研鑽は、お父様とお母様からも高評価だった。高嶺の花と諦めるのではなくて、必要なものを見極め、その為にカミンができる事を積み上げた様子はこれからにも期待が持てる。思い付きで行動する私より次期侯爵として相応しいのだとか。
……うん、お姉ちゃん、自覚はあるよ。
城まで辿り着くと、今度は職員が歓迎ムードで並んでいた。
両家共に彼等と関わる事も多い。この時点で貴族が祝賀に加わる事はないけども、大臣の姿はちらほら見えた。
婚約の手続き用紙は所定の部署まで届けるのではなく、担当官が正門まで出向いて受け取った。
書類の確認中、集まった人々に向けて笑顔で手を振り続けるのが2人の仕事となる。
ちなみに、この時点で立会人として神官が担当職員の隣に並ぶのだけれど、能面みたいな顔を私へ向けるのが印象的だった。教国を解体した私に思うところがあるらしい。彼等の意識改革はまだまだ進んでいない。
今日みたいなおめでたい日に嫌な顔を見せなかったあたり、及第点はあげてもいいかな。
「カーマイン・ノースマーク様、オーレリア・カロネイア様。御二人の婚約はディーデリック国王陛下の名の下、本日承認されました。真におめでとうございます!」
担当官の声が響いて、大歓声が後に続く。
私のおめでとうも、その中に紛れた。とても個人の声を判別できない。
カミンとオーレリアはお互いに頷き合った後、祝辞への感謝を一礼で返した。声が届かない状況でも通じ合っているみたいで微笑ましい。ついでにちょっと羨ましい。
貴族の婚約となると許諾は国王の仕事だとは言え、流石に陛下はこの場に姿を現さない。公式な祝辞はオーレリアの成人後、直近だと学院卒業式典になるかな。2人は私と一緒に謁見する事もあるから、非公式には早そうだけど。
こうして、私の大切な弟と大事な友達の婚約は確定した。
以降の婚約への批判は両家への敵対行動として処理できる。勿論、可愛いカミンとかけがえのない義妹の敵は、私が全力で叩き潰すよ。
もっとも、オーレリアへの批判の場合はカミンが出番を与えてくれないかもね。
「改めておめでとう、2人とも」
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