他人事ではいられない
開戦派を構成する多くは元々、第1王子派に属していたと言う。
アノイアス様が廃嫡となった事で第2王子派閥は瓦解した。ならば第1王子派閥が中心となって国政へ幅を利かせているかと言うと、そんな事はない。
何しろ、この国で現状の最大派閥は中立派となる。
お父様やカロネイア戦征伯を中心に、偏った主義主張が国政で専横しないように目を光らせている。第2王子派だった優秀な貴族は取り込んだし、私が新規技術の配分を調整しているのも大きい。
王位争いに勝利したからと言って、国の主流派となれるほど甘くない。
第1王子派閥を率いるエルグランデ候が力関係を上手く調節していると言うのもある。この国の最有力貴族は派閥こそ別れているけれど、考え方はお父様に近い。
「とは言え、アドラクシア殿下の立太子を後押しした事には違いないよね。あの派閥は将来的に恩賞を得ると確定している訳でしょう? それ以上何を求めるの?」
オキシム中佐から開戦派について知らされた私は、もう少し情報を得ておく事にした。丁度お父様達が王都へ滞在しているから、王都邸へ戻って聞いてみる。改めて私が調べるより早い。
キャシー達は寮へ戻ったけれど、オーレリアは付いてきた。カミンと隣り合っている様子を見れば、情報収集の優先順位は低そうだけども。
「国家事業の優先誘致、各種大臣他重要役職への親族の取り立て、有力貴族との婚姻を斡旋、事業許可の優遇、王位争いを制して得たものを挙げていけば際限がないよね。貢献によって差はあるにしても、これ以上欲張る理由って何?」
大陸制覇、なんて名声だけで貴族が動くとは思わない。
それに、戦争となればリスクも負う。兵の提供を迫られる場合もあれば、物資や資金面での支援を請われる事もある。戦争を主導する以上、余計に負担を求められる訳で、リスクに見合ったメリットがあるとも思えない。
王太子殿下と方針を違えている訳だから、王位争いの貢献度合いを見直されるまであるかもしれない。益々利点に欠けるかな。
もしかして、また私が3日で終わらせる事を期待されてる?
「アドラクシア殿下の役割の1つが、戦争強硬派を抑える事だったのは知っているかい?」
「うん、陛下から聞いたよ。帝国との緊張状態を考えれば開戦は避けられない。でもそれが感情に流されてのものであってはいけないから、時期を見計らう為に殿下が矢面に立ったんだよね」
「その通り。そして強硬派の中には様々な思惑があった」
戦争を望んでいるからアドラクシア殿下の勢力に集った訳で、胸の内は必ずしも一致しない。穏健寄りだったキッシュナー伯爵だって、戦争を望んでいた。
「一番の理由は帝国への恨みだよね?」
知識としてだけで、その胸中を私は決して理解できない。
「そうだね、かつての侵略で受けた傷は深い。それだけでなく、脅威としてあの国を放っておけなかったという事情もある。そして当然、戦争によって利益を得る為と言う目論見もあった」
「鉱山やダンジョンを有している領地なら武器の為の需要が増える。当主が戦争に赴く事はないにしても、親族が戦功を挙げたなら貴族として取り立ててもらえるかもしれない。金銭や領地って形で褒賞も期待できる……ってところ?」
「うん、そして、現実はそう上手く運ばなかった」
……私のせいだね。
侵攻の為に武器を用意したとは言え、3日で終わらせたから想定の特需はまるで満たせなかった。私が用意したのは魔道具が中心だった事もあって、銃剣の類は最低限で済んだ。当てが外れた貴族も多い。
褒章の授与はあったけれど、戦功は私達とカロネイア将軍が独占して、評価されたのは後方支援が中心となった。
つまり、今回の面倒事は私が生んだ、と。
何それ、泣ける。
「中でも最も不満を燻らせたのは、占拠した帝国領を拝領したいと思っていた者達だ。陛下も議会もあの国の支配を考えなかったため、その目論見は叶わなかった。殿下への協力の礼としての優遇や立場の保障では望みが満たせないのだよ」
「帝国の領地を手に入れたところで、それほど得になるとは思えないけど? 西側は墳炎龍の影響で魔物領域が広がっているし、中央には難民が流れ込んで治安が悪化してる。東側だって、私達が軍拠点を破壊したから魔物への対策が追い付いていないでしょう?」
そんなの貰うくらいなら、今の領地を発展させた方が楽だと思う。
そもそも帝国の支配を望まなかったのは、既に王国の領土を拡大し過ぎて統治が難しくなっているからって事情がある。国土拡大政策から内政優先へ方向転換したのは数百年も前の事だからね。
侵攻の脅威があった帝国は例外で、侵略戦争は随分行われていない。帝国と戦争して国土が増えると考える事自体が間違っている。
「それは、レティが領地を発展させる為の手段をいくつも思いつくから言える話だよ。長く統治を続けてきて、頭打ちを感じているなら領地替えを望む者は多い。レティの考案した魔物領域の開拓は時間をかけて慎重に取り組まないといけないし、それだけの投資ができる家ばかりでもないからね」
「それなら、いっそ新しい土地でやり直した方が……って事? そんなに簡単じゃないと思うけど」
奪った土地なら住民の反感もある。
領主として認知されてる環境を捨てるほどの価値があるとは考えにくい。
「占領地を統治した記憶も残っていないから、事態を安易に考えている部分はあるのかもしれないね。そしてそれ以上に、彼等は新しい技術で領地を発展させる展望を思い描けないのだろう」
「あー、狭域化技術で開拓できるかもって可能性を示しただけで、実際の成功例はまだないってのも弱みだね」
実行に移した領地はいくつかあるけれど、結果を語れるほど花開いていない。やっと葉が茂り始めたってのが現状なんだよね。
「一応、発展後の税収を担保に開拓資金を貸し付けて、一緒に監督官も派遣するって政策を僕も考えているけれど、実証にはまだまだ時間が必要かな」
カミンも話に混じってきた。
どうやら狭域化技術の浸透方法を考えてくれていたみたい。研究の一環としてだろうけれど。
「カミンの提案、面白そうだとは思うよ。でも、実例がない方策に着手する貴族は少ないんじゃない? 開拓技術の蓄積もまだないから、信用できる監督官の育成もこれからだよね」
「うん。開戦派を押し留めるには弱いと思う」
「そう言う可能性があるって示せば、開戦派を抑える口実にはなるかもね。第1王子派閥から別れたのなら、今はアドラクシア殿下がその役割を負ってる訳でしょう? 献策すれば殿下も喜ぶと思うよ」
「姉様……、普通の学院生はそう易々と王族と面会できたりしないんだよ?」
最近になって漸く王城へ行くのに慣れて来たオーレリアもコクコクと頷く。
そう言えば、私も叙爵前は自分から面会を求める事はあまりなかったね。どうも、そのあたりの感覚が麻痺してる。あんまりいい傾向じゃない気がするよ。
代わりにお父様へ視線をずらすと、頷いてくれた。
「殿下も手札が多い方が対処しやすいだろうからね。私の方から報告は入れておこう」
「ありがとう、父様。お願いします」
私としても、この状況で王城へ行くと面倒事を押し付けられそうだから助かるよ。
とは言え、私が戦争を短期で終息させた事から端を発しているなら、他人事ではいられない。兵器へ転用可能な研究の度に派閥が湧くなら放っておくのもめんどくさい。
何より今は、魔導織を広めるのに邪魔になる。
今日明日に暴発するほど急ぎではないだろうけど、ちょっと真面目に対応策を考えないといけないみたい。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。
今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




